アイアム・レジェンド
最近アイ・アム・レジェンドを読みました。
この作品は1年以上前に映画化されており、宣伝もある程度力を入れていたのを覚えているので見た人も多いと思います。僕ものその中の一人です。
実はこの作品、映画だけ見るとちょっと変わったゾンビものということで、映画を見た当初はそれほど深読みなどはせずに一つのアメリカ的なエンターテイメントとして見ていました。
が・・・、最近冒頭の原作を読んで分かったのですが、実のところそんな単純な物語ではなかったようで、しかも僕が好きな藤子・F・不二雄の短編『流血鬼』がこの作品のオマージュということも分かりました。
藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (3) (SF短編PERFECT版 3)/藤子・F・不二雄
実は、この作品1954年に発表されているもはやSFの古典とも呼べる作品で、以前は『吸血鬼』や『地球最後の男』という題名で翻訳・出版されており、映画化もされているようでした。
原作とオマージュ作品を読んで、この作品から得た示唆は次のような感じです。
『少数派が多数派にとって変わった時、従来の多数派は紛れもない少数派であるということ』
『そして、それまでの歴史や常識なんてのはなんの関係もなく、多数派となったものがすなわち社会を成すということ』
多少ネタバレも含んでしまいますが、主人公のロバート・ネヴィルは、これまでの人類が吸血鬼化しまい、いわゆる『地球最後の男』(映画版では少し異なりますが)となるわけですが、あたらしい吸血鬼による社会から見た場合、結局彼は『異分子』となるわけです。
彼は人類にとっては、人類の最後の生き残り(または人類を存続させた)『伝説の男』なわけですが、吸血鬼側からみれば、彼らが寝ている間に殺戮を繰り返す、一軒家にたち籠もる世にも奇妙な『伝説の男』なわけです。
多数派が少数派になり、主体が入れ替わった時にこうも違うものかと。
とはいえ、僕たちが生きている社会なんて、多数派が少数派の(あるいは少数派が多数派の)視点を持とうとしないだけで結局立ち位置により同じような認識の違いがどこにでも存在するわけです。
戦争とか革命とかなんて最たるもので、特に革命の場合、革命思想に多数派が浸食されて少数派になったとき、社会における全ての価値観が逆転し、もはやかつての多数派が掲げていた『正義』はすなわち『悪』となります。
僕たちは普段からこのような色々な立場における視点、多面的な視点を大事にすることによって、より社会を深く理解しつつ、本当に正しいことは何かを問い続けることが大切なのかもしれません。
ちなみに、映画のアイ・アム・レジェンドは、特にラストによる作品解釈が原作のそれとは大きく異なりますが、これは実はスタジオの意向で取り直されたものらしく、実は監督が本来意図していた別のエンディングがあるようです。
http://www.firstshowing.net/2008/03/05/must-watch-i-am-legends-original-ending-this-is-amazing/
上のURLで見られる映像がそのようです。
確かに、映画はいかにもアメリカ映画のヒーローものらしく、かつカタルシスのあるエンディングでしたが、やはり印象は薄い陳腐なものでした。それに比べると、最初に藤子・F・不二雄の短編『流血鬼』を読んだときのようなインパクトを、原作の根底にあるものを、別エンディングでは感じられます。
映画を見て少々物足りなかった方が見ると、面白い別視点で映画全体を捉えられるかもしれませんので是非。
この作品は1年以上前に映画化されており、宣伝もある程度力を入れていたのを覚えているので見た人も多いと思います。僕ものその中の一人です。
実はこの作品、映画だけ見るとちょっと変わったゾンビものということで、映画を見た当初はそれほど深読みなどはせずに一つのアメリカ的なエンターテイメントとして見ていました。
が・・・、最近冒頭の原作を読んで分かったのですが、実のところそんな単純な物語ではなかったようで、しかも僕が好きな藤子・F・不二雄の短編『流血鬼』がこの作品のオマージュということも分かりました。
藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (3) (SF短編PERFECT版 3)/藤子・F・不二雄
