想い出に変わるまで… -7ページ目

どちらの私も.....

たとえ 世界の果てにいても

一生 一度もあえなくても

どこかであなたがいる

大きな口をあけて笑っている
そう思うと 心が暖かくなる

でも あなたはいない
いつか会えるとわかっていても

その いつかがわからない

どうしてなの?

何がどうなったの?

誰か 答えてほしい

大丈夫 大丈夫っていってほしい


***************************

ここで書いているのも

癒しのおもちゃ箱で書いているのも 同じ私

私の中には、いろんな思いがあります。

でも、こうして分けて行く事で.....

不思議なんですが、気もちの整理がつきます。

悲しい思いで心が一杯になったらここで吐き出し

その思いを誰かへのお手伝いに生かそうと思えます。

なんだか自分でもとっても不思議な人間のように思いますが、

それはそれでいいかなぁと思ってます。

いろんな経験は、きっと、私をもっともっと、育ててくれるかもしれないから。

それを信じて行こうと思ってます。

決して暗いばかりの人間でもなく

決して底抜けに明るいばかりの人間でもなく


でもね。

どちらの私も、好きかもしれません。

後ろ姿

こんにちは。

とこです


今朝.....

パパリンに送ってもらう道で、


女子高生の後ろ姿を見ました。


「パパリン、真理に似てるね」


「うん、少し前のね.....」


この一言だけで、心が通じる事のありがたさ。


それでも、悲しみは、ますます募るばかり。


あんな元気な頃があったのにね。


どうしてなの?


突然いなくなるってどうして?


まさか、自分に突然死が起こるとは

あなたにもきっとわかってなかったよね。


それなら、毎日、毎日を一生懸命生きて行くね。


今日が最後の日になるかも知れないから.....


最後だとわかっていたなら/ノーマ コーネット マレック
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「最後だとわかっていたなら」
作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず

もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための 
ほんのちょっとの時間を どうして惜し んだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を 持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)より


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私は、これからも生きて行くね。

あなたが、それをきっと望んでいるだろうから.....


悲しい人の気持ちを、少しでもわかるのは私


その時、どんな言葉が嬉しいのか

少しでもわかるのが私


その私が元気になっていくのを見せるのが一番大切かなと思うの


あんなお気楽な感じの人にも

悲しい事はあったんだ

それなら、私も生きて行こう.....って思ってもらえるように。


これからも、ずっと.....へこむ時はあると思うけど。

元気な時も一杯あるはず。


それでいいんだよって。

伝えられればいい。


だから、私は無理はしない

このままの私でケアのお手伝いをするわ


どうかな?

それでいいかな?


いつか天国であった時、

100点くれるかな?


その時まで、少しでも徳を積むね。

母は、あなたの分までもね。




走り続ける.....

一周忌も終えて、少しだけ気もちが落ちついてきました。


この一年、色々な事や、色々な方から学ばせて頂きました。

ご縁が遠くなりそうになった人とも

繋がる人は繋がり、

また新しい道が開けて行こうとしています。


二年くらい前のご縁もまた復活してきました。


今週の月曜日、読書アドバイザーの養成講座を修了してきました。

その時、不思議な事が起こりました。


次に何を活動するのか.....と言う時、

今のカウンセリングに生かしますと言ったものの

なんとなく、少しだけ違和感がありました。


私は違和感を感じた事などは、しっかりと感じる事にしています。

違和感を感じた事を深く感じてみると、

目の前の事実よりも、その奥に、素晴らしい気付きがあるからです。


今回は、それが修了式にやってきました。

「みなさんは使命を感じて.....」という言葉だったと思います。


その瞬間、グリーフケアを通じて絵本や本のご紹介をしようっと。

心の奥底からわき上がる思いが溢れました。


そう言えば.....

このグリーフケアアドバイザーの特級の講座も

読書アドバイザーの講座も、共に受講できる事が

幸せという関門らしく.....


それも、昨年の七月に同時期に出席出来ました。


きっと繋がっていたのですね。


そして.....

毎日、パパリンが録画をしてくれている「救命救急」のドラマの中で

こんな言葉が交わされました。


「先生は、奥様を亡くされてから、一日もお休みになってないんじゃないですか?

がむしゃらに走ってるいように私には見えます」


「だから、俺が救命の仕事に逃げてると?」


この会話を聴いて、主人公の男性(江口さんでした)の

気もちがわかるなぁと思いました。


じっと引きこもる方もいらっしゃると思います。


でも、悲しみの中で、全速力で、走り続ける人もいます。


どちらも、根底は悲しみです。


いくら元気そうに見えても、心の中には、涙の海で

溢れそうです。


生きているだけで精一杯なのです。


もしも、そんな方がいらしたら.....

どうぞ、見守って差し上げて下さい。


いつもそばにいますよ。

心が寒くなったら、そばで、手や心を温めますよって。


そんな思いを向けて差し上げて下さいね。


生意気な事を申しあげますが.....

