大統領選の「ののしり合い」に見る野蛮そしておバカさんとは?(改めて愛のカードを味わう) | ワンセルフカードの広場

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ワンセルフカード、メイントレーナーのマサコ(中本雅子)です。

 

アメリカ大統領選の二人の

候補者の討論会は

ほぼ「ののしり合い」でしたね。

 

 

これを見ていて改めて

「愛」のカードのサブメッセージ

心の中で反芻しました。

 

 

と言っても「愛」のカードには

往年のロッカーのように

「愛し合おうぜ、イェ~イ」

というようなことは書いてありません。

(#^.^#)

 

 

サブメッセージが画像で読みにくい方は

是非実物を手に取って欲しいと

作者の私は思います。

 

この米国の討論会を巡って

数日前の夜にニュースで紹介されていた

(眠い中で見てどこの局だったか???)

20世紀後半に活躍した

スペインの哲学者の言葉

愛のカードの共通性を書いてみたいと思います。

 

 

こうしたニュースは対岸の火事と

見ることもできますが

何か大切な自己洞察の材料として

私は注目することにしています。

 

 

今日は結構理屈っぽい内容を書きますが

ご興味ある方は読み進めてくださいませ。

m(__)m

 

~~~~~~★~~~~~

 

大統領選の討論会において

トランプさんは相手の話の腰を折って

自説を述べ続けていました。

バイデンさんも当初は冷静に見えましたが

段々とヒートアップし

最後はトランプさんを「史上最悪の大統領」

と言い放っていました。

 

 

しかし合衆国という国の成り立ちや

150年も前の南北戦争の根深い遺恨など、

日本とは異なる歴史があるとも思います

(今夏にやっと米国防長官が軍関連施設での

 「南軍旗」の使用禁止を通達した、

 という報道があり、びっくり(@_@)→ こちら

 

 

国民が利害や思想の異なるいくつかの党派に

分断するのは仕方がないですが

公人は自分の反対者にも

まずは「その意見にも耳を傾ける」

という「建前」だけは意地でも見せないと、

と政治素人の私は思って

討論会のニュースを見ていました。


そうしていたら(冒頭に書いたように)

夜中の民放ニュースで、

あるコメンテーターが紹介していた

オルテガ・イ・ガセットという

私にとっては初耳の哲学者による

「野蛮」の定義を知りました。


それは人々が互いに分離し

敵意をもつ小集団がはびこる様を

「野蛮」といい、

それに対して「文明」とは

「敵と共に生き、反対者と共に統治する」こと。

 

※参考図書

 『大衆の反逆』寺田和夫:訳 (岩波文庫)

 

 

 

勿論これは容易には実現し難い理想ですが

この理想を目指すことを放棄した国

(あるいは集団、組織)は

一体何を目指して行くのでしょう?

 

思えば1990年代にワンセルフで

よく行っていた体験実習の中で

ネイティブ・インディアンのことわざ

伝えていました。

 

 

それは

 

”その人のモカシンを履いて

 3マイルを歩くまでは

 その人の悪口を言うな”。

 

 

※3マイルとは

 1マイルが1.6キロ強ですからおよそ5キロ弱

 

 

※のちにこのことわざは

 3マイルでなく3か月(スリー・マンス)

 の記述も見つけましたがどちらが正しいか?

 

アメリカの先住民族の子供は

その人のことをよく知らないうちに

悪口を言ってはいけない」

と教えられて育つのです。

 

ですので

「意見の違う人を

 いきなり好きにならなくていいから、

 まずは一緒にいる

 それにはその人に近づいてみること

 そして最初から最後まで口も挟まず

 その人の話を聞いてみること」

と1990年代に行っていた

ある実習の中で私は伝えていました。

 

思えばこれが私の潜在意識に入って

ぐっと凝縮して愛のカードの

メッセージになったようにも思います。

 

そして実習の中で最後に

こんなことを当時伝えていました。


 

「世の中には

 おりこうさんとおバカさんがいるけど

 それは勿論学歴とは関係なし。

 

 おバカさんは

 『私達、考え方が違うね、

  だから一緒にいられないね』

 という人。

 

 

 おりこうさんは

 『私達、考え方が違うね、

 でも一緒にいられる部分もあるよね』

 という立場がとれる人」。

 

(↑って、当時は30代でしたから

  頭でっかちな言葉だったとも言えます(-_-;))

 

これをスペインの哲学者は

野蛮と文明と言う言葉で表しているように

私は捉えました。

 

オルテガ氏はさらに

「文明的であるというのは

理解も共感もしがたい

不愉快な隣人との共生に耐えること」

とも述べているそうです。

 

だから「文明的」であることは

少しも愉快でないし効率的でもなく、

そういうのは「嫌だ」

という人たちは理解と共感に基づいた

同質的な小集団に分裂していき、

それをオルテガ氏は「野蛮」と名づけました。

 


 

ニュースの中の人は

「アメリカは今『文明』と『野蛮』

の岐路に立っている」と分析していましたが

日本も油断をすれば

米国とは違った形かもしれませんが

分断していく可能性はあると私は思います。

 

だからこそ心地よくなくても

反対意見の人とも

一緒にいられる心のありか

これからますます大切と思います。

 

 

少なくとも「ワンセルフの仲間と

私はそうしていきたい!」

と強く思いました。

 

 

これを読んでいる皆さんも

「反対意見の人とも一緒にいる」

を意識してご自身の社会環境を

豊かにしていきませんか?

 

<補足>

文中に書いた「ある体験学習」は

広いスペースが必要なので

20年以上公開してきませんでした。

 

 

それに各々の履いている靴も使うので

ポスト・コロナの時代に入り当分封印ですが

いつかまたご興味ある方たちと

やってみたいエキササイズです。

(#^.^#)

 

 

最後まで読んでくださり

ありがとうございます。

 

【補記】メモ 

(1)10/1付でHP を更新

 

(2)認定トレーナーの開講日程 を9/26付で更新

  

(3)このブログとは別の内容で書いている

  個人ブログ → こちら