川嶋あい in 十勝
2連休予定なし。
すげぇヒマ。
R2-KNです。
前回第1回の旅 の観光情報をお伝えしましたので、今回はその次の十勝番外編 の観光地情報をお伝えしたく思います。
が、この旅では一切観光地などには寄りませんでしたね。
旅の態度としてありえないほどに。
このとき行ったのは本別きらめきタウンフェスティバル。
川嶋あい氏が唄っていました。
今回は 川嶋あい についてちょっと書きましょう。
オレは川嶋あいのファンです。
こう書くと、特に大学時代のご友人はとても違和感があることでしょう。
当時サントラしか聴いてなかったからね。
オレは単純に 声色が好き とか 歌が好き とか単純なことで応援しているわけではないのです。
応援したくなった理由があるんです。
この人、すげぇ頑張ってますよ。
苦労してるんです。
結論から言うと、 身寄りの無い天涯孤独な身 なのです。
応援したくなるのが人情ってものです。
以下、川嶋あいの半生を綴ります。
本人も出版物 などで公開していることなので、プライバシー論などの批判はお門違いです。
念のため。
川嶋あいが生まれたのは1986年2月、福岡。
母親は病弱ですぐに死別、父親は不明だそうです。
生まれてからすぐ施設で育った彼女は、3歳で川島家に養子にとられます。
そして養父母の愛情を一心に受けて育ちましたが、10歳の時に癌で父親が他界してしまいます。
それから母と子一人で生活の貧しさを身に背負いながら、歌手を目指していきます。
唄うことで母親の笑顔が見られるから唄っていた と本人は語っています。
やがて、娘を歌手にすることが母親の生きがいとなっていきます。
13歳の時、史上最年少演歌歌手としてデビューを果たすも全く売れず、生活はいっそう厳しくなるばかり。
高校進学を機会に福岡に母親を残し、単身上京します。
しかし、当初預かってもらっていた事務所は全然何もしてくれず、ついには事務所に捨てられてしまいます。
そして 路上ライブ をスタートさせるのです。
やがて路上ライブで出会ったのが今の事務所の人たち。
当時はただの大学生でしたが、彼女を一心に支援していきます。
事務所を立ち上げます。
そうしてようやく軌道に乗り始めた路上ライブ、その時突然の訃報が舞い込みます。
母親の死。
これで彼女は天涯孤独の身となってしまいます。
頼ることの出来る親戚もいません。
たった一人で生きることを余儀なくされたのです。
この時 弱冠16歳 。
重すぎる事実です。
彼女が唄っていた理由は“母親が喜ぶ顔を見るため”。
唄う理由を見失ってしまいました。
しかし彼女は唄いつづけました。
それが母親の夢だったから。
歌手になることを母親と約束したから。
母親と約束したことはまだ幾つかありました。
渋谷公会堂で単独ライブ をすること。
これは母親の1周忌に果たされます。
この時初披露した楽曲が 「・・・ありがとう...」 。
母親のことを唄った曲です。
昨年の24時間テレビにて武道館で涙ながらに歌唱されました。
武道館ライブも約束の1つだったそうです。
次の約束が 路上ライブを1000回 すること。
この約束を果たすため、彼女はすごい決断をしています。
母の死の直後、彼女の元にあいのり主題歌決定の報が舞い込んでいます。
これを“川嶋あい”ではなく、“I WiSH”として正体を隠しながら唄うことを決めました。
すべては路上ライブを続けるためにです。
ソニーという大きなレーベルで華々しく唄うことよりも、母親との約束を優先したのです。
健気です。かっこいいです。
自ら苦難の道を選択した のですから。
自ら苦難の道といえば大学時の友人でそんな生き方をしている人間がいたような気もしないでもないですが、あいつは違います。
重い理由なんて何も無く、ただのバカな侍ですから。(褒め言葉)
これからもそんな侍でいておくれよ。
路上ライブ1000回は昨年の4月に見事に達成。
現在もう1つの約束が残っています。
紅白で唄うこと。
紅白はなんと、“I WiSH”時代に1度蹴っています。
明日への扉で出場依頼があったそうですが、いつか“川嶋あい”で出場したいからという理由で断ったとのことです。
潔すぎます。
