しぶといコロナの前に、なかなか友人とも会えず・・・

 

一方で、それを逆手に取れば、在宅ならばこそ、この時期に気になっていた

家の改修を少しずつ進めてしまおうかと、まずは塀の補強工事にきてもらった。

地震の多い昨今、気になっていたのが、我が家の塀。

なにせ此処に引っ越した40年程前にはもう既にあったものだ。

最初こそ職人さん数人でやって来て、これは速い、すぐ終わるのかと思ったら、

親方は昔ながらの職人気質、といった人で毎日少しずつ仕上げて

何日もかけてやっと終わった。

 

あくまでも今回は補修で、塀を新しくした訳では無いので、見栄えはすごく変わった

訳ではない。けれど工事が済んだら心からホッとした。

もし地震が起きて道路側に倒れたら・・・というのが、長年の懸念事項だったからだ。

そこを人が通る確率はかなり低くても「万が一」というものは無いとは言えない。

福島の原発事故とでは規模が違い過ぎるけれど、結局、その「万が一」の不安を

抱え続けて毎日過ごすのと、確かにある程度の費用はかかるけれど

そこを踏み込んで安心を買う事を考えると、やって良かったとつくづく思う。

もっと早くやって安心すれば良かった位だ。

 

引き続きやはり何十年も取り替えていなかった絨毯・・・

もうあちこち擦り切れてペチャンコ、さすがにひどい状態。

ひどいと言っても、それはそれで日は過ぎ、過ぎながら気になっている。

この先ゴールデンウイークもあり、職人さんも休みに入るとか。

とりあえずは張替え予定の半分位までを終了する。

張り替えた所の気持ちの良さ!絨毯って元はこんなフカフカだったのね(笑)

コロナ禍、日々在宅中心の毎日になると、モヤモヤしていた事が

一つでも解決すると、気分が晴れて行く。

 

丁度私位の年代、リフォームしたり、郊外に暮らし始めたりと、思い切った

「変革」をやっている人が何人かいる。

う~ん、家の改修とか、そういうエネルギーの要る事の出来るギリギリの歳になって来たかも。

先程、気になりながらもそれはそれで日は過ぎ、過ぎながら気になっている、と書いたが、

その言葉に象徴される様に、頭と身体が同時に動かないと言うか、

どんどんいろいろな事が面倒になって来る。別にそれをしなくても暮らせると思うし・・・

 

まあ、そんな老いと戦う必要も無いし、やりたければ踏み込む。でもそれはそれなりに大変。

でもスッキリするし気分良し。だからと言って何も無理してやらなくてもいいし。

まぁ、どうせやるなら早い方が良い気はしたかな~?!

 

紀尾井ホールでのコンサートが終わって1週間ちょっと経ちました。

コロナ禍の中、足を運んでくれた友人達、子供達、孫達、親戚、みんなに心からの感謝!!!

そして遠くから応援してくれた方々にも心からのありがとう!!!

 

今まで作曲は先生のレッスンに行き、一対一で学ぶという事を続けて来ましたが、

様々な作曲家の方々の世界に触れる事が出来て、とても楽しいひとときでした。

紀尾井ホールで、まさか自分がこういう形でピアノを弾く日が来るとは、思っても

おりませんでした・・・が、さすがに素晴らしい空間を持ったホール、一音出しただけで、

何と言ったら良いのでしょう?!響きが立ち昇ると言ったら良いのか、そんな感じが

しました。自分の出番が終わり、2階の客席で聴かせて頂いたら、これ又、深い音色を

味わえました。とにはかくにも無事終えて、本当にホッとしております。

 

そして2つの花瓶に春らしい優しい色のお花。左は家族から私に贈られたもの。

このやわらかい色合いの花束を抱きしめた時は心底嬉しかった!

そして右は?!実はこれ、主人のものです。何故でしょう?

実は主人の趣味はピアノで、なんと3月14日、同月同日午後にピアノの発表会だったのです。

ピアノの先生が私にコンサートがあるのを知って、主人の出番を遅めにして下さいました。

と言う訳で、紀尾井ホールのコンサートを終わるが否や、親戚数人と私は2つ目の

コンサート会場にバタバタと急ぎ移動したのでした。

 

と言う訳でこの一ヶ月、練習の為ピアノを弾こうとするとバッティング・・・

不思議なもので弾こうとするタイミングが何故か一致して、お互いウ~ンとなる事が何度か・・・

あまり重なるので「私が台所に立っている間に弾いて下さい、夕食後は私の番です。」

主人が仕事で外出。それっ今だ!鬼(?)の居ぬ間に弾くしかない!

