はじめまして
グリーフケアアドバイザー とこ です。
1988年 12月に 最愛の父を亡くしました。
その時の辛い気持ちをやっと20年以上かけて乗り越えたと思った時、
グリーフケアの学びを始めました。
すると、また試練がやってきました。
長女との別れでした。
子供を亡くすことは、本当に言葉にできないくらい、辛く、重く悲しいものです。
その気持ちを自分自身が忘れないように、今はここに静かに書かせて頂いてます。
いつかきっと.....
この経験を何かの形にできる日が来るまで.....
悲しい思いが、いつか.....想い出に変わる日まで.....
もうひとつのブログは
こちら
にも書いてます。
久しぶりに.....
こんにちは。
とこです。
随分長い間、こちらに来ていない事に気付きました。
娘がなくなって、来年早々には、11年を迎えます。
長いようで短い時間でした。
このブログを書きはじめたのは、亡くなってすぐの時だった気がします。
自分がどこかに消えてしまうのではないか…
消えてしまいたい…
そんな気持ちで、ここに狂いそうになる気持ちを書き出しました。
それでもね。
なぜか気持ちをそのまま書こうと思ったんですよ。
いつかきっと.....
それが誰かのお役に立つかもしれないし
自分で自分の振り返りができるかもしれないし
そんな時、笑っていられる自分がいてね。
ほら.....
今、笑えなくても大丈夫。
私だって、ここまできましたから…なんてお伝えできる自分でいたい。
少しだけ先輩として何か一緒に出来る事をしたい。ってね。
そんな思いを少し聴いて頂けますか。
やっと、誰かのお話もなんとかお聴きできる位にはなりました。
相談業務も色々やり、ほんの少しだけ(本当に少しだけね)前よりは成長したつもり(笑)
来年からは、少しグリーフケアを本格的にやろうと思っています。
私の出来る事は、思いを吐き出して頂く事だけですが、
一生懸命聴かせて頂きます。
また.....
話が出来なくても一緒にいるだけでもいいんじゃないかと思ってます。
ただ、誰かと悲しい時間を共有できるだけでもいいのかと。(私もそうでした)
10年の間に、曼荼羅や点描画を描く事で、瞑想のような事が出来るのも知りました。
また、故人の方との出会いをして頂けるようにヒプノも学びました。
そして、ご希望があれば、電話相談もさせて頂こうかとも思ってます。
やっと.....
やっと.....です。
みなさまのおかげでここまで来られました。
そして目の前にやりたい事が形になって表れてきました。
(思い切って、写真も笑顔の写真に変えてみました)←変えるまでこんな笑っている写真でいいのかと迷ったんですけど。
まずは、今日、ここに書かせて頂く事で一歩踏み出します。
お読み頂いてありがとうございます。
一生捨てられないと思っていたけど
1月14日は、娘の命日で、七回忌を迎えました。
震災の年の一月、もう6年になります。
年末から色々なものを捨てたくなり、ふっと.....
見ないようにしていたものが出てきました。
原因不明の突然死だったのですが、救急の病院で、切り裂かれていた服。
ダウンジャケットは中身が出ているし、色々なものが切り裂かれてました。
見た途端、また新たな涙が出てきたのですが.....
ふっと.....娘の声が聞こえたように思います。
「それ、もう捨てて.....」と。
それが聞こえた時、重大な決意をして、捨てることにしました。
小さく端布だけ残して、パパリンと一緒にお線香を立てて供養しました
一生忘れることなどないわけだから、
これからも大切に思っていくわけだからと
自分なりの言い訳をして.....
なんでいなくなってしまったんだろう.....
また、質問をしてしまう
答えが返ってこない 独り言のようなしつもん.....
足音
こんばんは。
とこです。
ここに来たときは、いつも羽根を休めにくる感じです。
昨年秋から、本当につらい事ばかりで.....
どうして、こんなことが起こるのか?と人生の流れにただ唖然としています。
昨年の秋、母の進行性の胃がんが見つかりました。
89歳という高齢で、抗がん剤治療はしない方がいいでしょうという事
手術は、高齢だから、胃の全摘に耐えられるか?というものでした。
その時の余命は、年末までどうか?
近くの内科で、胃カメラの検査をした時、ある程度の病状は一緒に聴いているはず
なのに、まったくがんの事はスルーしている母に、告知をするか?と
それはそれは、随分迷いました。
迷い迷って、家で見られるだけはみようと考えました。
本当に、奈落の底に突き落とされました。
もっと親孝行しておけばよかった.....