最近リリースされたシングル“Dear/旅立ちの日に・・・ ”の中にこんなフレーズがあります。
DEARはスタッフへの感謝の思いが込められた唄です。
年をとってしわができても
何が起こったとしても うたえなくなっても
どうか離れていかないで ずっといつまでも
一緒にいたいよ
切実です。
切実すぎます。
彼女にとってスタッフが唯一の身寄りなのです。
今川嶋あいが力を入れているのが ボランティア。
最近アフリカのブルキナファソに 学校を1軒建てた のだそうです。
自らの募金活動と自己資金を合わせて学校を1軒。
脱帽です。
著書の中で素晴らしいことを言っています。
「売名と思われてもいい。
偽善と思われてもいい。
何もしないよりはいいと思う。」
オレもたまには募金くらいしなきゃなぁと思うのです。
思吉デザイン道場 『ブログ内のロゴ作りました』
あえて昨日の日付で更新。
今日2度目の更新、R2-KNです。
さて、久々にというかようやくブログ内のロゴを作ったのでご覧下さい。
はい、カントリーサインの旅です。
黒ベースにするとすごく地味ですね。
しかもブログ内だとちっちゃい。
クリックしたら大きくなるので、是非クリック願います。
コンセプトは
道路が縦横に走っている様子をそのまま表現。
それだけだとまとまりの無い落書きになってしまうので、上下を落ち着きのあるフォントでまとめました。
思吉デザイン道場です。
これも0から文字を組み立てています。
その組み立てたプロセスを方眼紙として残すことで、デザイン感を表現しています。
まぁ、見たまんまですね。
やっぱりアルファベットの方がデザインしやすい。
日本語の文字は複雑なんですよね。
文字数も多いので大変です。
何か評価いただけると嬉しいです。
これからの参考にしますから。
それと、デザイン依頼、お待ちしております 。
八雲町 鉛川温泉 おぼこ山荘
のどのリンパ腺に違和感が。
危険信号☆
R2-KNです。
2週間後の網走流氷観光の旅が着々と迫ってきました。
連休も確定した。
車も確保した。
宿も予約した。
名古屋からのゲストも決まった。
あとは25日を待つだけだ。
いやっほう! (エピソード4でヴェイダー機を蹴散らした時のハンソロ)
テンション上がってきました。
今年初めの旅が始まる前までに去年の旅でさらっと流してしまった観光情報をお伝えしましょう。
ほったらかしじゃ、もったいないですからね。
さて、今夜は八雲町は鉛川温泉おぼこ山荘です。
記念すべき第1回カントリーサインの旅 でキャンプを張ったところです。
写真は撮ってません。
暗かったから。
ここは八雲の山奥、市街地から熊石に向かう峠道の途中を左に曲がって少しのところにあります。
ここに行くまでが恐かったですね。
峠道には霧が立ち込め、すれ違う車も皆無。
まさに出るといった雰囲気でした。
温泉に着いたのは午後8:50。
閉館10分前です。
それでも入浴させてくれた温泉の方に感謝。
大人360円。
えーと、お湯はどうだったかなぁ。
からすの行水状態だったのでよく覚えていません。
肝心なところを忘れてしまいましたね。
岩さん、サンサン、コメント欄でヘルプ願います。
さて、温泉に隣接するのがキャンプ場。
キャンプと温泉を同時に楽しめるとは素晴らしい環境ですね。
もうちょっとはやく着いていればね。
中身の無いレポートでしたが、おぼこ山荘、いいところですよ。多分。
車じゃないと行けませんが、来シーズンにでもぜひどうぞ。
雑記
最近何もしてないから特に書くことないですね。
カントリーサインの旅番外編 “網走流氷観光の旅” は今月25日、26日に確定しました。
今回はなんと、名古屋在住のゆうきちが参戦を表明しております。
大学のゼミで一緒だった孤高の武士です。
生き方がかっこいいです。
バカです。褒め言葉として大馬鹿です。
そんな彼がわざわざ来るというのです。
尊敬に値するオオバカモノですね。
いつまでもそんなバカで居続けて欲しいものです。
彼のバカ武勇伝たるや出版に値しますよ。
いや、ほめすぎた。
網走の次の目的地は彼に引いてもらいましょう。
きっと離島とか稚内とか引いてくれるはずです。
うーん、書く内容決めないで書いてみたらゆうきちの話になっちゃったな。
まぁ、いいか。


