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いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ

大波小波、沈んだり浮いたりな日々。失敗も成功も悩みも泪も、いつか笑えれば・・・

イスラム過激派アルカイダの指導者、ビンラディンがパキスタンで米特殊部隊に殺害された。


9・11テロと呼ばれる2001年9月11日の米中枢同時多発テロの首謀者とされ、テロ直後からアメリカが血眼になって探し続けていた男である。


これで、アルカイダが弱体化するかは分からない。


かえってアメリカへの反発が強まる恐れも十分ある。



9・11テロは、大型旅客機が貿易センタービルに突っ込むその映像のインパクトで、多くの人の胸に焼きついたろう。


日本人の犠牲者も多数出た。


実はそのうちの一人が、私のクラブの後輩だった。

彼のことは朝日新聞でも取り上げられていた。

オフィスが貿易センタービルにあり、朝のその時刻は、通常彼が出社する頃。


彼の同僚は電話で話したので、オフィスにいたのが分かるのだが、彼については、まったく記録がなく。


ご両親は、わずかな可能性を信じて何日も吉報を待ったが、結局遺体も見つからずに。



とってもいいやつだった。

私の4代下のキャプテンを務め(ハンドボール部)、先輩に対しては礼儀正しく、後輩の面倒見もよく、とても信頼されていた。


それが。。。


あまりに理不尽である。憎い。




が、私はビンラディンを殺せばいいとは思わない。


憎しみで報復すれば、また憎しみの報復が返ってくる。より憎しみが増強されて。

誰かが「憎しみの連鎖」を断ち切らなくてはならない。



アメリカは「テロの撲滅」を掲げて、アフガニスタン、イラクに軍を送った。




そのことの是非は歴史が証明することになるだろう。




思想的なことは別としても、そもそも、テロを軍事力で防ぐことができるのか。


9・11テロがわずか数人の実行犯でなされたように、大きな武器を持たずとも実行できてしまうのがテロである。

憎しみの「根」が残っている限り、いつまでも「テロの恐怖」は拭い去れない。



「キリスト教」を振りかざすのが危険であると同様、「資本主義」や「民主主義」があたかも絶対的に正しいかのごとくに振りかざすのはとても危険である。




大国アメリカがするべきことは、ほかにあるような気がしてならない。











5日前、「なんとかしなきゃ!プロジェクト」(http://nantokashinakya.jp
)のメルマガで発見!


6/5に、川崎で東日本大震災、復興支援のチャリティーリレーがあると。

http://www.wrj.jp/2011CRFA.html


大会募集要綱にはこうある。


参加費から大会経費を差し引いた金額全額を被災された方々の復興へ貢献させていただきます。 具体的には、ワールドランナーズ・ジャパンも正会員である、国際協力NGOセンター(JANIC)(http://www.janic.org/index.php )を通じて、「東日本大震災の現地での支援活動に」使わせていただきます。

      仮装もOK。元気に走って、貢献しましょう!



ん?仮装OK?

これまで、結構多くのマラソン大会を走ってきた。

仮装して走ってるのもよく見たが、タイムを意識するのと、「恥ずかしい」のとで、自分がやろうと思ったことはなかった。



今回は、タイムは二の次、楽しく走ればいい大会、

これは仮装RUNデビューのチャンス!?



ツイッターでつぶやいたら早速はばたく勤務社労士☆人事担当りーぬ @kaoriemate さんと島田弘樹 @ka66shimada さんが反応!

アラフォー☆女性社労士♪ @togashiakiko_srさんを誘ってあっという間社労士4人で男女混合20km(5km×4人)1チーム出来上がり♪


正直、かなりの強力メンバー。・・・いろんな意味で(笑)。


ツイッターで、仮装をどうするか盛り上がっている。

今のところ、「ビールジョッキの被り物」派と「水着+浮き輪」派でしのぎを削っている。


さあて、どちらに決まるか! あるいは第3のアイディアか?


6月5日午前に、お時間のある方は応援に来てくださいね!

場所は川崎多摩川緑地古市場陸上競技場です。

(南武線鹿島田駅か横須賀線新川崎駅から徒歩です)



登録チーム名あてクイズ実施中~!