後悔するばかり.....
ただ、後悔する時間は長くは取れない。
今から、母のために何ができるのか?
思い切って、母の癌と対話してみました。(怪しいかもしれないですが)
すると「さみしい」という言葉が聞こえました。
母はとっても元気にデパートめぐりなどする人だから、私はその母の元気に甘え
自分の活動を優先してあちこち飛び回っている毎日でした。
それを、母の為だけに使う事にしました。
手足のリンパマッサージ、照り
必死で模索しながら、手と足のマッサージ。
一緒にテレビを見ながら、毎日、2時間ほど、夜は過ごしてます。
なんとか年を越せたのですが、年を越して半月ほどしたら、随分体が弱ってきました。
それが見えるとものすごく辛いです。
辛いけど、今は泣きをいってぃる場合じゃないと、自分を奮い立たせ
毎日、過ごしています。
でも、どうしても泣き言が言いたくなったからここにきました。
トントン.....と、足音が聞こえます。
静かに、誰かか迎えに来るような.....
聴きたくないつらい足音です。
ダンシャリの時
こんばんは。
とこです。
二年半ぶりです。
ここにこっそり来なくてもいい位元気になっていたという事です。
今日はまたこっそりと話をしに来ました。
今年はダンシャリの時。
色々なものを捨てたくなってきました。
今まで、かなり頑張って色々な事をためてきたように思います。
本当は、違うなぁ。違うなぁと思いながらやってきた事。
もう手放してもいいかと思っています。
もちろん、その中には大切にしておきたい方や、モノや色々ありますが.....
一旦 少しずつフェイドアウトしていって、
またゆっくり俯瞰すればいいかと思ってます。
このところ、卒業という言葉をよく頂きます。
この卒業もその方にとってのダンシャリなんでしょう。
今までいっぱいの思いをありがとうございますと思って、手を広げて送り出してあげるときなんじゃないかと思います。
反対に.....私も送り出してもらう時かもしれません。
もうこの年になったら、少し「我がまま」にいってもいいのではなかと。
そんな風に思っています。
今年はお誕生日あたりから、本当に色々な事があり、
一杯泣きました。
そして、自分の大切に思っている核 自尊心というものに初めて出会いました。
私にもそういうものがあったことに驚きとともに、ホッともしています。
また、感覚的に優れてきて、どうしようもなく、体の具合が悪くなることもありました。
それを無視し続けるのも疲れましたしね。
人の姿を見ていて、自分に置き換えてみるという事もいい学びになりました。
まずは、卒業という言葉を使って下さった方に、
カウンセラーとしては、「卒業おめでとう」ですよね。
辛くて苦しい日々を一緒に過ごしてくださった方には、
ありがとうございます.....ですよね。
なんて訳の分からない深夜の独り言でございました。
来年は、娘の七回忌、
新しい気持ちで、
私のような思いをされた方のグリーフケアをさせて
頂きたいと思います。
.....と、ここでこっそり宣言をしておきます。
案山子
朝、案山子のうたが急に浮かびました。
ちょっとかいてみます。
元気でいるか 天には慣れたか
友達できたか
淋しかないか 元気はあるか
今度 いつ 還る
山の麓 煙はいて 見上げる煙突
心の中の愛が 転げ落ちていった
真っ白な雪がふぶく 田んぼにはらり
置き去られて 泣いている
私の心
手紙が無理なら 合図でもいい
「いつでも見てるよ」のノックでもいい
あなたの笑顔を思い出す
人達に見せてあげてくれ
元気でいるか 天には慣れたか
友達できたか
淋しかないか 元気はあるか
今度 いつ 還る
母の心 少しだけは 落ち着いてきたよ
雪を見ても、少しは泣かなくなった
色々な人に 助けられた
これから周りに お返しをしていく時
あなたもきっと、元気でいると
いつもいつも思っているよ
いつでも見てると思えるように
やっとやっとなってきた
元気でいるか 天には慣れたか
友達できたか
淋しかないか 元気はあるか
今度 いつ 還る
三年前の今日.....
まだ想い出には変わっていないけれど、
時々、忘れていられる 私になりましたよ。
周りの人に一杯感謝して
母は、生きていくのだよ
時々は合図をして、
元気でいると.....聴かせてね。