実は、この作品1954年に発表されているもはやSFの古典とも呼べる作品で、以前は『吸血鬼』や『地球最後の男』という題名で翻訳・出版されており、映画化もされているようでした。
原作とオマージュ作品を読んで、この作品から得た示唆は次のような感じです。
『少数派が多数派にとって変わった時、従来の多数派は紛れもない少数派であるということ』
『そして、それまでの歴史や常識なんてのはなんの関係もなく、多数派となったものがすなわち社会を成すということ』
多少ネタバレも含んでしまいますが、主人公のロバート・ネヴィルは、これまでの人類が吸血鬼化しまい、いわゆる『地球最後の男』(映画版では少し異なりますが)となるわけですが、あたらしい吸血鬼による社会から見た場合、結局彼は『異分子』となるわけです。
彼は人類にとっては、人類の最後の生き残り(または人類を存続させた)『伝説の男』なわけですが、吸血鬼側からみれば、彼らが寝ている間に殺戮を繰り返す、一軒家にたち籠もる世にも奇妙な『伝説の男』なわけです。
多数派が少数派になり、主体が入れ替わった時にこうも違うものかと。
とはいえ、僕たちが生きている社会なんて、多数派が少数派の(あるいは少数派が多数派の)視点を持とうとしないだけで結局立ち位置により同じような認識の違いがどこにでも存在するわけです。
戦争とか革命とかなんて最たるもので、特に革命の場合、革命思想に多数派が浸食されて少数派になったとき、社会における全ての価値観が逆転し、もはやかつての多数派が掲げていた『正義』はすなわち『悪』となります。
僕たちは普段からこのような色々な立場における視点、多面的な視点を大事にすることによって、より社会を深く理解しつつ、本当に正しいことは何かを問い続けることが大切なのかもしれません。
ちなみに、映画のアイ・アム・レジェンドは、特にラストによる作品解釈が原作のそれとは大きく異なりますが、これは実はスタジオの意向で取り直されたものらしく、実は監督が本来意図していた別のエンディングがあるようです。
http://www.firstshowing.net/2008/03/05/must-watch-i-am-legends-original-ending-this-is-amazing/
上のURLで見られる映像がそのようです。
確かに、映画はいかにもアメリカ映画のヒーローものらしく、かつカタルシスのあるエンディングでしたが、やはり印象は薄い陳腐なものでした。それに比べると、最初に藤子・F・不二雄の短編『流血鬼』を読んだときのようなインパクトを、原作の根底にあるものを、別エンディングでは感じられます。
映画を見て少々物足りなかった方が見ると、面白い別視点で映画全体を捉えられるかもしれませんので是非。
Google Docsから見える素敵な未来。
【携帯とGoogle Docsで、超簡単に支出管理】
http://www.lifehacker.jp/2009/01/090128google_do
いやー、素晴らしいですよ、Googleさん。
Googleに買収された開発元に賛辞を送るべきところなのかもしれないけれど、各種Googleサービスのラインナップと連携しての使えっぷりはGoogleさんならではですね。
そもそも、Google Docsは多人数による共同編集できるWordやExcelとして、自社でも営業やらドキュメントの共有やらで重宝してました。特に導入当初は、特に情報共有の障壁が一気に海抜ゼロメートルまで下がったくらいの衝撃でした。
自社ではGoogle Appsを使って、メールやスケジュール管理もGoogleさんのお世話になっています。
そこまで徹底的に企業の機密情報を他社のサーバに保管するということに対して賛否両論かもしれないが、少なくとも技術的にセキュアかつ信頼を担保できる企業に任せることが出来るのであれば、最近のSaaSの波を感じるにつけ、少なくともこの流れは拡大していくと思いますね。
と、話は戻ってGoogle Docsです。
何が凄いというと、携帯との連動という表面的な部分もそうなんだけれど、Web上でドキュメントを扱うということのメリットを最大限に生かしていること。つまり、フォームというインターフェースを作って、ExcelをDB代わりにできること。
更にかいつまんで言うと、Googleはもはや、Webやモバイルを使った簡易的なシステムを誰でも作れる環境を構築しつつあると言うこと。
