【こぼれ話】新聞販売・新聞配達 | 一松書院のブログ

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 先日、ギャオが期間限定で無料公開していた映画映画「ワンドゥギ」(2011)を久しぶりに見た。ちょうど新聞の『東亜日報』がらみの話を調べていたので、気になった場面。

 ユ・アインはいかにも新聞配達をしてそうだし、キム・ユンソクは新聞紙でケツを拭いてそうな気もするが、それはいい役者だからであって、実際にはそんなことはやってない(はずだ)。

 

 1980年代のはじめ、ソウルで下宿生活をしていた日本人留学生の院生が嘆いていた。

いつも僕のとっている新聞を読もうとすると便所にあるんですよね。一部は使われちゃってるし…

 

 最近は、トイレットペーパーをくずかごに入れるのではなく、便器で流すというキャンペーンをやっている。さすがに、新聞紙の時代には流せなかった。今は新聞紙を使うことはなくなり、トイレットペーパーの水溶性もよくなった。PCやスマホじゃ、確かにケツは拭けない。

 

 1970年代は、新聞のたばを担いで走り回っているのは少年たちだった。これはちょっと古いが1957年の映像(音声なし)。

 こちらは1969年の映像である。1970年代に初めて韓国に行った時もこんな感じだったと思う。新聞社の前の掲示板には、人だかりができていたことは記憶にある。
 
 1980年代には、トークン(バスに乗るための専用のコイン)を売っている小屋や路上でも新聞を売っていた。今でもバス停の近くに、交通カードの充填ができたり飲み物を売っている小屋があるが、これがトークン売り場だった。ここで新聞も買えた。
 これは1981年の映像だが、確かに新聞が置いてあって勝手にお金を置いて(場合によってはお釣りをとって)新聞を持っていくというのもあった。
 
 地下鉄2号線が全線開通すると、地下鉄の車内での新聞販売が盛んに行われるようになった。
 さらに、3号線、4号線が開通すると、そこでも新聞の移動販売が行われていた。下の画像は1985年末に刊行された『韓国グラフィティ』(みずうみ書房)に掲載されたもので、ラッシュの電車の中でも人混みをかき分けて新聞を売り歩く売り子の姿はかなりのインパクトがあった。
 1990年代に入ると、車内の移動販売から駅の新聞販売所(가판대カパンデ)での販売に移り始め、車内販売は次第に姿を消した。今度は駅構内の販売所の利権を巡って様々の社会問題が起きた。
 新聞販売所はソウル市の条例に基づいて、低所得者や障害者・高齢者などを対象にして公募し、抽選で3年契約で運営されることになった。
 しかし、2004年くらいからはこれも減少し始めた。一つはこの時期から、無料のタブロイド紙など無料新聞が配布され始め、一般紙やスポーツ紙の販売部数が激減していったことによる。また、ネットでデジタル版の提供が始まったことも一因である。その結果、新聞販売に限定したいた店舗を、2006年からは飲み物やタバコ販売なども許容するように転換したが、これも採算が取れず数年後には地下鉄駅の売店は消滅した。
 
 新聞の販売が車内の移動販売から構内の小洒落た「뉴스스탠드News Stand」に転換した時期、新聞配達の方も大きく変わっていたのであろう。2003年公開の映画「マドレーヌ」の新聞配達を見て、「あ、時代が変わったんだ」と思った。チョ・インソンとシン・ミナが新聞配達している。
 それからすでに15年以上が過ぎている。

 

 新聞の販売や配達だけではない。いろんなものを見ていて韓国社会が急激に大きく変わってきたことを痛感する。そして、日本も急激に、しかも過激に変わってきている。

 私にとっては、韓国の変化の方が圧倒的に心地よいのはとても残念なのだが…。