賃労働者である限り搾取され続ける。
勤務を経験し、そのうえで自営して雇用者になってみると
そのことが痛いほどよく分かる。
しかし、搾取されていたころは結構幸せだった。
幸福な奴隷とはこのことか。
生きがいを大いに感じながら働いていた。
一方搾取する側に回った現在、果たして幸せであるか。
これが微妙である。
余は想う。
幸福であるのなら奴隷でも結構ではないか。
井の中の蛙でもいいじゃないか。
貧乏に満足し、その中に生きがいを感じ、
働くことに喜びを得るのなら
もうそれで十分であろう。
しかし、そうは思えない幸か不幸か分からない人間がいる。
ひたすらに利潤を求め資産を増殖させることのみに
エネルギーを消耗している。
そういう人間はもはや搾取することでしか満足できない。
余は想う。
それもそれでいい。
飽きるまで搾取を続ければよい。
そして飽きたら、学問でも公共活動でもすればよい。