前々回の記事で教育実習の話をしたので、教師つながりで「なんちゃって家庭教師」をしてた時の話と、教育実習での具体的な学びについての話をします。

今回、だいぶ長くなったので、前編と後編に分けます。

 

 

今から23年程前、1996~97年に当時中3で半年後に高校受験を控えたいとこ・・・【人生で出会った中で一番嫌いな人】(←リンクあり)という記事に出てくる叔父の長男であり、占いの記事に出てくる名前の画数が同じなのに全てが真逆という兄弟の兄の方に勉強を教えた。

(叔父が憎くても子供は別。叔父が嫌いだからその子供も嫌うというのは良心に反する)

 

同じ市内に住んでて、色んな所に遊びに連れて行ってて親しかったこともあり、本人と叔母に家庭教師を頼まれた。

(パッと思い出すだけでもそのいとこをサッカー場、コンサート、釣り、NGK・なんばグランド花月、バーベキュー、花見etc.に連れて行った)

 

ムカつく話やから手短にするけど、この世で一番嫌いな叔父に、俺の学歴がダメだと言わんばかりの言い方で(俺の高校のレベルも学力も知らんクセに)、いとこは学区でトップのM高校に行くって(俺なんかより学力がずっと上というニュアンスで)、そのいとこに「○○はM高校に行って、同志社大学(叔父の出身大学)に行くもんなぁ」と、俺と比べるように言った。勉強を教える1年前のこと。

叔父に侮辱されたのは初めてじゃない。この時の前後の発言を考えると思い違いなどではなく、自分が偉そうにしたいためのはけ口にされた。

叔父には「高卒=勉強ができない」という偏見があったように思われる。

家庭教師を頼まれた時、5教科の点数等を聞いたら特別できるって感じじゃなく(決して悪くはないが)、叔父の顔が浮かんで内心ムカッときたけど、表に出さずに家庭教師をスタートした。

 

この年からその弟(当時中2)が不登校になった。

異常にコミュニケーション能力がない子で、やりとりが続く普通の会話をした覚えがなく、明らかに非常識な言動をする。その彼がきっかけで発達障害に関心を持つようになった。

その時点で密かに発達障害(自閉症スペクトラム障害)を疑ってた。アスペルガー症候群の主な3つの特徴三つ組はまさにいとこそのものだった。

友達が1人もできずいじめに遭って不登校になったいとこを思って辛そうにしている叔母の顔がずっと頭の片隅にあるから、学校のカリキュラムでもある発達障害の勉強に力を入れて10年後に書いた卒論は、障害児の母親の心理について複雑な統計学を用いて研究した結果を書いた。

叔母にはそんなこと話したことないが・・・。

特別支援学校の教員を目指したのはそれも影響している。

卒業研究のアンケート(100名分)収集の際は、全国のアメブロ利用者のみなさんに大変お世話になりました。

 

いとこ(長男)は数学と理科(特に物理)が苦手やから、教えるのは理数系になった。俺は文系なんやけどね(笑)

でも、中学時代は物理が一番得意やったから、思い出したら問題なく教えられた。

教えに行かない日もファックスで問題と解答が送られてきて、考え方・解き方を返送する。それで後日会った時に口頭で補足説明するっていうのもしてた。

 

以前から「俺の高校は平和やったで~」って話してたから、いとこはうちの高校を目指すことにした。

叔父がそれを聞いて、「なんでや?もっと良い所に行けるやろ?」って感じのことを言い始めた時、余計なことを言わせないよう叔母が即座にけん制して、うちの高校に入るのは難しいって、フォローでえらく持ち上げてくれた。

これも叔父に侮辱されたと認識している。

叔父からよっぽど頭が悪いと思われてたみたい。そんなにアホ面かな?かなりブサイクなのはとっくの昔に認めてるけど(苦笑)

 

勉強を教えるのが好きで、いとこが楽しみながらできるように教えてたから、説明が分かりやすいと言ってた。確実に成績が上がって、叔母も「教えてもらってほんまに成績上がった」と言ってた。

(その叔母には母の法事の時にも、勉強教えるのうまいから活かしたら?って言われた)

最終的に、中学の担任からうちの高校は無理と言われたが、ワンランク下の公立高校を受けて合格した。

 

自分で勝手に思ってるだけかもしれないけど、勉強を教えたこと以上に、「勉強して成績が上がって、勉強が好きになって頑張れて、さらに成績が上がるという良い循環」(自己効力感=達成するためにやりきれるという自信)を体験的に教えられたと自負しています。

(俺は17~19歳の時に自己効力感が最も高かった。一年後に同じ模擬試験を受けたら偏差値が23上がったことで、さらにそれを実感した)

 

その後、いとこは関西学院大学・経済学部に合格して、損保ジャパンに就職し、東洋紡に転職して、大学のサークルで知り合った女性と結婚し子供をもうけ、幸せな家庭を築いています。

 

 

<後編に続く>