インターネットが携帯やPCの普及によって、『誰もが使える』社会はもう到来した。
そして、本当の意味でインターネットを『誰もが有効活用出来る』社会がじわりじわりと近づいている。
数十年前、誰が読み書きの延長線上に、この社会をより良く生きるためにネットリテラシーが必要だと予想しただろうか。
今回の記事の切り口からすると、やや大げさな話になったかもしれないが、この大きな流れは、紛れもない現実に起こっている真実です。
ワクワクしないですか
http://www.lifehacker.jp/2009/01/090128google_do
いやー、素晴らしいですよ、Googleさん。
Googleに買収された開発元に賛辞を送るべきところなのかもしれないけれど、各種Googleサービスのラインナップと連携しての使えっぷりはGoogleさんならではですね。
そもそも、Google Docsは多人数による共同編集できるWordやExcelとして、自社でも営業やらドキュメントの共有やらで重宝してました。特に導入当初は、特に情報共有の障壁が一気に海抜ゼロメートルまで下がったくらいの衝撃でした。
自社ではGoogle Appsを使って、メールやスケジュール管理もGoogleさんのお世話になっています。
そこまで徹底的に企業の機密情報を他社のサーバに保管するということに対して賛否両論かもしれないが、少なくとも技術的にセキュアかつ信頼を担保できる企業に任せることが出来るのであれば、最近のSaaSの波を感じるにつけ、少なくともこの流れは拡大していくと思いますね。
と、話は戻ってGoogle Docsです。
何が凄いというと、携帯との連動という表面的な部分もそうなんだけれど、Web上でドキュメントを扱うということのメリットを最大限に生かしていること。つまり、フォームというインターフェースを作って、ExcelをDB代わりにできること。
更にかいつまんで言うと、Googleはもはや、Webやモバイルを使った簡易的なシステムを誰でも作れる環境を構築しつつあると言うこと。
インターネットが携帯やPCの普及によって、『誰もが使える』社会はもう到来した。
そして、本当の意味でインターネットを『誰もが有効活用出来る』社会がじわりじわりと近づいている。
数十年前、誰が読み書きの延長線上に、この社会をより良く生きるためにネットリテラシーが必要だと予想しただろうか。
今回の記事の切り口からすると、やや大げさな話になったかもしれないが、この大きな流れは、紛れもない現実に起こっている真実です。
ワクワクしないですか

ビジコンのメリットってなんだろう。
最近はどこの企業も経営が苦しくなっているみたいなので、以前のような過熱ぶりも一段落という感じだけれども、やはり四半期に一回の頻度では目撃するビジコン。
最近少し絡んだこともあって、ビジコンに参加するメリットを上げてみました。
①事業資金の調達
賞金を資本金または事業資金に充当するか、そもそもエクイティファイナンス前提のビジコン。
②PR効果
会社、または事業の露出の切っ掛けとする。
③企業・個人のコネクション作り
ビジコンの主催企業や協賛企業への直接または間接でのコネクション作りを行う。
④ビジネスプランのブラッシュアップ
最近は通過プランをコンサルティングするというようなビジコンも多い。
⑤事業化バックアップ
主催団体または主催企業が事業家をバックアップする。企業の場合資本参加前提が多い。
まぁ、MECEじゃないですね(笑)
こうしたメリットを得るための対価として考えられるのは、
・プランを表に出すことによって剽窃されるリスク
・参加している間に事業着手が疎かになるというリスク(機会損失)
・みんなのプランが凄すぎて打ちのめされるリスク
(これは半分ジョークで、本当にそうなればある意味メリットですねw)
というくらい。
なので、特に大々的に事を始める予定の無い起業家志向の(溢れんばかりの熱意を持った)学生は参加してみると違う世界が見られるかもしれません。あと、創業間もなくて特にこれといったコア事業を育成できていないベンチャー、または戦略的に露出を図りたいベンチャーは参加を選択肢に入れてみるのも良いかもしれません。
