憲法裁判所と大統領弾劾裁判 | 一松書院のブログ

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韓国の憲法裁判所

 1987年6月、大統領直接選挙の要求を掲げた民主化運動が高まる中、29日になって、全斗煥チョンドゥファン大統領の与党民正党ミンジョンダン盧泰愚ノテウ代表委員が「民主化宣言」を発表して憲法の改訂を約束した。提出された改憲案は10月27日の国民投票で確定し、29日に公布、翌1988年2月25日に施行された。1972年の維新憲法によって大統領選挙での投票権を奪われていた国民は、直接投票によって大統領を選出できるようになった。

 

 この改憲によって、憲法裁判所が新たに設立されることになった。1988年12月27日の設立当初は、乙支路ウルチロ5街にあった乙支路庁舎(現在の訓練院公園)に置かれた。その後、斎洞チェドン交差点(地下鉄3号線安国アングック駅の上)の北側、1989年に松坡ソンパ区に移転した昌徳チャンドク女子高校の跡地に新しく庁舎を建設することになった。新庁舎は1993年6月に竣工し憲法裁判所はここに移転した。

 

「大韓ニュース」 1993-06-02

 

 憲法裁判所の法廷は9名の裁判官によって構成される。大統領、国会、大法院(最高裁判所)がそれぞれ3人ずつ指名し、大統領が任命する。国会が指名する裁判官は、与野党間の協議で決定するのが慣例となっており、与党側が1人、野党第1党が1人、少数野党が1人指名するのが慣例になっている。憲法裁判所法第6条第2項で、指名された憲法裁判所裁判官は国会での聴聞会に出席しなければならいと規定されいる。

大統領の弾劾裁判

 この憲法裁判所では、大統領弾劾の審判はこれまで3回行われている。

(1)2004年 盧武鉉ノムヒョン大統領

 盧武鉉は「新千年民主党」(民主党ミンジュダン)の候補として大統領に当選したが、与党民主党内の盧武鉉支持派が「開かれたウリ党」(ウリ党)を結党したため、民主党は野党となって盧大統領と対立した。国会議員選挙を控えた2004年3月9日、野党ハンナラ党と民主党は、大統領弾劾訴追案を国会で可決した。

 ところが、この弾劾決議は、野党側の党利党略によるものだとして世論が反発し、4月15日の国会議員選挙では、49議席だった盧大統領の与党ウリ党が152議席と大躍進し、ハンナラ党は137議席が121議席になり、民主党に至っては9議席しか取れず、野党は惨敗を喫した。

 5月14日、憲法裁判所は、大統領弾劾訴追を棄却した。


 

(2)2017年 朴槿恵パククネ大統領

 2014年4月16日に起きたセウォル号沈没事故で、朴大統領の初動対応の遅れや、政府の救助活動の不手際、危機管理能力の欠如などへの不満が高まり、朴大統領の支持率は急速に下降し始めた。2016年10月、朴大統領の友人崔順実チェスンシルが大統領府に出入りして国政にまで関与したとする問題が表面化すると、支持率は5パーセントまで急落した。
 12月9日に国会は、朴大統領の弾劾訴追案を可決し、大統領の職務が停止された。翌2017年3月10日午前11時21分、憲法裁判所は8人(任期満了の1名が欠員)の裁判官全員一致で、朴槿恵大統領の罷免を宣告した。

 

(3)2025年 尹錫悦ユンソギョル大統領

 2024年12月3日午後10時23分、尹錫悦大統領は同日午後11時からの非常戒厳の実施を宣言した。汝矣島ヨイドの国会議事堂に軍部隊が侵入したが、国会職員や秘書官、報道陣などがバリケードなどで防御。4日午前1時前に国会を開会して非常戒厳解除要求決議案を可決した。尹大統領は、午前4時半前に非常戒厳の解除を宣言した。

 12月14日、国会は、与党の一部議員の賛成を得て尹大統領の弾劾訴追案を可決した(賛成204票、反対85票)。高位公職者犯罪捜査処は、内乱罪容疑で尹大統領の出頭を求めたが、大統領がこれに応じなかったため、12月31日にソウル西部地方裁判所が尹大統領の逮捕令状を発付した。1月15日になって尹大統領は漢南洞の大統領官邸で身柄を拘束された。尹支持派の暴徒がソウル西部地裁を襲撃する事態も起きた。

 その後も大統領弾劾審判についての弁論が憲法裁判所で行われ、2月25日に最終弁論が行われた。

 3月7日、ソウル中央地裁が内乱罪容疑でソウル拘置所に拘束されていた尹大統領の拘束を取り消した。検察は即時抗告をしなかったため、翌8日に尹大統領は漢南洞ハンナムドンの大統領官邸に戻った。

 4月1日、憲法裁判所は4月4日に弾劾審判の宣告を行うことを通告。斎洞、安国洞一帯は多数の警察車両で封鎖された。罷免の評決のためには、裁判官6名以上の賛同が必要とされる。この裁判では、国会が指名する裁判官が任命されず、以下の8名の裁判官での評議となった。

 

名 前 指 名 者 任 命 者  
文炯培ムンヒョンベ 文在寅大統領 文在寅 所長権限代行
李美善イミソン 文在寅大統領 文在寅  
金炯枓キムヒョンドゥ 大法院長 尹錫悦  
鄭貞美チョンジョンミ 大法院長 尹錫悦  
鄭亨植チョンヒョンシク 尹錫悦大統領 尹錫悦  
金福馨キムボクヒョン 大法院長 尹錫悦  
趙漢暢チョハンチャン 国会(与党) 崔相穆チェサンモク(権限代行)  
鄭桂先チョンケソン 国会(野党) 崔相穆(権限代行)  

 

 前任の文在寅ムンジェイン大統領が指名した文炯培、李美善それに野党民主党指名の鄭桂先は革新系、尹錫悦大統領が指名した鄭亨植と与党国民の力クンミネヒム指名の趙漢暢は保守系、大法院長指名の金炯枓、鄭貞美、金福馨は中道系と見なされていた。2004年の盧大統領の弾劾裁判では最終弁論が終わって14日で、2017年の朴大統領の時は11日で宣告があったのに対し、尹大統領の裁判では1ヶ月以上宣告の告知がなかった。そのため、さまざまな憶測が流れた。

 

 4月4日午前11時、憲法裁判所は開廷し、判決理由の要旨を文炯培憲法裁判所所長権限代行が読み上げ、11時22分に「主文 被請求人大統領尹錫悦を罷免する」と宣告した。結局、8人の裁判官の全員一致の評決だった。