今度は私が買物で外出。主人は鬼(嫁?)の居ぬ間に弾くしかない!

こんな具合で何とか乗り越えました。

我が家のピアノ曰く、

「普段はシ~ンと触りにも来ぬ日もあるのに、何でこの所ワシはこんなに忙しいのじゃ?」

 

それでも、お互いピアノだ、作曲だと、好きな事を細々と何十年も続けて来られたのは

幸せであり、有難い事である事には違いありません。

一昨年、バレエコンサートで頂いた蘭の花々が今年も次々咲いて、

2つのコンサートを祝ってくれている様でした。

 

 
 

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なかなか山にも行けず、自然と触れ合う機会も減りましたが…
それでも時は進み、花が歌い始める季節❣
 
庭の片隅、ひっそりと、静かにいつの間にかスッと顔を出す水仙

 
毎年お馴染み、私の大好きなトサミズキ。今年も枝の上で繰り広げられる軽やかなダンス。毎日顔を会わせる度に、少しずつ膨らみ、はじけ、形を変え、大きくなって行く。それは子供(今は孫)が大きくなって行く速さと姿に似ている。
 
これ又お馴染み、我が家の梅の花。
白梅はかなりの老木。でもまだ頑張るぞ!とばかり、白い花をつけて。寄り添う隣の紅梅はずっと若い。元々離れていたのだが、植木屋さんが紅梅を良い位置に移植してくれた。少し心配したが上手く根付いてくれた。おかげで紅白の花が近くなり、とてもきれい。
 
 
下2枚は白梅の幹。ちょっと裏側に廻ると、幹はもうこんな感じ…
割れて辛うじて立っている。下の写真でわかる様に、もう崩れ落ちかねないので、ひもで縛り支えてやっとこさ。
 
でもね、君のおかげでどれだけ力を貰えるか。きちんと季節が来れば寂しい冬の庭に真っ先にポチポチと花を咲かせ、実をつけ、都度楽しませてくれる。
こちらもだんだん以前より、実を採るのもしんどくなって来たけど、やっと付けた実を腐らせるなんて勿体ない、申し訳ない。
手作りの梅ジュースを美味しそうに飲んでくれる孫の顔を思い浮かべれば、梅仕事も、もう少しやれる所までは続けたい。
 
でも頑張り過ぎる事も無い。
もう少し若い世代が側に育っている。紅梅がすぐ傍らに寄り添っている様に。

 

 
 

 

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足利、山火事というニュースを聞いた時、何だかゾワゾワした気持ちになった。

遠い記憶を手繰り寄せてみると、私がもしや昔、登った事のある山ではないかと思ったからだ。

それも本当に登山を始めてまだ間もない頃・・・山に登る度にその時の行程や資料を差し込んで来たファイルを取り出してみる。もう何冊にもなるけど、多分最初の頃のはずだ。ページをめくる・・・

 

あった!2000年3月に足利に行っている!1日目に行道山ハイキングをして、2日目に仙人が岳のコースだった。もう20年以上前の話でコースの詳しい事は何も思い出せない。初心者の私は、歩き慣れて足の運びの速い先輩達に、ただ必死について行った記憶だけ。断片的には、一ヶ所、断崖の様な箇所があり、リーダーはそこでグループを2手に分けて、ベテラン組にはロープを使っての訓練だったのか、技術がある程度ある、登り慣れた人でないと無理の様な事をさせていた。もう1グループ、初心者やそこまでの事はいいという人達は、副リーダーに連れられ、少し長い回り道を足早に駆け抜けた気がする。

 

でも今でも一番覚えているのが、リーダーの知り合いの、足利の山の会?の人達が、1日目の昼に、東京から来た私達の為に山で食事を作って待ってくれていた事だ。杉だったかな?何かの木を削って芯にして、そこにご飯をつぶした様なものを巻いて、きりたんぽの様なものを作り、それをあぶって出してくれた事だ。ほのかな木の香りがして、それは本当に美味しくて、歩いた後、山で頂く食事というものがこんなに美味しいものかを初体験した時だった!