あ、本気で挑んで上手くいって、その流れで起業したからといって上手くいく保証はどこにもないのであしからずです(笑)特に思い重視じゃなくて本当に事業化したい場合は、プランを過信するのではなく、ビジネスに重点を置くといいかもしれません。
大事なのは『面白いプラン』ではなく、『事業化に耐えうる面白いプラン』ということだと思います。
知ったようなこと書きましたが、自戒も含んでいるということで容赦くださいませ(笑)
最近少し絡んだこともあって、ビジコンに参加するメリットを上げてみました。
①事業資金の調達
賞金を資本金または事業資金に充当するか、そもそもエクイティファイナンス前提のビジコン。
②PR効果
会社、または事業の露出の切っ掛けとする。
③企業・個人のコネクション作り
ビジコンの主催企業や協賛企業への直接または間接でのコネクション作りを行う。
④ビジネスプランのブラッシュアップ
最近は通過プランをコンサルティングするというようなビジコンも多い。
⑤事業化バックアップ
主催団体または主催企業が事業家をバックアップする。企業の場合資本参加前提が多い。
まぁ、MECEじゃないですね(笑)
こうしたメリットを得るための対価として考えられるのは、
・プランを表に出すことによって剽窃されるリスク
・参加している間に事業着手が疎かになるというリスク(機会損失)
・みんなのプランが凄すぎて打ちのめされるリスク
(これは半分ジョークで、本当にそうなればある意味メリットですねw)
というくらい。
なので、特に大々的に事を始める予定の無い起業家志向の(溢れんばかりの熱意を持った)学生は参加してみると違う世界が見られるかもしれません。あと、創業間もなくて特にこれといったコア事業を育成できていないベンチャー、または戦略的に露出を図りたいベンチャーは参加を選択肢に入れてみるのも良いかもしれません。
あ、本気で挑んで上手くいって、その流れで起業したからといって上手くいく保証はどこにもないのであしからずです(笑)特に思い重視じゃなくて本当に事業化したい場合は、プランを過信するのではなく、ビジネスに重点を置くといいかもしれません。
大事なのは『面白いプラン』ではなく、『事業化に耐えうる面白いプラン』ということだと思います。
知ったようなこと書きましたが、自戒も含んでいるということで容赦くださいませ(笑)
キャンパスベンチャーグランプリ
『第10回キャンパスベンチャーグランプリ大阪』
のビジネス大賞を頂きました。
http://www.cvg-nikkan.jp/area_osaka/winner_list.html#2008
準備を含めて1年弱かけた事業がおおやけに認められるというのはなんとも嬉しいものです。
これを機に媒体問わず表に出して行くつもりです。
これまで会社自体も事業自体もあまりメディアに露出することもなかったのですが、今年になりメディア事業とグローバルコマース事業を始め、パブリシティを積極的に行おうと考えています。
自社内で営業力を鍛えることは会社の体力をつけるうえで重要なのでこれまでかなり力を入れてきましたが、会社や商品を露出して世間から自社を見つけて貰い、興味をもって貰える環境を構築していくことも違う観点でまた重要なポイントですので、今後より力を入れていくつもりです。
また、前例の無い会社・事業を多く打ち立てていくうえでも、PR戦略は大きなファクターです。
本年は、本ブログを始め、徐々にGEEKSのヴェールを上げて参ります!
http://www.cvg-nikkan.jp/area_osaka/winner_list.html#2008
準備を含めて1年弱かけた事業がおおやけに認められるというのはなんとも嬉しいものです。
これを機に媒体問わず表に出して行くつもりです。
これまで会社自体も事業自体もあまりメディアに露出することもなかったのですが、今年になりメディア事業とグローバルコマース事業を始め、パブリシティを積極的に行おうと考えています。
自社内で営業力を鍛えることは会社の体力をつけるうえで重要なのでこれまでかなり力を入れてきましたが、会社や商品を露出して世間から自社を見つけて貰い、興味をもって貰える環境を構築していくことも違う観点でまた重要なポイントですので、今後より力を入れていくつもりです。
また、前例の無い会社・事業を多く打ち立てていくうえでも、PR戦略は大きなファクターです。
本年は、本ブログを始め、徐々にGEEKSのヴェールを上げて参ります!
