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いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ

大波小波、沈んだり浮いたりな日々。失敗も成功も悩みも泪も、いつか笑えれば・・・

気仙沼からの報告① ⇒ http://ameblo.jp/ones1/entry-10873338422.html

の続き、最初の作業日。



宿営地を8時に出て、小雨のなか、チャーターしたバス2台で気仙沼、南郷地区に向かう。


山の中、畑の間をしばらく走り市街地に近づく。

津波に襲われていない地域、時折ブルーシートが掛かっているのが見える。

おそらくガラス割れや瓦が落ちたりしたのだろう。

しかしバスから見る限り、思ったほど被災の後は残っていない。意外な感じ。


ところが、川を渡る橋にさしかかると、川の土手に大量の瓦礫があり。

橋を渡り、3つ目の交差点を過ぎると、それはいきなりやってきた。

道の両脇、空き地に積み上げられた瓦礫の山、山。


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ  いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ


もちろん、TVの映像で知ってはいたが、実際に見るとやはり圧倒されてしまう。


現地での集合場所、南気仙沼小につき、体育館で作業指示を受ける。

海水を吸ったためだろう、体育館の床はベコベコで、無数に盛り上がっている。

鉄の重い、ガッチリした扉もひん曲がり、津波の力の凄さを物語る。

壁の高さ3mくらいのところに線が見える、あそこまで津波が到達したという事。


そこからは徒歩で、作業対象の田松さんのお宅に向かう。

道の両脇は瓦礫が続く。

このあたりは1階は完全に水没、2階の床くらいまで水が到達したようだ。もちろん、一階のガラスはほとんど割れてしまっている。


田松さんのお宅に到着。手前の隣家は完全に壊れている。

いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ



庭は瓦礫の山。

いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ  (右上傾いた白い四角は瓦礫の上に乗った大型トラック)


そして家の中。

暗くてよくわからなかったが、中にはいると、家具やその他流れ込んだものが山となっている。

津波で一階は濁流にのまれたに違いない、畳もはがれ、めくれており、まさにカオス。


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ  (田松さんの了解を得て撮影しています)


学生たちも「これを片づけけられるだろうか」という感じで、しばし無言。。。


田松さん(70代?)にごあいさつし、早速作業開始、家具、瓦礫を運び出す。

運び出したものをどこに捨てるかと言うと、隣の庭?空き地?の既に瓦礫の山になっているところに積み上げるのである。

玄関からそこまでも、狭い通路で、下は津波の泥と雨でグチャグチャ。


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ  (奥に見えるのが田松さんのお宅)


でも、学生たちは、リーダーが的確に指示を出し、皆それに従い、また危ないところは互いに声を出し合い、作業。

最初の大物はオルガン。6人がかりでやっと運び出す。そして畳。水を吸った畳は本当に重い。

最初の頃は元気だったので4人でいけたが、最後は6人がかりでやっと。


結構危険な作業も多い。

家具のような、重い、大きい、持ちにくいものはもちろん、床が抜けてるところがあり、うっかりするとズボリ!。

瓦礫やはがした床板には釘が出ているものも多く、「釘あり注意!」と声を掛け合う。

割れたガラスもいたるところに散乱。

床板はがしではバールや電動ノコギリも使うので十分な注意が必要だし、作業中梁に頭をぶつけることも多く、ヘルメットの有り難さを実感。

押入れを開けたら、ケースに入っていた海水がザバーっと流れたり。


そうして。


一日目が終わるころには、あれほどあった家具・瓦礫の運び出しはほぼ終了。


雨の中、大変だった。足や腰にもきていたが、なにより腕がパンパンに張って、握力がほとんどない。ペットボトルのふたも回せないほど。

トシだから、じゃなく学生もみんなそう。(^_^)


辛かったのがもう一つ、悪臭。

津波が運んだ汚泥(ヘドロ)の臭いはもちろん、魚の臭いが強烈。

田松さんのお宅だけで200尾くらいの魚が出てきた。

気仙沼港で水揚げ、加工された魚が津波で運ばれて来たらしい。

畳と座布団の間から何十匹もの魚、家具の隙間から魚。

半乾きのものもあるが、腐りかけのものも多い。


カッパを着ていたが、雨もあり、ぬれてベタベタ。

帰りのバスの中で、特別にお風呂に入れることが告げられるとみんな大喜び。

あの臭いのまま眠るとしたら、とても辛かったろう。


で、風呂に入り、夕食は炊事担当の班が作った豚キムチ丼。





  うまかった。




・・・③に続く。








気仙沼からの報告②を書くはずだったのだが、

最新ニュースを見つけてしまたので、速報!&ちょっとブレイクってことで。


4月2日に初めて行われた『青春!バカサミット2011』
その様子はコチラ⇒ http://ameblo.jp/ones1/entry-10855224484.html


この大成功に味をしめた(失礼!)ジョーカー福留氏が、もう第2回の会場を手配したらしい。

開催日は10月8日(土)。池袋で

なんと、500人~700人規模<でやるらしい!( ̄□ ̄;)!!