次のうちどれでしょう?コメント欄でご応募ください。

①「がんば!東北」

②「スーパー社労ず」

③「りーぬのお遊び」


ほかに「こんなのどう?」というのも募集します(次回使うカモ^^)

正解者と、素敵なチーム名を考えていただいた方には、中生一杯を進呈します(^_-)☆






と言うわけで、キャンプでの自炊はか~な~り、美味しかったわけだが。(^.^)



翌日は前日の作業の続き。


家具や瓦礫の撤去は前日にほぼ終えていたので、床板はがしと床下の泥の掻きだしがメイン。


床板はがしは主にバールを使って行う。

コツがあるので慣れないとなかなかうまくいかないが、何人か経験のあるものがいて、初めての者にも教えながら。

私?基本的にワイルドなこと大好きですから(^.^)


泥の掻きだしやそれを土嚢に詰めて運ぶ作業も地味だが大切な仕事。


それぞれの体力や得意分野に合わせて分担して行う。

女子大生も、男子に負けず劣らず奮闘。

当たり前だが、「手抜き」しようとする者など一人もいない。


前にも書いたが、床の抜けてる所、釘の出た木片など、声を掛け合って注意する。

ときおり冗談も交わして♪


とてもハードだが充実した仕事である。


午前中に泥の掻きだしもほぼ終わり、見違えるほどスッキリした家の中。


before
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after

いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ  


田松さん宅は大方終わったので、私たちの班は別のお宅へ。


おにぎりやお菓子、缶コーヒーの差し入れもいっぱい頂き、二日間お世話になった田松さん、最後まで見届けたかったが、やむを得ない。


で、私たちの班と田松さんとで記念に撮った写真。


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ

肝心の田松さんがボケボケですね(^.^)


残った班の方の話では、作業を終えて、田松さんからあいさつ頂いたとき、

田松さんが「私一人じゃどうにもできないと思っていたところを・・・」と涙ながらに感謝されたそうで、その話を伝え聞いただけでもなんだかジーンと。


ちなみに田松さん宅から1分も歩くと・・・


いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ


津波前は家がたくさんあったのが、基礎しか見えない。
(この辺りは海からの津波と川からの津波がぶつかったところ。

瓦礫が山となっているところもあれば、こうして「何もない」ところもある)



午後から行ったお宅は、きれいな新築のお宅。

既に午前中から3つの班が作業していて、私たちは助っ人。


1階は片付いていて、床下の泥を掻きだしたり、高圧の水の噴射機で洗い流し、泥を取り除く作業。


小学生の子どもがいて、作業を見ていたが、ちょっと暗い感じ。

声をかけようと思ったが、あいさつだけにする。

正直、なんと声かけて良いか分からない。


そのお宅の作業を区切りのよい所で終え、全作業終了。


誰ひとり大きな怪我もなく、無事に終わった。



キャンプ場に戻り、最後の夕食は親子丼。

玉ねぎ切りまくりました&白髪ネギも切りましたが、親子丼の最後に乗せると旨いこと!(^.^)


で、最後に団長の下村先生からIVUSA(国際ボランティア学生協会)の歴史・活動内容について簡単なお話と、今回のみんなの働きに対する感謝があり、宴会に突入。


アルコール?もちろん飲みましたよ♪^^


みんな一仕事やり遂げた充実感でいっぱい。

盛り上がりましたぁ(^.^)



こうして3泊4日の気仙沼でのボランティアは終わりました。


気のせいかも知れないけど、行きのときより学生たちがちょっぴりたくましくなったようにも感じ。



貴重な体験だった。

行って良かった。


たぶん、参加したみんなが同じ思いだと思う。

そして、皆、自分たちがした仕事が今後必要な膨大な作業のほんのちょっと、雀の涙でしかないことも分かっている。


やったから「これで終わり」ではない。


むしろ、「これが始まり」だ。


関西から来た学生は、これまでも募金活動してきたが、「もっと情報発信して仲間を増やしたい」と。

そう、一人ひとりの力が僅かだからこそ、「経験」した人は自分の言葉で人に伝えないと。

広めないと。



この報告はいったんこれで終わりますが、この話はまだまだ続きます・・・



P.S.被害の一番大きかった地区は立ち入り禁止で入っていません。

正直、自分の目で見たい気はありましたが、今回の地区でも十分すぎるほどで。

また、避難所にも行きませんでした。

今回の作業内容が直接避難所には関係なかったからです。

被災者のお話は聞けませんでしたが、それはまたあらためて(?)


そうそう、大事なこと忘れてました。


今回、お会いできた現地の方は少なかったのですが(水道・電気の復旧がまだで、皆避難所に入ってるため)、あった方に挨拶すると、皆にこりとして「ご苦労様!」「よく来たね」と声掛けてくれました。自分には直接関係ないのに。

こちらが励まされると同時に、こうしてよそから支援の人が来る、気にかけてくれてる、というのが被災者にとって、うれしかったのではないか、と。


被災者が少しでも、笑顔になって元気になること。

実はそこが今回のボランティアの一番大切なことだった。のカモ(^.^)





いつでも途上人・・・・・自分の足で一歩ずつ
サクラ、咲く。