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3、長男の治療経過
これまでの過程はこちら
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前回はこちら
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※2016年3月~5月、生後7日~生後45日目までの全身化学療法(抗がん剤)治療中の話です。
●免疫回復の様子見+IVR管理のための入院生活
生後8日目で入院し、13日目にVEC1クール目(実質1日)を終えた長男。
月齢がもう少し進んでいたら、次のクールまで3週間ほどは退院できるのですが、
新生児で免疫低下が読みにくいこと、
CVカテーテル(ポート)ではなくIVRが入っており、維持が難しいことなどから、継続入院となりました。
つまり、ルーティーンの血圧測定や検温、朝の回診、IVRのチェックなど、健康管理以外あまりすることがなく(笑)病院個室でただ初めての子育てに四苦八苦、という日々でした。
そもそも3時間おきに授乳が必要で、体調管理として哺乳量の測定が必要だったため、
おむつ交換→体重測定→母乳&ミルク→体重測定
を、ひたすら繰り返していました。
●生後15日目;思い出の手形
当時、またマタニティパジャマで病棟内をうろうろしていた私。
どこの病院もあると思いますが、心理ケアの先生たちが病室に来てくれて、話を聞いてくれたりもしました。
が、基本私の態度は明るく元気。「生まれる前から分かっていましたので」と、概ね冷静な応対だったと思います。
一度ブワッとなったのは、小児慢性特定疾病の申請など、事務手続きの説明を聞きに一人で専門のカウンターに行った時。
あまり事情は知らない受付の方が、長男の生年月日を見て、
「まだ生まれたばかりなんですね。お母さんも大変ですね。大丈夫ですか?」
と何気なく言ってくれた時でした。
ブワァァァっと涙が出てきて、一瞬泣いた後、「大丈夫です」と帰って行った私を心配したのか、
その受付の方は後で、「渡し忘れたから」と、
わざわざ病棟まで相談窓口のチラシやパンフレットを持って来てくださいました。
同じ頃、病棟で子供達のケアをしている心理士(資格名を忘れました、あとで直します)のお姉さん2人も、個室を訪ねて、自己紹介をしてくれたことがありました。
当時、紹介されて「はぁ…」という程度の反応だった私。
この日、「ちょうど生まれて15日目ですね」と、病棟の壁に飾る桜の花びら型の展示用に、長男の手形を押しに来てくれました。飾る用と私たちの記念用に2枚。
実は生まれた産院で手形足形を取るサービスがなかった長男。手形はこれが初めてでした。
今思うと、あの頃の私はやはり肩肘張っていたんだと思います。
「皆さんのお気遣いはありがたいけど大丈夫です!」的な。
どこかで拒否していたんだと思います。
入院が長期になるにつれ、そういう気持ちはだんだんほぐれていきました。
看護師さんや、病棟で患者を支える方々の小さな一言や行動が、
病と向き合ってギリギリのところにいる患者や家族の心の支えになることを実感した経験です。
今も時折眺める、とても大切な手形です。
●生後16日目;白血球値下がる
VEC終了3日後に血液検査。週末だったので週明けに結果を聞くと、白血球の値が下がって来たと言われました。感染症に注意しながら過ごす。
ちょうど生後3週間目で、よくいう「魔の3週目」なのか、グズグズ過ごすことか多かった頃でした。
吐くことはありませんでしたが、もしかしたら副作用で具合が悪かったのか、ただ単に成長してたのかは分かりません。
●生後19日目 ;5人がかり
この日も採血。
IVRを止める防水テープは、1週間ごとに張り替えの予定でした。初めての張り替えはなんと、看護師さん総勢5人がかり。
手や頭を抑える人、テープを剥がす人、刺入部はテープが剥がれたら引っ張って抜ける状態なので、ゆっくりゆっくり丁寧に。
