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今回の話者:花笠さん(仮名)

 

 

前に少し流行った指ハートってわかります? 親指と人差し指を交差させて作るハートマークです。

 

三ヶ月ほど前にそれに気が付いたのですが、私は見て見ぬ振りをしていました。

 

(左手の指輪を見せながら)結婚していますしね。

 

彼女と私は同じ会社に勤めていますが、部署が違います。ですので、オフィスは離れています。

 

もちろん仕事で関連はしていますので、お互いのオフィスを行ったり来たりすることは間々あります。

 

顔と名前が一致する程度には彼女のことは知っていました。

 

彼女は博多出身ですので、仮にドンタクと呼ばせていただきます。

 

あの日別件でドンタクの居るオフィスに行きました。入るなりドンタクは私の事を喰い捕らえんばかりに凝視してきました。

 

何か用があるのかと思ったんです。私もバカですよね。ドンタクと目を合わせてしまいました。

 

そうしたら、スッと右手を突き出した唇の下にまで持っていき、あの指ハートを作ったんです。そして、ニタリと笑いました。

 

私は目を逸らしました。何も見なかった事にしようと思いドンタクを無視しました。

 

それからドンタクは私が訪れる度に指ハートを作り、私の気を惹こうと躍起になっていました。

 

私がずっと無視し続ける事に痺れを切らしたのか、ドンタクは行動を起こすようになりました。

 

ある日私が訪れると、ドンタクは用もないのにデスクから離れわざと私と対面する形で歩いてきました。

 

私は内心動揺していましたが、素知らぬ振りで歩きました。ドンタクは、まさに私とすれ違う瞬間にキスをせがむ様に突き出した唇の下に指ハートを作り、あまつさえ私の方を向いてウィンクを繰り出してきたのです。

 

私はその場に頽れたかった。だけど、そうはいかない。私に関係のない人間が私に関係のない仕草をしているだけなのですから相手には出来ません。

 

相手にすれば私の負けになります。

 

ですが、ドンタクの行動は次第にエスカレートしていきました。

 

この時点でドンタクのオフィスでは私とドンタクが不倫関係にあるという噂が七不思議のように囁かれていました。

 

花笠さんは奇特なお人だと・・・

 

もちろん噂は完全否定しました。

 

次にドンタクは彼女なりの色仕掛けで私を追い詰め始めたのです。

 

この頃になると私はビクビクしながらドンタクのオフィスへ行くようになりました。

 

なるべくドンタクに見つからないようにコソコソとオフィスに入ったのですが、目敏い捕食獣には容易く見つかってしまいました。

 

ドンタクはやおら私の前まで進み出ると、「やっだー」とわざとらしい悲鳴を上げてその場にしゃがみ込みました。

 

当惑する私を畳み込む様にドンタクは叫びました。

 

「なぁに、このパンツぅ〜 スリットがこぉんなに深く入ってるぅ。 やっだぁ、下着が見えちゃう。ドンタク、恥ずかしい〜」

 

これは私の完敗でした。

 

ドンタクの叫び声に釣られて思わず見てしまったんです!

 

会社から支給されたものであるはずの制服のズボンの脇にチャイナドレスも真っ青なあり得ないくらいな程の裂け目が開けられているのを!

 

見たくもない黒いレースの下着まで見せられてしまいました。

 

私は一目散に自分のオフィスへと逃げ帰りました。

 

恥ずかしいと両手で顔を覆った隙間から覗いたドンタクの勝ち誇った笑みが私の脳裏に焼き付いて離れなくなりました。

 

私はドンタクに負けたくないと強く思いました。

 

この勝負はこれからだとその時の私は自分を奮起させていました。

 

まだまだ満足出来ないわがままドンタクは、私を完全に負かすべくその機会を虎視眈々と狙っていました。

 

私はそこら辺を理解していましたから、敢えてドンタクを焦らす作戦に出ました。

 

奴が焦って隙を作れば、そこを刺せると考えたのです。

 

私はこの戦さに負けるわけにはいかないのです。ですが、私は表向きも裏向きもドンタクとは一切関係の無い人間です。ですから、直接の攻撃は出来ません。自滅に持っていくしかないのです。

 

今ドンタクは自分のオフィスで上司に叱られ周りから白い目で見られて、自分の居場所を失いつつあります。

 

わたしはドンタクの居るオフィスに行くのを極力止めました。あちら側の部署の人に用がある時は電話か別の場所で会う様にしました。

 

そして私はドンタクを追い詰めるべく重要兵器をデスクの上に飾りました。

 

ドンタクは苛々している。その様な噂が私の耳に舞い込みました。まんまと私の術中に嵌っているドンタクの姿を思い浮かべほくそ笑みました。

 

そしてとうとうドンタクは私のオフィスにまでやって来たのです。

 

