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3、長男の治療経過
これまでの過程はこちら
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※2016年6月~2017年3月までの両眼の局所治療中(眼動注など)の話です。
●3週間スパン
2016年11月上旬の入院後、次の入院までのスパンは3週間。手術と手術の間はちょうど20日でした。
育児ノートを見てそういえば、と思い出しました。
全身麻酔が1ヶ月スパンってあくまで目安なんだなーと(笑)
スパンが短かったので、予防接種はお休み。
ギリギリ寒くなる前のこの時期に、夫の長期出張(ほんとしょっちゅういない)の隙をついて京都の永観堂や南禅寺などに紅葉を見に行きました。
そして毎月実家に帰っていたのに「出張中娘一人で子育ては大変だろう」と理由をつけて、孫と関西の紅葉を楽しむために来た母(ほんとすぐ来る)と3人で嵐山まで行ってみたり。
ほんと、局所治療後半は、「まだできる治療がある」という安心感と、入院への慣れもあり、入院以外の日々はごくごく普通、というか、モラトリアムのような感じでした。
●初めて直接入院
動注の時は、術後の外泊期間があることもあり、なんだかんだ入院前後に関東の実家にワンクッション滞在しての往復でしたが、
入院の準備や様子が掴めてきたこと、12月の入院は動注なしだったこともあり、初めて関西の実家から直接入退院をしました。
荷物入りの段ボールを前日に病院に送り、当日は最低限の荷物で上京。
おそらく遠方から来る多くのお母さんたちはこれが普通なんだと思います。
この頃、ミルクは寝る前に飲むか飲まないか程度で、日中は離乳食と母乳だけでした。
往復の東海道新幹線では、ぐずったらテラスに出るか、11〜12号車の間にある多目的室(車掌さんに言ったら開けてくれる)で授乳をして誤魔化していました。
入院も3日間とこれまでで最短だったので、すっごい楽だった(笑)
●右冷凍凝固1回目、左右レーザー7回目
生後8ヶ月になった直後に入院。
手術予定は2番目。動注時は担当医のシフトの都合で午後になっていたものの、今回は純粋に月齢順で2番目。時間の流れを感じました(笑)
左右冷凍凝固の予定が、手術が終わってみると、左は視神経、黄斑部分共に落ち着いているとのことで、レーザーのみ、右だけレーザーと冷凍凝固、という結果でした。
次回も様子を見ながら冷凍凝固の予定、と探り探りな感じで終了。
左がかなり良くなっていたことに安心しつつ、左右共にこれまで動注とレーザーだけだったので、初めて目に直接メスの入れた右目の腫れが心配でした。
右目はもともとほぼ見えていない、という診断なので、黄斑横の冷凍凝固が視力に与える影響は少ないだろう、と言われていました。
手術直後はほとんど腫れは分からず。本人も普段と違う、という感じはありませんでした。
翌日もメスを入れた目尻側の白目部分は赤いものの、腫れはそこまでではなく。その状態で退院しましたが、例えば新幹線などで長男の顔を見られてもぱっと見は分からないほどの腫れでした。
遠方から来て冷凍凝固で腫れてしまった状態で帰らなくてはいけない子のお母さんたちから、
退院後の移動中に「まーお目目どうしたの?かわいそうに」というお節介な他人のおばさんたち(通称かわいそう婆(笑))の一言に地味にダメージを受ける、という話をよく聞きました。
日本人の「お察し」文化は、個人的に悪いところもあると思うけど、こっちも消耗してる時にグイグイこられるのは「察して」って思う。わがままでしょうか。
この時は、帰りの新幹線の中の多目的室で、結婚式に行くというドレス姿の知らないお母さんと相席授乳(笑)
一瞬ひるんだものの、多分腫れてるのは気付かれなかったかな、という感じでした。
●術後経過と辞令
ところが自宅に帰った翌日、術後2日目にパンパンに腫れました。例えるならば試合後のボクサー。
この日がピークで、腫れの引きは早かったのと、本人の機嫌もこの日が少し悪いくらいで、あとは気にするほどでもなく、助かりました。
腫れ方と経過はそれぞれだと思いますが、この時の長男の場合(冷凍凝固の1回目と2回目でも腫れ方は違った)の経過はこんな感じでした。