 

最近、リーダーと話す機会があって、この話をしたら「ああ昔行ったよね。」という話になって懐かしかった。そこで今、火災に見舞われている両崖山の話になった。

私は今の山仲間の何人かとは、もう何十年も一緒に山に登っているが、リーダーは、山によっては、鍋や美味しい天ぷらやバーベキューなど、登山後の楽しみを用意してくれる事が多い。

「僕はね、どんな時でも必ずその火の始末だけは細心の注意を払っているよ。」

何気ないけれど重い言葉だ。

 

リーダーはじめ、山が心底好きで、長く山と向き合って来た人には冷静で、時に分析的なものすら感ずる事がある。山が楽しいだけでなく、むしろ一定の距離感を持つ事によって、山と長く付き合っている。距離感と言う言葉が的確かはわからないが、本当の意味で「畏れ」というものを知っているからだろう。自然は私達に活力を与えてくれる。だが時に牙もむく。そして一瞬にして燃え尽きる程もろい・・・だからこそ、慎重に、丁寧に、畏敬の念を抱きつつ、長く山と付き合って来ている。

 

 

 

 

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さてはて、自粛期間中でこうも在宅が長いと、なかなか書くタネが見つからない・・・

 

前に、小さい子の想像力が生み出した作品をアップしてみたが、私自身の「ものを創る」というその源泉を辿ると、これがやはり「幼い頃、如何に自由に遊んでいたか」に尽きるような気がする。

 

実家の隣には、ほぼ同い年で遊び友達の兄妹が住んでいて、とにかく毎日一緒に外で遊んでいた。当時は物干し台というものがあって、その階段の途中から隣地に続くブロック塀の上に立つ事が出来る。今思えば幅が数センチしかない塀の下には大きな石がゴロゴロあって落下したら危険なのだが、絶対落ちてはならないスリル感と緊張もあってか、落ちた事は無かった。

隣地には昔の事だから余計な物も置きっ放しになっていた。錆びた巨大な釜か土管の様なものがあって、そこに行くのが楽しみだったのだ。此処には子供3人余裕で入る事が出来る。秘密基地にしたり、上に乗って揺らしてみたり。

今度発表する「こうげんのさんぽみちで」も、家族でピクニックに行った時の出来事を曲にしたものだ。れんげやクローバー、自然の溢れた良い時代だったかもしれない・・・

 

けれど、それが自然でなくても子供は遊ぶ事が出来る。母に言わせれば「何でだろうねぇ、この子、幼稚園から帰れば必ずこれでばかり遊んでいる。何をしているんだろう無言で・・・」

と言うのが今日の本題、私の「ボタン遊び」だ。昔は引き出し付きの裁縫箱というものがあり、そこにボタンが入れてあった。洋服から取れたボタン、服に余分に付いて来たもの、「ボタン屋」(そういうお店もあった)さんで買ったもの、ごちゃ混ぜだったが、それが私の宝石箱みたいな宝物。

幾つかご紹介しよう。

え?でこれが何?ですよね。これ。左の四角が鏡。(映らないけど)右の丸いのがクリーム。この丸い方、少し白い部分がくぼんでいて、クリームを指で触る感触がたまらない。で、映らない鏡を見ながら何度顔に塗った事か。少なくとも今の私よりずっとお化粧をしていたなぁ。

 

皿やボウル&果物シリーズ。左の茶色はとても使い易い器。真ん中はお客様用のおしゃれな皿、小粒の色とりどりのボタンは苺だのぶどうだと心の中で呟きながら盛る。

 

出ました!最強のメニュー、一番上。白の平らなボタンに黄色粒を載せて目玉焼き、右下は焦げ目のホットケーキ、色は合わないがこれは時に網目状のイメージからパイナップル🍍にも変身する。そして左はライス。きちんとどれも同色系ボタンの皿に盛る。

 

透き通った、又は乳白色のボタンを集めた現代版「アナ雪」の世界。

これらのボタンを触る時は氷みたいで、いつも「冷たいっ!」って感じていた。

ちなみに手前は深みのあるグレーのガラスの器に盛られたかき氷。

このかき氷、時にはダイヤにも変身した。

 

言ってみればレゴも無い時代、それはそれで毎日ボタンの入った引き出しを抜いてはひっくり返すことから始まる。それからああもこうも組み合わせて何時間も夢中で遊んでいた。母もいささか呆れながらも何も言わずに遊ばせてくれていたのには感謝する。でも小学校に入って間もなく、勉強というものもしなくてはいけないと言われてちょっと悲しくなったが、その時を境に封印した。いえ、別に取り上げられた訳ではないけれど、ボタンはそのまま裁縫箱で何十年も眠り続ける事となった。でも決してボタンの事は忘れられず、私はお嫁に行く時にビニール袋に懐かしい仲間たちをジャラジャラと入れて、連れ出した。そして時々取り出して、まだ遊んでいる。

 

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緊急事態宣言が出ている。

もうそれ以前から、孫達はずっと遊びに来る事が出来ない。

それで時々送られて来る写真には癒される!

