なんでこんなに混乱ばかりしているのだろうか。
あいつのせいだ、こいつのせいだ。
ホテルはガラガラ。
タクシーもガラガラ。
80を過ぎた老人がメンツをかけて
怒鳴り散らす。
80を過ぎた老人が金の差に執着し
血相を変える。
80を過ぎた老人が
もう知性なんてどこかに消し飛んで
ただただ生き恥を晒す。
もう老害というより腐敗である。
なんでこんなに混乱ばかりしているのだろうか。
あいつのせいだ、こいつのせいだ。
ホテルはガラガラ。
タクシーもガラガラ。
80を過ぎた老人がメンツをかけて
怒鳴り散らす。
80を過ぎた老人が金の差に執着し
血相を変える。
80を過ぎた老人が
もう知性なんてどこかに消し飛んで
ただただ生き恥を晒す。
もう老害というより腐敗である。
不満、鬱憤が累積しているようだ。
デフレで悶々としていたときに
コロナがやってきて、
もう1年以上も続いている。
泣きっ面に蜂とはこのことだ。
人気のネット漫画は復讐ものばかり。
とにかく憂さを晴らしたい。
そんなご時世でも株価は高い。
野村は増配?
世の中、歪んでいる。
昔、昇段審査に落ちたことがある。
なんとなく納得のいかない理由だったように思う。
審査委員は「真、善、美」って繰り返すわけだが、
偽善、欺瞞の塊といった感じだ。
その後お偉い方々におべっかすることを
おぼえて、結局昇段するにいたった。
何某道というものはどうもインチキ臭い。
スポーツの方がはるかに健全なのかもしれない。
終われば社会人。
院に行くにしても、もう大人扱い。
もう期末試験も夏休みもない。
卒業証書は筒ではなく見開きが主流か。
コロナの中でのイベントではあるのだが、
さして変わらない様子。
4月からは
朝、規則正しく出勤して、お腹を空かせて帰ってくる。
そんなことを何十年も繰り返すのか。
生活 のために働く人。
この仕事が好きだという人。
とりあえず働いてみる人。
資本主義に無頓着でいられる幸福な若者と
資本主義に既に隷属せざるを得ない若者とが一時的には共存する。
搾取といじめと嫉妬と見栄と。
歴史上の碩学や英雄も結局
何も果たしていない。
リホームをするにあたって
営業の建築士が色々と説明なり、
企画計画なり、提案なりするわけだが
ひとこと一言が魂に響くわけだ。
お店にいって接客を受けるにしても
病院にいって診療を受けるにしても
心深い対応があったらならば
なんら後悔することはない。
スマホの定型文で済んでしまうようなところは
辞めておいた方がよい。
ひとりは
あまり金のことは考えたくないと
言っていたし、
もう一人は
これ以上金を持っていたいとは思わないと
言っていた。
別の人は
要するに稼げばいんでしょ、稼ぎますよ
と言っていた。
いずれにも共通しているのは
会計には興味がないということだ。
われらが職種ではBSもPLも
まるで無頓着な経営者が実に多い。
諸先輩方を見ているとその行く末が見える。
大きな老朽化した財産と
ちっぽけなキャッシュフロー。
これが一生をささげた結果だ。
縁結びや縁切りは
長期の信頼や不満の蓄積のなかで起こる。
労働の提供も物品の贈与も
この縁結びの中で行われる魔法であるという。
貨幣はこの魔法を一瞬のうちに実現する。
しかし、縁はいつでも呪縛に代わることができる。
夫婦であれ、親子であれ、友人であれ、
人間関係のもつれはまさに縁による呪縛である。
貨幣の魔法も呪縛に簡単に変わりうる。
貨幣の呪縛は通常の縁の呪縛同様に
確実に人を不幸にする。
そういったことが書かれていたよ。
確かに貨幣は魔法だ。
その魔力はすでに徒然草のなかにさえ
出現している。
資本主義は産業革命によって沸き起こったのではなく、
人間の存在そのものだ。
貨幣に目を閉ざすことは人間存在そのもの
まさに人生に目を閉ざすことだ。
オフラインで大事に使っていた
思い出いっぱいのXPがついに起動しなくなった。
色々とトライしてみたがダメだった。
一日おいて、もしやと思い再び挑戦したが
残念である。
もう10年以上前になるが、2画面表示でそのときは
高性能を誇っていた。
いつかこんなときが来ることは分かったいたが、
いざ来てみるとなんとなく寂しい。
と同時に、次の10年をどう生きていくのかをじっくり
考えさせられた。
ZOOMではダメかときくと、規則だからと
対面にこだわるのはなぜであろうか。
手続きに関する説明はZOOMで十分だ。
しかし、どうしても対面でしなければならないという。
判子に執着するのはまだよしとして、
なぜ対面でなければならないのかが理解できない。
あるひと曰く、営業の仕事がなくなって失業者がでるからではないかと。
証券会社にせよ銀行にせよ、、、
建築会社も対面にこだわっていた。
これは組織であるからか、それとも老人が支配しているからか。
日本のIT化もこのコロナを機会に是非とも進んで欲しいところだ。
迎えに大きな木があって、大量の枯葉を庭に落とす。
迷惑と言えば大変迷惑である。
量は尋常ではないし、駐車場は落ち葉でいっぱいになる。
しかし、風流といえばそうでもある。
黄色い天然の絨毯は季節を強く意識させる。
このごろになるとその絨毯もすっかり隅っこに寄ってしまった。
枝がもう少しで二階のベランダに届く。
迷惑だからと切断したがっているが、実のところ切らないで欲しい。
そのまま伸びていつかこの手で触れてみたい。
農作業者は誰もマスクをしていない。
マスクをするのは顔が寒いときだけだ。