イチロー興奮「最高に気持ちいい!」
私もしっかり見ていましたが、嬉しかったですね。
韓国には、絶対に勝ってほしかったので!!
打倒韓国でしたから。
それにしても、全員野球で素晴らしかったです。
冷静沈着のイチローも興奮を抑えきれなかった。2連敗中のライバルの韓国を破った瞬間、チームメートと抱き合い、喜びで顔をくしゃくしゃにした。「きょう負けるということは、日本のプロ野球に大きな汚点を残すことと同じですから。最高に気持ちいい」
うっ憤を晴らすようにバットから快音を響かせた。七回に左前適時打を放つなど3安打。好投を続ける先発投手の上原を援護した。「野球はけんかじゃないけど、(韓国戦連敗は)本当にしゃくにさわりました」と、ライバル心をむき出しにして試合に臨んだ。
開幕前の2月21日の公式会見。特別に韓国を意識したつもりはないが、「向こう30年は日本には手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」と発言したことが、韓国メディアに挑発的な発言と受け取られた。大リーグで5年連続200安打を記録するなど実績を積み上げてきたイチローの発言は想像以上の波紋を広げた。
この日も、イチローは韓国応援団から激しいブーイングを浴びせられた。試合後の会見でも韓国・金寅植監督は「(イチローの発言は)韓国の野球界、ファンは侮辱を受けたとしてブーイングしたのではないか」ともらした。それでもイチローは「勝つべきチームが勝たないといけない。そのチームは僕らだと思っていた」と、自らを鼓舞するように強気な姿勢を崩さなかった。
韓国からの批判だけでなく、「JAPAN」のユニホームに袖を通した時から、イチローは周囲の期待と重圧を背負ってきた。王監督が「イチローに余計なプレッシャーをかけさせたくない」と気遣うほどだった。
イチローが目標に掲げてきた世界の頂点まであと一歩に迫った。「世界一をイメージしてオフから準備してきた。すべてはこの日のためにある。もう1試合、自分のすべてを表現したい」。その視線はすでに優勝戦のキューバ戦に向けられていた。
(毎日新聞)

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

勘三郎コクーン歌舞伎はイチローのバント
いいですね~~~~。
私は、観劇の予定はありませんが、コクーン盛り上がってます。
歌舞伎俳優中村勘三郎(50)が主演するコクーン歌舞伎「東海道四谷怪談」(演出串田和美)が18日、東京・渋谷のシアターコクーンで幕を開けた。今回は12年前の初演時と同じ演出の「南番」と、新演出の「北番」を交互上演。勘三郎は「2つやるのは面白いけれど大変。特に『北番』は、イチローが送りバントするぐらいのチームワークでやらないとダメ」と話した。20日には同じ渋谷のパルコ劇場で上演中の三谷幸喜作・演出、市川染五郎主演の歌舞伎公演「決闘!高田馬場」とジョイント。勘三郎がパルコの昼の部、染五郎がコクーンの夜の部にゲスト出演する。勘三郎は「負けていられないからね」と対抗意識を燃やす。
(日刊スポーツ)
歌舞伎俳優・中村勘三郎(50)のコクーン歌舞伎第7弾「東海道四谷怪談」(串田和美演出)が18日、東京・渋谷のシアターコクーンで開幕した。
出し物は平成6年の初演と同じ「東海道―」だが、今回は『南番』『北番』の2パターンを用意。上演前に会見した勘三郎は「2つあるのは大変だけど面白い。水を使う『南番』のけいこでアクシデントがあって水を飲んだりしたが、チームワークでやっていかないとね。イチローが送りバントするみたいなものですよ」と結束ぶりを強調。20日には近くのパルコ劇場で「決闘!高田馬場」を上演中の市川染五郎(33)と互いの舞台に“飛び入り”出演するという。
(デイリースポーツ)