ドンタクが紙袋を手に私のオフィスに入って来た時、ニコニコと取り繕った笑顔を浮かべ、わざと私の方を見ずドンタクと同期の伊藤ちゃんのデスクへ行きました。

 

特に仕事の話をする風でもなく世間話をしていました。いつぞやのスリットももう入っていません。

 

私は息を潜めてドンタクの様子を伺いました。

 

しばらくして伊藤ちゃんが席から立ち、ドンタクと一緒にオフィスを回り始めました。ドンタクは紙袋からお菓子を取り出し一つひとつ手渡していきます。最後に私のところに来ました。

 

「花笠さん、ドンタクちゃん先週末旅行に行って、お土産をみんなの分買って来たんですって」

 

「どぉぞっ🤍」

 

ドンタクはお菓子を差し出した反対の手で指ハートを作っていました。

 

私は受け取りたくなかったので、手を出す代わりにドンタク攻撃専用最重要兵器を奴が見える場所へさりげなく移動させました。

 

肉に食い付くピラニアの様な素早さでドンタクはそれを見ました。

 

見た途端、ドンタクは顔を歪ませ菓子を落とし脂汗を流しました。そして一拍置き嗚咽を漏らしながら逃げていったのです。

 

「どうしたのかしら」

 

「彼女、精神的に参っていて、少し行動がおかしいって向こうの人たち言ってたなぁ」

 

伊藤ちゃんにもさりげなくドンタクのマイナスイメージを吹き込みました。

 

「へえ、そうなんですね」と関心がなさそうに呟くと伊藤ちゃんは私のデスクの上にある先ほどのアイテムを見て笑顔になりました。

 

「結婚式の時ですか?」

 

私はデスクの上にある写真立てを見ながら頷きました。これこそドンタク避けのお守りです。

 

「やだぁ、お姫様抱っこしてる!」伊藤ちゃんは楽しげに笑うと「仲が良いんですね」と言ってデスクに戻りました。

 

これで仕込みは完了しました。伊藤ちゃんがドンタクは精神的におかしくなっているという噂を私のオフィスに広めてくれるのですから。

 

私はドンタクが自滅しに私のオフィスを訪れるのを待ちました。

 

その日は唐突に訪れました。

 

私が取引先へと外出先した日、オフィスに戻ると業を煮やしたドンタクが待ち伏せしていました。用もないのに伊藤ちゃんと話しており、彼女も少し迷惑そうでした。

 

私が伊藤ちゃんのデスクを通り過ぎドンタクに背中を見せた瞬間、奴はまんまと罠に嵌り行動を開始しました。

 

私は思わずニヤついてしまいました。その顔を課長に見られてしまったので、慌てて顔を背けました。

 

「キャッ!」

 

ドンタクの悲鳴と共に戦いの狼煙が上がりました。

 

私はあくまで無関係の人間として通さねばなりませんので、ドンタクの悲鳴を聞いても振り返る事はしませんでした。

 

「ドンタクちゃん、どうしたの?」

 

心配そうな伊藤ちゃんの声を他所に、ドンタクは一人芝居を始めました。

 

「ちょっと、エッチぃ〜。伊藤ちゃん、今ドンタクのおっぱい触ったぁ〜」

 

「えっ? そんなことしてないよね」と困惑する伊藤ちゃんの声をかき消し、ドンタクは茶番を続けました。

 

「もうっ! やっだぁ〜 ドンタクのおっぱいが釣鐘型で綺麗だなんて、そんなこと言わないでぇ〜 恥ずかしいぃ〜 殿方が聞いてたらどうするのぉ🤍 」

 

「キャッ、おっぱい揉まないでよぉ。ちょっと待ってぇ。大きくて揉み応えがあって気持ち良いだなんて言わないでぇ〜 殿方が揉みたくなっちゃうじゃない🤍」

 

私が無視し続けていると、隣のデスクの課長が口をあんぐりと開けて立ち上がりました。

 

「ドンタク君」

 

課長が咎める様に声を掛けると、ドンタクはキッと課長を睨みつけ「お前は殿方じゃあねえよ!」と怒鳴り付けて帰って行きました。

 

内心私はガッツポーズを作りました。二つの課を跨いでドンタクの奇行が取り上げられれば、会社としてドンタク問題が大きくクローズアップされるのじゃないかと思ったのです。

 

私はこれでドンタクに勝ったつもりになっていましたので、思わずクックと笑い声を漏らしてしまいました。

 

それを課長と伊藤ちゃんに聞かれてしまいました。

 

「花笠君、君がドンタク君をけしかけたのか?」

 

課長は訝っていました。

 

私は否定をしましたが、疑いは完全に晴れていない様です。

 

ドンタクを罠にかけたつもりが、自分が逆に追い詰められてしまったのです。

 

このままでは、ドンタクとの勝負に私は負け、会社を去らなければならなくなってしまいます。

 

この状況を打破するにはどうすれば良いでしょうか?

 

 

 

 

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