肝心の長男は途中モゾモゾして大泣きしたものの、最終的に仏像のような顔で熟睡していました。
この頃、「抗がん剤治療をするなら、やはり髪は抜けるよな」と、周りで治療する子たちを見て思っていました。
そこで、こびとづかんに代わる帽子をポチり。
「フォトジェニック!」
と写真を撮りまくるほどには元気な私でした。
新生児だから大してない毛ですが、やはり、髪が抜けるというのはがん治療では象徴的で、精神的なダメージだと思います。
胎毛筆を作りたいなぁと思っていたので、短い短い毛でも作れるか、バラバラの抜けたものでもできるかを業者に問い合わせたりもしてました。
結果、恐らく薬の量が少なかったため、2クールVECを行なった後も髪は抜けませんでした。
多少は抜けてたのかもしれないけど、ツルツルにはなりませんでした。もともと乳児の産毛が生え代わることもあり、薄くなった時期も特に治療で抜けた、とは思いませんでした。
●生後20日;白血球、回復す。
前日の血液検査の結果、白血球の数値は切り返した、とのこと。
この頃は無知で好中球の値などは聞いていません。
大きな副作用もなくてとにかく良かったなぁ、と思っていました。
●生後21日目;生湿疹と1.5cm
朝起きると、全身に発疹が。
なにこれアレルギー?と、慌てて朝の回診で見せてみると、
「あー乳児湿疹だ」
「模範的な乳児湿疹だね」
「生の乳児湿疹久しぶりに見たー」
と、談笑しながらゾロゾロ帰っていく先生方。
そうか、これが乳児湿疹か。
とホッとしている(のも変だけど)と、
IVRの定期チェックをしていた若手の看護師さんが、
「1.5cm抜けてるかも」と、慌ててベテラン看護師さんを呼びに。
IVRのカテーテルは首の付け根に入っており、頬にかけて貼られた防水テープから出た上部分は、耳をぐるっと回して肌着の中を通し、足元からラインを伸ばしていました。
当然、テープ固定とはいえ、グッと引っ張ったら簡単に抜けるため、
その耳の部分のカテーテルにマジックで印をつけ、防水テープから出たところから印までの長さと同じ長さの紐を作ってくれていました。
毎回、チェック時にはその紐が担当看護師さんに引き継がれており、それをぐるっと耳のカテーテルに当てて長さに変化がないか確かめていたのです、が。
その長さが合わない=カテーテルの方が長い=刺入部から抜けているのでは?となりました。
1.5cm?と、今の私もメモを見ながら思いますが、当時の身長が50cm弱なので、大人にすると4〜5cm?と思うとそこそこある気もします。
そのままなるべく動かさないようにCT撮影。
結果、抜けたのかもしれないが、中心静脈の悪くない位置に留まってるのでそのままで問題なし。と言われて一安心。
紐も再度作り直し、同じように管理が続きました。
●生後22〜23日;空から赤ちゃんが!
約10日ぶりに夫が2泊3日で休みをもらい上京、面会に。
3人がかりの沐浴に初挑戦するも、空から降って来たシータを受け止めたパズー並みに捧げ持つだけの状態で、手伝った看護師さんたちに笑われる。
平日の面会時間13時から19時を、ひたすら長男にひっついて過ごした夫。
●生後24日目;初めての。
朝、IVRのテープが剥がれかけていてヒヤリ。
防水とはいえ、沐浴などで水に触れるし、手足をバタバタしたり、首を左右に動かしたり。
活発に動くようになってきたので、この頃からIVRの保持が難しくなって来ました。
ベテラン看護師さんが丁寧に補修してくれました。確かその過程で、長男のもみあげの毛をカットしていいか、と尋ねられました。
どうぞどうぞ、というと、
「初めてのカットが私でごめんねー、しかも普通のハサミで」と言いながら、
もみあげ2cmほどをカット(笑)
今でもたまに、その看護師さんに半分笑い話として謝られます。
しかし、テープの補修はあちこちツギハギだらけで危うい雰囲気。
毎日ヒヤヒヤしながらIVR保持に全力を注ぎつつも、このまま抗がん剤治療終了まで保つのだろうか、と思い始めます。
