笑えない麦わら帽子さん
私も心を取り戻せますか?
私も笑えるようになりますか? 私も・・・
4年前の秋、大好きだった彼が 私に照れた顔で 真剣な表情で「結婚しよう』と言ってくれた。
3年間、ずっと片思いだった高校生時代。
社会人になって 再会して 付き合うことんになった日は、親友が本当に喜んでくれた。
そして6年間 いつも横にいてくれた。
喧嘩をしても私のワガママを許してくれた。
こんな私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれた。
あの日は 私が海を見たいと言った。
小さい波が打ち寄せる青い海をみながら、一生、そばにいて欲しいと言ってくれた。
肌寒い夕暮れに、涙が流れてこんなに幸せでいいのだろうかと思った。
一生のうちで、一番幸せを感じた その日。
その帰り道、突然、前から大きな光が近づいてきた。「アッ~」という彼の声を聞いた次の瞬間から、私の記憶はない。
目を開けると、ぼんやりと母の顔があった。
私は全身を縛られていた。
動こうにも手も足も動かない。
状況を理解するまで 長い時間がかかった。
そうだ、光が光が近づいてきたんだった。彼は?彼は?
誰も答えてくれなかった。皆が目をそらす。どうして?どうして?
彼の親友が私の見舞いに来てくれて、話してくれた。
居眠り運転の対向車と衝突して、彼は即死だったと。
左座席の私をかばうように、右座席の彼だけが、犠牲になったんだよと話してくれた。
私も一緒にいきたかった。
君だけは助かるようにと、左の電柱を避け、微妙なハンドル捌きで一瞬にして、君だけは守ったんだ!そう聞かされて、私が喜べるわけがない。
そんなもの、そんな思いやりなんか私はいらない。
生きた彼だけでいい。
あなただけでいいのに。
時がたってくると、お前は生きれ、お前だけは生きれと 彼の声がするのがわかる。
お願い、私を責めないで。
生きる目標を失った私は何をしたらいいの?
教えてください。
たったひとつの命 彼の命が戻る方法はないの?
夢があった。
子供は3人、みんなでサッカーをする。
いつか、近くに星が見える山に移り住んで 自給自足の生活をしたい。そんな夢・・・ささやかな夢。
全てを 忘れて どう生きていけと言うの?彼の代わりはいないのに。
たった一つの命と同じ、たったひとりの彼。
私は忘れることは出来ない。出来ない。
友人達が あるいは家族が 私を心配してくれている。
もう、もう、彼は戻らない。
わかっています。
記憶がなくなってくれたら、彼の笑顔と声とぬくもりを 忘れられたら、こんなに苦しくないのに。
でも、無理をしなくていいと そう 聞こえる彼の声。
心を取り戻す・・よくわからないけど、彼がくれた 私の命。
時間はかかると思うけど、顔だけは あげてみます。
~笑えない 麦わら帽子~
『たったひとつの命だから』第2巻より