結果には必ず理由、原因があります。一つとは限りません。いくつもの事柄が複雑に絡み合って、結果は生み出されます。単純であっても、複雑であっても、理由がわからないことには対処しようがないので、問題が起こったら理由を知りたいんです。事件なら、「動機の解明」ってやつです。どうしてそんな犯罪を犯したのか追究するのは、今後同じような犯罪が起こるのを少しでも減らすためです。

 

娘が学校が辛くなった理由も、単純なものではありませんでした。運も悪かったし、環境もあったし、人間関係の問題もあったし、意地悪な人間もいたし、娘の性格もあるしで、意地と我慢を重ねて積み重なったところで限度を超えたんだなと思いました。しかし理由がわからないことには対処しようがないので、話してくれてよかったと心から思いました。親が子の問題に関わるには、親子の間で正直に事実と心情を話してくれる信頼関係がないとできません。よく親子の雑談が大事って言いますが、そこで言いたいのはきっと、雑談から始まって、何でも話せるような信頼関係を育てていくべきということなんだと思います。雑談をする時って、相手の気持ちを否定したり、求めてもいないのに上から目線でアドバイスや説教されたらもう話す気も失せて続かないじゃないですか。だからそういうことをしない練習が雑談をするということだと思うんです。

 

話を聞いてもらいたいのに、すかさず間髪入れずに「そんなん◯◯したらいいじゃん」と遮る。言いたくなるんですよね、人の愚痴や悩み聞くのってめんどくさいから。所詮、他人ごとだから、簡単に、◯◯したらいいじゃんって思ってしまうんです。だから私は、「どうしたらいいかな」って言われたりそういうニュアンスを感じない限りは、助言しないように、特に夫婦、親子間だと言いたくなるから、気をつけています。

 

この本すごく良かった。10年以上前に読んだと思いますが今も時々思い出してハッとします。