こういう時期は、しっかりと肯定してあげて欲しいですね。


ガラスのように傷つきやすくなってますから。

大切な人たちを包んで差し上げて下さいね。


自分勝手な事ばかり書きましたが、

お読みいただき、ありがとうございました。






無事に終わりました

おはようございます。

とこです。


こちらのブログに来てくださってありがとうございます。

こちらでは、娘のことで、苦しくなったりした時に書いてます。

いや、書いてましたと、言えるようになるかもしれないという予感もあります。


14日 一周忌を終えました。

同じ日にみんなが揃って迎えられることに感謝をしています。

(勤め人が多いと、どうしても早目の土日になりがちですから)


大切な娘でした。

かわいいかわいい娘でした。

今でも、テレビで科捜研の女で、沢口靖子さんが出ると

「私、似てるって時々言われる」なんていう言葉を思い出します。

へぇぇ。そんな美人かぁぁぁと笑って返事をしましたが.....


毎日、そのドラマを録画してみていると、色々なことに気づきます。

主人公の名前は、榊マリコ

今、お昼に再放送されているのは、若いころのものもあり、

うちの娘に似た性格だなぁとパパリンと話してます。


うちの娘も 「真理」ちゃんでしたしね。


そして、戒名は「真如院釈尼妙理」


仏語の真如妙理ということからつけて頂いたようです。

この由来がなかなか私の中で理解がしにくく

ずいぶんいろいろなものを読みました。


しん‐にょ【真如】

  1. (梵)tathatの訳》仏語。ありのままの姿。万物の本体としての、永久不変の真理。宇宙万有にあまねく存在する根元的な実体。法性(ほっしょう)。実相

みょうり【妙理】


すぐれて奥深い道理。常人にははかりしれない不思議な真理。玄妙な理。


色々調べても仏語は難しいですね。

そして.....
一周忌の時、お寺様が話して下さった事が一番心に留まりました。

人は亡くなる人に霊として、供養しなくちゃとか(やや恐れ?)
ああしてあげたら良かったとかの願いをかけます。

でも、本来はそうではなくて、亡くなった方が、
みなさんに願いをかけていらつしゃいます。

(この時、私は、自然に波だから止まらなくなり.....)

それを思って生きてほしいですね。

そして、以前、真如妙理はどんな意味ですか?と聞かれましたが
くだいてくだいて言うと.....

人は自然に生かされている
だから、亡くなるのも順番ではない事もある。
それを真理と私はとらえています。

ですから、真理さんは、その真理を伝えてくれる人だと思って付けました。

(ここで、私は号泣)

実は、我が家のお寺様は、あまりお話が得意ではなくて
ぽつりぽつりと話されます。

でも、話の上手とかではなくて、私は言葉の一言一言が
とても心に留まりました。
琴線に触れたというのでしょうか。

そして、確かに.....
真理という言葉をよく目にします。
今までも目にしていたと思うのだけど、
その文字を見ると、ああっ、いつまでもそばにいると
言ってくれているのではないかと思います。

そして、娘が願いをかけてくれるとしたら
いつまでも元気でいてほしいと思っているのではないかと.....

だったら、これを機会にそう心の向きを変えてみようと。
この一年、立ち止まるのが怖くて、
走って.....
走って.....
また走って.....
そんな事はもういいのではないかと。

そう心から思えました。
多分、人から見て、同じように見えるかもしれませんが
心の中はずいぶん変化しました。

また、もうひとつ、いつまでも娘の事は
忘れないだろうと思う事があります。

なんの不思議さも今までは感じていませんでしたが.....
次女と、お誕生日が同じなのです。
11月7日が来ると、いつも二人の事を思います。

もしも、私がいなくなっても、きっと、次女は思い出してくれると思います。

そんな時、昨日ご近所の方の訃報が.....
娘と同じ葬儀場、同じ部屋でのお通夜でした。
日にちも同じ.....(我が家は、17日は、葬儀でしたが)

もう、切り替えていいよ。
そんな風に言われた気がします。

そして.....
旅から帰ってきた、パパリンがお土産に.....

想い出に変わるまで…

このまりを見た時、あぁ、もうこれでいいよ。
二人で仲良くしてほしいよっていう願いを娘から
もらった気がしました。

一年前の新年、
急に、「お母さん。二人に長いきしてほしいよ。
それとね。夢をみたの。
お母さん、生んでくれてありがとうってね
夢の中で言ってるのよ。
へんなの~~!!」と笑ってました。

それを聴いて私は号泣したんですけどね。

でも、長いきしなくちゃ.....ですねっ。
娘の為に、
いやいや、この辛い経験を生かすために.....