明らかに調子に乗り過ぎである(またまた失礼!)

たしかに前回、200人を集め、内容もバカらしく楽しく盛り上がったが。


さすがジョーカー福留さん、自分で「僕はアホっていうよりバカなんですよ。面白いことだけやりたいって、究極の自己満足だし」と言うだけのことはある。


で、こうやってケナシながらも、多分私は参加しちゃうんだと思う。


そうそう。
私が思いついた名言(迷言?)。

『人は正しい所よりも楽しい所に集まる♪』


私のブログ読者で『バカ好き』の方は、「途上人組」としてチーム参加?することになってますので、お早めに参加表明待ってま~す(^.^)
(ほら、松原さん、あやめさん、スミレさん、…ヒマな人はぜひ!^^)


福留さんの「第2回青春!バカサミット」の記事はコチラで(ぜひお読みください♪)
http://diary.kameleon.co.jp/archives/4740.html




このところ、断片的に書いてきた、東北大震災ボランティアに参加しての報告、あらためて整理して書いていきます。


今回参加したボランティアの主催団体と今回の活動予定について、まだ読んでない方、忘れた方はコチラ

⇒ http://ameblo.jp/ones1/entry-10866079051.html


で、22日の朝、新宿工学院大学前に集合。

3泊4日のテント、自炊生活となるので寝袋をはじめ、各人かなりの大荷物で集合。

こんな感じ。


新宿工学院大学前に集合した、ボランティア学生総勢107人。


photo:01


目的地は宮城県の東北端気仙沼市。


陸前高田、石巻同様、もっとも津波の被害が大きかったところ。火災もひどかった。


新宿から高速道を使って約500km、初日は宿営地までの移動のみで気仙沼から25kmほど内陸に入った岩手県一関市の黄金山キャンプ場に。


途中のサービスエリアでは、自衛隊の車、自衛隊員と多く遭遇。

今、たくさんの自衛隊員が活躍していることを実感する。

女性隊員も多くいる。


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ


テントは前週に行った第5次隊が設営してくれていた。


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ


夕食はキャンプの定番、カレーライス。


食後のミーティングでNPO国際ボランティア学生協会(IVUSA) 代表理事の下村誠先生のお話が。

内容は、

・IVUSAは1993年に国士舘大学で生まれ、19年の活動をおこなってきて、現在日本に80大学1400人の会員学生がいること

・活動の柱は、国際協力・地域活性化・災害救援・環境保護を4つの柱に活動している団体であり、特に災害救援では阪神大震災を始めとして、国内各地の震災、豪雨災害等に多くの救援隊を派遣しノウハウを持っていること

・今回は第1次から4次までは、過去の災害救援の経験のあるスタッフ・学生会員を中心に食料等の救援物資を届ける活動を主に石巻でしてきたこと

・石巻はボランティアの受け入れ態勢がより早く出来たので、1000人を超える多くのボランティアが入っているが気仙沼は十分の一と、遅れているので第5次隊から気仙沼に支援対象を移したこと

・救援の内容も5次隊からは、被災した家屋の再建のための家具・瓦礫の運び出しをメインに、会員外の学生も集って行うこととしたこと

・ボランティアは決して「してあげる」ものでなく、「させていただく」もの、被災者の気持ちを最大限思い遣って行動してほしいこと

・学生らしく、「元気に」することが何より大切であること


そうそう、ひどい被害を受けた地域であるため、もしかすると瓦礫の中から死体などが出る可能性もあるが、その場合は警察や自衛隊にひきつぐことなどもお話されていた。



そして、学生の会長からの注意事項、翌日の行動予定の説明等。

指示のある度に、学生たちの「はい!」の大きな声が響く。

今回、IVUSAの会員学生は35名ほど。残りは会員学生から誘われたり、インターネットで募集を知って申し込んだ一般学生、社会人だが、とても返事、挨拶が気持ちいい。


ちなみに社会人は私の他には25歳くらいの方がひとり。

明らかに私が年齢では突出していた(笑)



夜は軽く懇親会があったが翌日に備え、早く寝る。


4月とはいえ、夜はかなり寒い。

テントなので地面から熱を奪われるが、寝袋の下に敷くための薄い毛布と、寝袋の上にかける毛布の2枚が支給されたので、寒さは問題なかったが、テントが斜面にはってあり、斜めなのがつらかった。

寝ていてもだんだん下にずり落ちていく。


そんな一夜を過ごし、翌日6時半前に起床、あいにくの雨。


これから見る街の様子、行う作業に緊張しつつ、バスに分乗してキャンプ場を出発したのであった。



いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ



②に続く・・・