■世の中、
勉強が好きと言う人より、勉強が嫌いと言う人の方が
おそらく多いでしょう。
では、なぜ勉強が嫌いな人が多いのでしょうか。
たぶん、やらされ感が強いからなのでしょうね。
義務教育の9年間は、否が応でも勉強させられます。
それは、好き嫌いにかかわらずです。
■人の感情って、
上達していると言う実感があると喜びに変わり、
上手く行かないと悲しみに変わるものです。
喜びを感じれば、当然そのことをもっと知りたくなり
結果、勉強が好きになります。
逆に、上手く行かなければ嫌になるのは当然ですよね。
これが、勉強嫌いになる一つの要因だと思いますが、
他にも、
他人と比べられるのが好きじゃないとか
得意なことやり苦手なところを伸ばさせらりとか
理解する前にその先に進んでしまうとか
色々な理由があると思います。
■本来、人は勉強が好きだと思うのです。
勉強と言うより、学ぶことと言った方が正しいかも知れません。
学ぶとは、まねるが変化した言葉だと聞いたことがあります。
人は、真似をして成長し、
そこから新たなものを創り出してきました。
ところが、
勉強とは無理やり(やらされる)意図が見え隠れしまう。
ちなみに、
勉めるとは無理に力をだしてはげむことと言う意味があり、
強いは、それを強引にさせる。
勉強とは、強くそして無理に己の力を出すことなのかも知れません。
無理矢理やらされて上手く行くケースは少ないでしょう。
■本来、人は己を磨くことで成長していきます。
当然そこには得意不得意があり、
全てを均等に伸ばすことは効率的とは言えません。
義務教育は、その点からすると平均的で一律の人間を創り出している
と言えるのかも知れません。
となると、
勉強が嫌いと言う人がいるのは、至極当然の結果であり、
本来の姿は、強引に学ばせることではなく、
本人が、学びたい時に学べる場を提供することなのでしょうね。
とは言っても、
社会構造上、そんなことも言っていられないの事実ですから、
勉強を楽しむしかありません。
■それでももし、勉強が嫌いだと言うのであれば、
その時は、勉強しなければいい。
その代り、学び場を求め行動するしかありません。
学びの場とは、社会生活の中に沢山あります。
学ぶことは、生きて行く上で必要不可欠なことですから、
それこそ、否が応でも勉強しなければならない時が来るわけです。
もしその時が来たら、
あの時勉強しておけば良かったと言っても後の祭りですから、
過去の自分を責めてはいけません。
全て、自分が決めてきたことなのですから。
もし、あの時と思う時期が来たら、
そこから一生懸命、学んでいけばいいのです。
生きて行くことjが、学びの世界なのですからね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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No.1939