 

上の写真。まず、空いた段ボールの底に水色の紙を敷き、

その上にリンゴ等、送る時に敷くクッション材を重ねる。

えっ?!そこに何故石ころを?

 

それは次の写真でわかる。レゴで一所懸命造った船。

誰が乗っているのか? お姫様?アリエルかな?!

そう、海を表現したかったのね!水色の紙だけでなく、クッション材を波に

見立てるリアル感、立体感。海には岩だってあるよね。

その海を突っ切って進む船。 君は何を見ているのかな❓

 

実際に海に行けなくったって、想像の世界は何処にだって飛んで行ける。

私もこの孫と同い年位の時、いつもそうだった。

いや、あれから何十年?やっている事は今もあまり変わらないかも。

 

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一昨年のバレエコンサートで頂いた蘭、今年も咲いてくれました。
今日は青空も見えて暖かく、ホッとするひととき。
自粛期間だ、我慢の時が言われて長いけれど、こうして季節が巡ればいつの間にか静かに咲いて和ませてくれるのね。ありがとう。

 

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この所、オンラインで色々な講座を受講している。色々と言っても、資格を取る為とか、趣味でこちらからあれこれ講座を選ぶというものではない。その対象がある程度絞られたものだ。

 

主に音大生や音大を卒業した人が、これからどの様に音楽家として自分を知ってもらい、自活の道へ結び付けて行くか?が、そのベースになっている。その為のウエブサイト、ユーチューブの活用法等、様々なノウハウを授けてくれる。

 

その前段階として、会員になる必要もあるし、ウエブ面接もあって、それなりに大変だったけれど、会員になったからにはそういうチャンスは活かそうかと。正直、私の場合と演奏家としてプロの道を目指しているであろう若い方々とは、ちょっと意識も違うかもしれない。

 

が、今年はいろいろと「広げてみたい」と思っている。とにかく黙々と手探りながら一人で作曲を続け、それなりに楽しんだり、作品を楽しんで頂いて来たけれど、やはり「今」の流れを知る事も大切かと。さすがにオンライン、「若い顔がいっぱい並んでいるこの画面に参加するの?!」ではあるけれど、「いささか気恥ずかしい・・・」なんて言っていたら一歩も始まりませんからね。

それに最初思っていたより、オンラインでは様々な意見も聞けて面白く、家に居ながらにして出来るのが何より!

 

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昨日のブログ、阪神淡路大震災とピアノ曲「ラメンタービレ アーメン」、大勢の方々に読んで頂き、心より感謝申し上げます。

 

それで、もし宜しければ私のホームページ、おんぷ音楽館http://www.omp-office.jpの方にもどうぞ遊びにいらして下さい。私はバレエが好きで、一昨年は自分の作曲したバレエ音楽で「ダーナの泉」というバレエ公演をプロデュースしてみたり、はたまたサッカーの応援歌を作ってみたりと、とにかく色々な事をやっています。

 

普段はパソコンを使い、自分のホームページから入ってブログを書いているので、ブログから誰でもホームページに行けるものだと不覚にも思い込んでいました。

が、これはあくまでもAmebaブログなので、ブログから入った方には、ホームページの存在をちゃんとお知らせしなければ、そういう事をやっている事自体わかりませんよね。

スマホで自分の書いた記事をチェックしていたら、そんな何でもない事に気づいて、あらら・・・と思ってしまいました!

 

「ダーナの泉」では4曲程、バレエ曲が聴けます。本当はパソコンにスピーカーをつけて聴いて頂きたいけれど、スマホでも聴けますよ。難解でなくわかり易い、小編成のオーケストラ曲です。

ダンサーのステキな写真も沢山アップしています。私はハイキングや山登り、旅も好きなのですが、昨年はコロナで殆ど出られなかったので、一昨年の公演の整理に時間を費やしました。

オケと出会い、バレエ公演に辿り着いた経緯や、思ったり感じた事など、文も結構沢山書きましたので、ご興味あればどうぞご一読下さい。

 

 

 

 

阪神淡路大震災は1995年1月17日に発生、今年で26年目になるという事です。その後2011年には、未曽有の大惨事、東日本大震災が発生、その記憶もまだ新しいと感じているのに、もうあれから10年・・・年月はどんどん経ってしまうものなのですね。

 

ただ、私にとってこの阪神淡路大震災の出来事は、自分の作曲・演奏(活動)の中で、特別の意味を持つものとなって今日まで来ています。震災後の炊き出しの湯気から一つの旋律が生まれ、曲になりました。「ラメンタービレ アーメン」です。この曲はその後、全音楽譜出版社から、「母(ママ)の情景」というピアノ小曲集10曲中の終曲として出版されました。