戦わずして勝つことを心がけよう。
以前ビジネスプランの準備をしていて思ったのですが、内容さえ練られていれば今回のような応募ビジネスプランの作成とプレゼンテーションの作成に1日もかからないという事実はあらゆる物事に通じる本質を浮き彫りにしているのではないでしょうか。
と回りくどく言いましたがつまりは、
『闘う前から勝負の結果がほぼ決まっている』
ということです。
孫子も「戦わずして勝て」と言いましたし、沢山の本も「準備や計画が要である」といろんな言い回しで語っています。
私たちは(というか実体験として僕自身が、なのですが)、お客様へのプレゼンテーション、事業の計画、人生設計など公私問わずあらゆる局面で、事前に入念 な準備をせずに、事に及びたがります。ですが、結局行き当たりばったりは行き当たりばったりで、上手くいっても運に委ねられた結果であり、失敗すれば蓄積 もなく費やした時間と機会は灰燼と消えます。
これから始める事象について費やす時間が長くなれば長くなるほど、初期に入念な作り込みが必要な事は言うまでもないことです。
が、しかし『動きながら考えろ』というある意味正しいと言える言葉も別の耳から聞こえて来て、身体が反応してしまいます。
ではどうすりゃいいのかと、数年前悩んだことがありました。
今の結論は、両方やれば良いんだと言うこと。極端にどちらか、出はなくて、メリハリをつけて両方。
とはいえ、前述のようにはじめに計画と入念な準備をすることが、後々のアクション毎の効果を向上させます。ということでまずはプロジェクトを見渡したうえ で、いつまでに事前計画と準備に時間を割くのかを決め、徹底的にこれを行う。そして計画にフィードバックのマイルストーンを設定し、いざ始まればひたすら に走る。
この手法を更に効果的に行うために、リアルオプションという考え方を用いればいいと教わりました。
もともと金融業界で用いられていた概念で、選択肢の可能性は選択してしまった時点で選ばれなかった方はゼロとなってしまうというもので、それゆえ選択肢の 吟味は許された時間ギリギリまで行うべしという話になります。機会損益という言葉がありますが、その概念を取るべき手法の選択に用いるというとわかりやす いでしょうか。
ともあれ、何も考えずに手を動かしているよりかは、まず考えよ、という自分への教訓でした。
と回りくどく言いましたがつまりは、
『闘う前から勝負の結果がほぼ決まっている』
ということです。
孫子も「戦わずして勝て」と言いましたし、沢山の本も「準備や計画が要である」といろんな言い回しで語っています。
私たちは(というか実体験として僕自身が、なのですが)、お客様へのプレゼンテーション、事業の計画、人生設計など公私問わずあらゆる局面で、事前に入念 な準備をせずに、事に及びたがります。ですが、結局行き当たりばったりは行き当たりばったりで、上手くいっても運に委ねられた結果であり、失敗すれば蓄積 もなく費やした時間と機会は灰燼と消えます。
これから始める事象について費やす時間が長くなれば長くなるほど、初期に入念な作り込みが必要な事は言うまでもないことです。
が、しかし『動きながら考えろ』というある意味正しいと言える言葉も別の耳から聞こえて来て、身体が反応してしまいます。
ではどうすりゃいいのかと、数年前悩んだことがありました。
今の結論は、両方やれば良いんだと言うこと。極端にどちらか、出はなくて、メリハリをつけて両方。
とはいえ、前述のようにはじめに計画と入念な準備をすることが、後々のアクション毎の効果を向上させます。ということでまずはプロジェクトを見渡したうえ で、いつまでに事前計画と準備に時間を割くのかを決め、徹底的にこれを行う。そして計画にフィードバックのマイルストーンを設定し、いざ始まればひたすら に走る。
この手法を更に効果的に行うために、リアルオプションという考え方を用いればいいと教わりました。
もともと金融業界で用いられていた概念で、選択肢の可能性は選択してしまった時点で選ばれなかった方はゼロとなってしまうというもので、それゆえ選択肢の 吟味は許された時間ギリギリまで行うべしという話になります。機会損益という言葉がありますが、その概念を取るべき手法の選択に用いるというとわかりやす いでしょうか。
ともあれ、何も考えずに手を動かしているよりかは、まず考えよ、という自分への教訓でした。