そんな時、また小田さんのメルマガが
(昨日は、お誕生日だったようです)

そのまま転記します。

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 小田真嘉です。


 昨日は、誕生日でした。


 びっくりするぐらい

 たくさんの方々から

 お祝いの言葉やプレゼントを頂きました。



 本当は

 お一人、お一人に直接

 お礼を伝えたいのですが…


 このメールで

 お気持ちをお伝えさせて頂きます。

 
 ありがとうございました。

 
 皆さまから送っていただいたお心に

 
 私の気持ちを乗せて

 これから1年間

 改めまして、成長のヒントをお届けさせて下さい。


 お礼のみのメールにしようと思っていたのですが


 最後に、今ふと思い出した言葉があります。


 それは

 スワミ・サッチーダナンダの著書

 『インテグラル・ヨーガ(Integral Yoga)』からの一説です。


 ご紹介します。


===

 「心が私的な利害から自由であるとき

 われわれは仕事を十全にすることができ、楽しく感じる。

 そのとき

 われわれの人生は意味に満ちたものになる。


 もし、われわれの心から利己性がなくなり

 すべての人々の人生に犠牲的献身が備わったならば

 他ならぬこの世が天国となり

 平安と至福の住みかとなる。


 この生にあっては

 全てのものが与えている。


 献身的貢献は、生の掟なのだ。


(中略)


 自然のすべて


 ――木々も鳥も動物たちも

 全てが他のもののために生きている。


 なぜ、ロウソクは燃えて溶けていくのか?

 それは、光を与えるためである。


 なぜ、香は燃えて灰になるのか?

 それは、香りを与えるためである。


 なぜ、樹木は伸びるのか?

 それは、果実と花を与えるためである…。


 およそこの世界に

 生物・無生物を問わず


 自分だけのために生きているものなどあるだろうか?

 ない。


 ならば、自然のすべて犠牲だというのに

 ひとり人間だけが利己的な生を送ってよいものだろうか?


 われわれは

 与え、与え、かつ与えるために

 ここに在る。


 われわれに与えられて然るべきもの


 ――それは


 われわれが思い煩うまでもなく、

 与えられるべくして与えられるのだ。


 『犠牲的献身の人生を送るべきだというならば

 私はどうやって食べていけばいいのだ?

 どうやって衣服を得て、住むところを得たらいいのだ―?』


それらのものは

 他者に奉仕するための

 自分自身の備えとして持てばよいのである。


 あなたにはまた明日の朝も元気で

 他者への奉仕に出かけられるように

 ゆっくり休むためのベッドが要る。


 他者に奉仕するための十分なエネルギーを得るためには

 食べねばならない。


 そのようになにをするときでも

 『私は他者に奉仕するために自分自身を整えているのだ』

 という思いでもってやる。


 瞑想をするときでも

 それは自分だけの平安のためではない。


 安らかな心で外に出て

 十分奉仕できるように、するのだ。


 他でもないそのことを念じながら、瞑想をする。

 そうだ、そのときにはヨガの瞑想さえもが

 無私の行為となる。


 そして

 それが、神に対してさえ執着するなかれ、の意味なのだ。

 このヴァイラーギヤすなわち無執着だけが

 あなたの全人生を喜びに満ちたものへと変えるに足るのである」


===


 との一説です。


 私(小田)にとって

 とこさんとの出会い

 そして天から頂いたこの命は

 与えられるべくして与えられました。


 それは

 与え、与え、かつ与えるためにです。


 これからも

 とこさんのお役に立てるように

 最善を尽くしていきますので

 どうぞ、よろしくお願いします。



 とこさんの光に触れる全ての人たちが

 幸せと豊かさに包まれ


 その光の波が世界の果てまで広がることを

 心から祈っています。

 小田真嘉


************************

これって、偶然じゃないですよね。
心からの感謝の気持ちでいっぱいです。


長い文章お読み頂きありがとうございました。

これからも長く長く.....
いろんな方のお役に立てるように
自分を磨いていこうと思います。

気もちがざわざわ.....

こんにちは。


明日は娘の一周忌。


この一年、生き抜いてこられたのは

本当に周りの方たちのおかげです。


三か月ほど、職場以外は、引きこもり.....

その後、とにかく、考える暇もなく

動き続け.....


さっき、グリーフケアの本を見たら、

そのままの過程をたどってます。


苦しいですね.....

大波小波の間をぬっていくのは.....

どこにたどりつくのでしょうね。


明日になったら、少しはまた気もちの変化があるのかしら。


誰かにそばにいてもらいたい

手を握ってもらって

だいじょうぶ。大丈夫.....と


人の心の中は、複雑ですね。

元気な部分と弱い部分


だから、理屈ではなく、向きあう

寄り添うことが大切ですね。


でも、こうして、気もちを書いていくと

不思議と、落ち着いてくるのですよ。


書くという事の大切さ、

なんとなく感じる事ができました。


ちょっと落ち着いたぞ。

やれやれ.....

私ってめんどうくさい女だわ。