非常にシンプルな曲なのですが、その後の私の企画するコンサートの中では、必ずと言って良い程、演奏して来ているものです。一昨年のバレエコンサートの第1部でも、この曲は私が演奏しました。

 

以下、「ラメンタービレ アーメン」が演奏された主な記録です。(この他にも友人宅、我が家等でも演奏されています。)

1995 「岡本由利子オリジナルアルバム'95 」(東京都世田谷区)

1996 用賀中学校PTA研修会(東京都世田谷区)

1997 ピアノ小曲集「母(ママ)の情景」全音楽譜出版社より出版

1998 「岡本由利子の世界」(静岡)、「花とピアノのコンサート」(横浜)三鷹市立第六中学校一日家庭学級(東京都三鷹市)

1999 静岡大学附属静岡中「附中夢講座」(静岡)、「花と夢コンサート」(東京都世田谷区)

2001 「ピアノ&トークin 栃木」(栃木)

2002 「灯を囲んで」(東京都世田谷区)*混声合唱によるラメンタービレアーメンを発表

2004 「神戸メモリアルコンサートin KOBE」(神戸・兵庫)*神戸レクイエム発表

2010 ピアノ伴奏&アレンジ講座クラス交流コンサート 杉並公会堂(東京都杉並区)

2012 かさねがさねの想い(仙台・宮城)

2019バレエコンサート「ダーナの泉」

 

何故この曲を演奏し続けて来ているかと言えば、いつの間にか、この曲が自分にとって、切っても切れない曲になっているのですね。アンケートの中でも、こういう言い方が良いかはわかりませんが、反応が一番高い曲なのです。

何度もコンサートにいらして下さっている方には、もう旋律を覚えて下さっている方もあります。混声合唱用に編曲し、ドイツ語歌詞で歌って頂いたり、たまたまコンサートにいらしていた神戸出身の方が歌詞をつけ、「神戸レクイエム」として2004年に神戸で発表させて頂いた経緯もあり、かけがえのない1曲になって来ている事は確かです。

 

忘れられない出来事がありました。私のコンサートを楽しみに来てくれる一人の友人がいて、この曲を演奏した後で客席を何気に見た時、偶然その友人の姿が目に入り、ハッとしました。彼女は涙してくれていたのです。自分の何某かの想いと重ね合わせていたのでしょうか、ハンカチで目頭を押さえていて・・・が、それから数ヶ月後、彼女の訃報が届き私は言葉を失いました。後に、彼女が重いものを抱えていた様だ、と人づてに聞くにつれ、「自分に何かもっと出来た事があったのではないか?」「こちらから働きかけ、一緒に話して過ごす時間を持っていたら・・・」と。

ただ、どんなにそう思ってみても、もうどうする事も出来ない、時を戻す事だけは出来ないのです。この事は、そのまま震災で突然大切な人を亡くされた方と、状況は違うけれど、残された者の思いが何処か重なるとも感じました。この曲に「鎮魂」という言葉は、いささか重過ぎると思いますが、心を込めてこれからもこの曲を弾き続けようと思っています。

 

実は昨年初め、阪神大震災後25年になる事を知り、神戸の方に何らかの企画はないか?と検索していました。

すると、ひょうご安全の日推進県民会議という組織で「阪神・淡路大震災25年 震災を風化させないー「忘れない」、「伝える」「活かす」、「備える」として”記念事業”を募集していました。が、これは兵庫県内で実施される事業との条件があり、一応活動記録の書類は送りましたが、具体化させるのは難しかったです。ふだんの私ですと、それでも諦めずにもう一歩踏み入るのですが、コロナもどんどん深刻になって来てしまい、無理な状況になりました。

 

ただ、上記の様に、私自身も震災後からずっと関わり、「忘れない」「伝える」活動は東京方面でこの25年続けて来た事でもあるので、自宅で出来る形として「ラメンタービレ アーメン」の配信に挑戦してみる事にしました。

若い方ならサッサとその手続きも出来るのでしょうが、これが行ったり来たり・・・試行錯誤の末に何とか漕ぎ着けました。チューンコアジャパンにアーティストページという所があって、「ラメンタービレ アーメン」が流れております。

下の画像の入った部分をダブルクリックして頂けば直接入れます。

ご承知かと思いますが、配信というのは、無料ではなく200円程度かかります。

昨年のバレエコンサートにご来場下さった方々には、小さな「母(ママ)の情景」のCDをプレゼントしました。その最終曲になりますのでどうぞお聴き下さい。ただ、配信しているものは、それよりもっと後の演奏のものです。