■常識に囚われていると新しい発見は出来ないものです。
でも、
常識に囚われていると安心しますし、
常識から外れると周りから敵扱いされます。
常識に囚われることは、
危険なような安全なような
着実に進めるような進歩がないような
難しいことですよね。
常識に囚われるとは言っても、
そもそも、常識って何?と言うことになります。
ここで言いう常識とは、
昔から受け継がれてるものであったり、
その時の習慣、風習、考え方によって決まる大きな方向性としましょう。
ですから、
大きな社会の流れに乗ることは、安全でありながらも
新しいものが生み出されない危険性もあると言うこと。
■安定期とは、安全でありながらも破滅へと繋がる第一歩と言えます。
自然化は、多くのリスクを抱えながら進歩発展して来たのですからね。
進歩は、微妙な変化の積み重ねと言えます。
例えば、
川の流れを見ていても分かるよに、
昨日と今日とでは、何も変わっていないように見えますが、
少しづつでも確実に変化しています。
川底にある石の位置は、昨日と違う場所にあるでしょうし、
水そのものが昨日とは全く違います。
それは、
大きな流れの中のほんの少しの変化であり、流れそのものの変化でもある。
その変化に気が付かないと、
川に住む生き物は生きていけないのかも知れません。
その時、その場所に適応しながらも、
全く違う場所に行くことで、誰もが知らなかった世界を開拓し
その結果、新たな扉が開かれる訳です。
■異端児とは、大きな流れの常識から外れる者であり、
その流れが、新たな道となることで選択肢が広がる。
そうすることで、
別の誰かに新たな勇気を与えることとなり、
それらが集まることで新たな流れが生まれ活性化されていく。
今までの常識から外れたところに、
次なるステップへと繋がる道が隠されているのでしょうね。
■異端児になると、軽蔑されハブにされ相手にされないかも知れませんが、
自分が信じる道を突き進むことで、
誰かに勇気を与える役割を持つことになるのかもしれません。
人の道からはみ出さないことが前提ですが、
異端児は、世界を変え、世界を安定させることが出来るのかも知れませんね。
安全な道を進むもよし、
冒険を楽しむのもよし。
自分が信じる道を
自分が楽しいと思う道を
自分がやりたいと思う道を
勇気を持って、進んでいきたいですよね。
最後いまで読んで頂きありがとうございました。
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No.1775