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

私は、観劇の予定はありませんが、コクーン盛り上がってます。
歌舞伎俳優中村勘三郎(50)が主演するコクーン歌舞伎「東海道四谷怪談」(演出串田和美)が18日、東京・渋谷のシアターコクーンで幕を開けた。今回は12年前の初演時と同じ演出の「南番」と、新演出の「北番」を交互上演。勘三郎は「2つやるのは面白いけれど大変。特に『北番』は、イチローが送りバントするぐらいのチームワークでやらないとダメ」と話した。20日には同じ渋谷のパルコ劇場で上演中の三谷幸喜作・演出、市川染五郎主演の歌舞伎公演「決闘!高田馬場」とジョイント。勘三郎がパルコの昼の部、染五郎がコクーンの夜の部にゲスト出演する。勘三郎は「負けていられないからね」と対抗意識を燃やす。
(日刊スポーツ)
歌舞伎俳優・中村勘三郎(50)のコクーン歌舞伎第7弾「東海道四谷怪談」(串田和美演出)が18日、東京・渋谷のシアターコクーンで開幕した。
出し物は平成6年の初演と同じ「東海道―」だが、今回は『南番』『北番』の2パターンを用意。上演前に会見した勘三郎は「2つあるのは大変だけど面白い。水を使う『南番』のけいこでアクシデントがあって水を飲んだりしたが、チームワークでやっていかないとね。イチローが送りバントするみたいなものですよ」と結束ぶりを強調。20日には近くのパルコ劇場で「決闘!高田馬場」を上演中の市川染五郎(33)と互いの舞台に“飛び入り”出演するという。
(デイリースポーツ)

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

良く聞く「歌舞伎用語」その1
今日は、良く聞く「歌舞伎用語」の中で、
「かぶりつき」
「正面を切る」
「愁嘆場」
「だんまり」
の4つの説明を書いてみました。
★かぶりつき★
観客にとって、見る位置は大きな問題です。
歌舞伎座は前列からいろは順に数えているので、「とちり」つまり前から七~九列くらいの席が見やすいとされていますが、なるべく前の席で見たいというファンも根強くいます。
「かぶりつき」は席の位置を表す上方の劇場用語で、一番前の席のことです。日常語でも、「前の位置」や「カウンター席」をかぶりつきと言いますが、歌舞伎の言葉が一般語化したものだそうです。
語源は、「齧り付く」つまり「かじりつく」または「勢いよく食いつく」「ぴったりとくっつく」という意の動詞が名詞化した、すなわち最前列の観客がかじりつくように見ていたことから使われるようになった、という説が有力です。
また、舞台で本水(本当の水)を使う時、観客に水がかかってしまうので、前列の客に被り物を配った、つまり、「被り物付きの席」であることから来ているという説もあります。
なお、江戸の劇場では最前列の席を「小一」または「雨落ち」と言ったそうです。
小一は前から数えて一番の升席(土間)が、通常の升席より小さく、二人詰めであったことから来ています。
雨落ちは、舞台で本水を使う時、雨(水)が落ちてくる席であることから言われるようになったそうです。
★正面を切る★
歌舞伎では、「正面の客席を向いて演技すること」を「正面を切る」と言います。
(古くは「向こうを切る」「表を切る」と言いました)
正面も向こうも表も舞台から見て正面の客席のことで、この語はその演技用の語が
日常化したものだそうです。
歌舞伎の演技の基本は正面を切る演技とされますが、実際には現代演劇より多いものの、全員が正面を切る演技をしているわけではありません。
代表的な歌舞伎の演技術であり見得を例に挙げると、大体が横を向いて行う見得で
正面を向いた見得は時代物の幕切れに座頭役者(又は立女形)が三段(又は二段)
に上がって行う打ち上げ(引っ張り)の見得くらいです。
なぜ正面を向いた演技が多くないかというと、一つには、この演技は主役級の役に限られるからだそうです。
歌舞伎は付くこと(趣向・演技・扮装などが重なってしまうこと)を嫌う演劇で、脇役は主役と同じ演技は行わないのです。
もう一つは、正面を向いた演技は体が安定しないこともあるのでしょう。
写真を撮られる時、目はカメラを向いていても、斜めにしたほうが体が安定するの同じです。
つまり正面を切った演技は難しいのです。
逆に言うと、正面を向いて安定した演技が出来れば、堂々として立派に見えます。したがって、正面を切って自然に演技出来るようになることが、主役を演じる役者の修行の第一歩とされているそうです。
正面を切る演技は堂々としていることから、「真正面から堂々と取り組む」という意が生まれたようです。
★愁嘆場★
江戸時代に成立した歌舞伎は圧倒的に悲劇が多い。
その数多い悲劇の中で「登場人物が嘆き悲しむ場面」を「愁嘆場」と言います(古は「愁い事」と言った)。
その語が一般的になり「悲劇的な場面」の意で使われてきました。
歌舞伎には「殺し場」「責め場」「濡れ場」などと言われる類型場面がたくさんでてきます。それらが一つの作品全体の山場として設定されているのに対して、愁嘆場は一つの作品に複数出てくることが特徴になっています。
『女殺油地獄』を例にあげると、両親が主人公・与兵衛を勘当する場面も、両親がお吉を訪ねて金を預ける場面も愁嘆場に当たります(この場面は歌舞伎で上演されることは少ない)。
江戸時代の観客は愁嘆場が多く出てくることを求めていて、それを得て涙を流しカタルシスを得てきたようです。
そのため、愁嘆場は各幕の要の位置を占め、狂言作者の腕の揮いどころになっていたそうです。
★だんまり★
歌舞伎座は毎年十一月「顔見世大歌舞伎」と銘打った公園を行っています。
江戸時代の劇場は十一月が一年の始まりで、毎年十一月にそれからの一年間、その劇場に出演する俳優の顔ぶれを披露する興業を行いました。
それが顔見世で、興業システムが変わった今でもその名称が引き継がれているそうです。
顔見世興行に欠かせないのが「だんまり」で、「時代のだんまり」と「世話だんまり」に分かれますが、現代ふうに言えば、暗闇におけるパントマイムです。「黙り」が訛ったものだそうです。
だんまりはもともと歌舞伎用語で、暗闇で相手を探る「闇仕合」という趣向は元禄時代から行われていたそうです。
滑稽なものだったようで、世話物の『加賀鳶』の立廻りなどはこの流れの中にあります。
これとは別に、顔見世興行で、座頭級の大物俳優を一つの場面に登場させることが始まり、これと闇仕合と結びつきました。
異様な扮装をした数人の人物が、山中で出会い、無言で、宝物などを奪いあうというもので、要するに有力俳優を一度に紹介したのです。
安永年間に、初代中村仲蔵らが演じたのが始まりとされ、時代物の序幕におかれ
ました。 これが時代だんまりです。
この演出が世話物にも入り、文化年間には異様な衣裳を引き抜いて別の衣裳に替わる演出も始まり、更に天保年間になると、旅芝居のお目見え狂言として独立しました。(「御目見得だんまり」といいます)
現代の時代だんまりは独立した一幕ばかりですが、世話だんまりは独立したものではなく作品の中に組み込まれていて、『四谷怪談』のだんまりが有名です。