この日、お世話になっている会社の上司と同期の友人が、面会に来てくれました。
本来、病棟内は父母祖父母のみの面会ですが、事前にお願いして、特に治療中でもないということで、
ベッドに置いていた点滴を点滴台に移し、病棟外の談話室で話すことができました。
夫が長男を見ていてくれる間に上司と近くの寿司屋でランチ。
同期と合流し、先日ポチった帽子でおめかしして(笑)抱っこしてもらえました。
夕方、私がミルクをあげる横で夫が静かに泣いていました。
近くにいても、辛いことはあるけれど、そばにいられない事も辛いだろうな、と。
普段泣いているのは大抵私だったので、茶化してやりました。
次に会えるのは5月の連休だなぁ、と言いながら、夫は関西に帰っていきました。
●生後25日目;ミトンの効果
この頃から、手の動きが活発になり、右首のカテーテルを掴みそうになっていました。
帽子たちでは耳は覆えても首までのラインは完全に覆えないので、
右手だけミトンをし、長肌着との境目をテープでぐるっと巻いて外れないようにしました。
これだけで夜中含め、常に右手の動きを気にしていたのが楽になりました。もっと早くやっておけば良かった。
●生後27日目;ヒヤリ再び
IVRテープ張り替え、2回目の日。
ツギハギの危ういテープをやっと張り替えてもらえる!と、内心ホッとしつつ、看護師さんたちのお手伝い。
補修→防水→カテ固定テープを全て剥がして、何も固定がない瞬間、
ふいに長男の首がくるっ!と動いて、その場の全員がヒヤッ!!っとなりました。
そのままひたすら静かに再固定し、なんとか張り替えは終了。
微動だにせず20分くらいでしょうか?ひたすら支え続けてくれた看護師さんたちに感謝しつつ、そのまま即CT。
異状は無しという事で、再び事なきを得ました。
●生後28〜29日目;不信感と徒労感。
この日、きちんとメモを残しておらず、おぼろげな記述を基に書いているのですが、
刺入部から液漏れが起き、防水テープの下に水分が溜まっている状態になりました。
採血をしようとしていたような記憶があります。
カテーテル内で血液が詰まった時などに、血栓を溶かすヘパリンという薬液を注入することがあるのですが、
うまく血液が引けず、ヘパリンを注入していた直後に液漏れが起きました。
昨日なんとか張り替えたのに、また張り替えか、とハラハラしながら見ていると、
その時、対応していた看護師さんが、
突然、一人でぺりぺり防水テープを剥がし、液漏れを拭き始めました。
これまでテープ張り替え時は4、5人がかりだったので、いきなり剥がす、ということを想定していなかった私は慌てて長男の首を抑え、
張り替えるなら看護師を増やさなくていいのかと、尋ねたか尋ねなかったか。
そのまま、一人で雑に防水テープを貼り直した看護師さん。
採血がその後出来たのかも実は覚えていないです。
結果、翌日に刺入部から出血があり、IVRは挿入から17日で抜くことになりました。
今振り返ると。
血液が引けなかった時点で、カテーテルは閉塞していて、いずれにせよ限界だったのかもしれません。
あるいは、看護師さんの手荒に見えた処置が、回避できたものをダメにしたのかもしれません。
ただ、白血球が回復したのは生後20日。
それから、ベッドの上からの移動もできず、授乳や抱っこもラインに気を遣い、危うい時も看護師さんたちの機転でなんとか切り抜けてきたのは、ひたすらIVRを維持するためだけが目的でした。
それを思うと、何のための入院だったのか、と悔しくて涙が出ました。
そしてやはり、テープの処置といい、この看護師さんの行動には不信感しか持てませんでした。
ちょうど翌日からゴールデンウィーク。
その年のゴールデンウィークは
3連休+1日平日+3連休+1日平日+2連休
の飛び石連休でした。
とりあえず、ゴールデンウィーク前半の3連休は治療もできないと、あっさり外泊許可がおり、2泊3日で実家に帰ることになりました。