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

北とぴあクラシックス「弦の響」
今日は、前から楽しみにしていた、北とぴあクラシックス「弦の響」を聴きに行って来ます。
久しぶりのクラッシクに、堪能して来ます。
北とぴあクラシックス「弦の響」 ← 詳しくはこちらから

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

當世流小栗判官(国立大劇場) 段治郎に強さと大きさ
こんな品評が載っていました!!
段治郎丈の御贔屓の方は嬉しいですよね。
でも、私は春猿丈がいいです(笑)
後、今日を入れて10日となりました。
小栗判官物の集大成として市川猿之助が作り上げた作品が、一門の若手により上演されている。奈河彰輔脚本、石川耕士補綴(ほてつ)・演出、市川猿之助演出。
2部に分けられ、1部が発端から「堅田浦浪七住家」「同浜辺」まで。2部が「青墓宿」から大詰めまで。
1部のみものは「浪七住家」。照手姫(笑也)を守るための浪七(段治郎)、お藤(門之助)夫婦の献身が描かれる。段治郎に強さと大きさがあり、浜辺での壮絶な最後まで出色の出来。門之助が夫を思う世話女房を情感豊かに演じ、猿弥の胴八が、道を外した小悪党を好演。右近が小栗判官とは正反対の知恵が回らぬ橋蔵をおもしろく見せた。「大膳館」での小栗判官(右近)の馬の曲乗りなど変化に富んだ舞台である。猿弥は二役の横山大膳も好演。
2部は「青墓宿万福長者内」が見どころ。小栗判官を見初め、結婚を願う長者の娘、お駒(春猿)の悲劇が主題だ。亡き長者の妻、お槙(笑三郎)は主筋の照手姫のために、わが子をあやめる。いちずな恋に精神のバランスを崩すお駒の変化を春猿がめりはりを付けて見せる。笑三郎が、忠義と愛情のはざまで悩む母の姿を丁寧に作り上げた。
右近の判官は、端正で嫌みがない。笑也の照手姫は美しさと品位は申し分ないが、もう少し柔らかみと色気が欲しい。判官と照手姫の白馬に乗っての宙乗りなど、絵になる場面も多く、大詰めの大滝での立ち回りまで楽しめる、良く出来た作品である。

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

団十郎“地獄から復活”会見
良かったですね~~。やっとお姿拝見出来ました。
朝のTV、釘付けになりました。
入院中、「成田屋通信」を読んでいましたが、とても大変な戦いをしている様子が書かれていたので、かなり心配をしていました。
取りあえず、ほっとしましますね。まだまだ、ゆっくりと回復していってほしいです。
復帰公園は、5月の歌舞伎座『団菊祭大歌舞伎』ですね。
楽しみです。
白血病治療のため休養していた歌舞伎俳優の市川団十郎(59)が15日、東京・歌舞伎座で舞台復帰の記者会見を行った。団十郎は昨年8月に白血病を再発。2度目の闘病生活は、抗がん剤の大量投与と自らの細胞を移植する厳しいもので、団十郎は「無間地獄から戻ってきたようだ」と話した。5月の「団菊祭大歌舞伎」で約10カ月ぶりの舞台に立つ。
団十郎に笑みが戻った。「私にとってこうして舞台に再び立てるということは、無上の喜び。久々なので不安もないことはないが、今は役者魂でうずうずしている」。顔色もよく声にも張りがある。「ベッドの中でも芝居のことばかり考えていた。一日も早く舞台に立ちたい」。これが闘病中の“大看板”の切なる願いだった。
昨年8月31日、再発の宣告を受けた。その時は頭の中が真っ白になった。「風邪がぶり返したみたい」と思い込んでいた団十郎に、医師から放たれた言葉は「今度の治療は並大抵のことではありません。相当の覚悟が必要です」だった。
厳しい闘いが始まった。まずは抗がん剤治療。認可されたばかりの新薬を60日間にわたり大量投与。髪の毛は抜け、顔は黒ずんだ。不快感も続き「まるで嵐の中で帆船に乗せられて船酔いを起こしている状態だった」と振り返った。悪い細胞が消えた1月23日、取り出しておいた自分の正常な幹細胞を移植。医師から「これでもう大丈夫です」と完治のお墨付きをもらった。
「まるで無間地獄から戻って来た感じです」。団十郎に勇気と元気を与えたのは、付きっきりで看病した希実子夫人(53)、長男の市川海老蔵(28)、長女の智英子さん(26)だ。「家族の力が私の支えでした」。そして、同じ病棟で同じ病気と闘う人たち。「苦しい治療だけど、これを乗り越えた人たちは本当に明るくなるんです。みんな早く良くなってほしい」と話した。
約10カ月ぶりの舞台は、お家芸の「外郎売(ういろううり)」。「家内はあまり無理しないでと言うけれど、もう大丈夫」。五月晴れに「成田屋!」の掛け声が飛び交うことだろう。
(スポーツニッポン)
報道陣約100人が待ち構える中、黒のハンチング帽をかぶって登場した團十郎が帽子を脱ぐと頭はスッキリ。長かった闘病生活をうかがわせ、「大変ご心配をおかけしました。一昨年10月に復帰したときは天にも昇る気持ちでしたが、今回は“無間地獄”から戻ってきたような気持ちです」と晴れやかな笑顔を浮かべた。
笑顔の復帰会見までの道のりは、想像を絶するほど厳しいものだった。團十郎は平成16年5月に白血病を患い緊急入院。寛解導入療法と地固め療法を行い、同10月に1度は「完全寛解」と診断されたが、昨年8月に再発していたことが発覚。同年9月に再入院した。
今回行った自らの骨髄を移植する治療にはリスクもともない、「再発を聞き、残念だった。自家移植をするかどうかの選択も真剣に考えていかないといけなかった。自分自身の中では“闘い”だった」と振り返る。
闘病中、抗がん剤投与の影響で頭髪が抜け、顔色も黒く変色。移植手術後には体調が悪化し、團十郎は「手術後の1週間は、大航海に出かけ船底で船酔いしていたようなものだった」と生々しく語った。
苦しい入院生活で團十郎を支えたのは舞台復帰への思いと、家族の絆だった。長男の市川海老蔵(28)からは「顔色がよくなった」と言われたそうで、「うれしいようなむず痒いような…」と照れ笑い。「ベッドで考えていたのは芝居のこと。家内には『無理をしなさんな』と言われた。こういう人(家族)が支えてくれた」と感謝の言葉を述べた。
「團菊祭五月大歌舞伎」では昼の部の「外郎売」曽我五郎役で出演。成田屋のお家芸である歌舞伎十八番のひとつで、團十郎にとっては昨年7月31日に行われた海老蔵の襲名披露巡業(相模原市)以来の復帰となる。
現在の体調は6、7割と語り、月1回程度の通院とリハビリを重ねていくが、「欲張らずにゆっくり治していきたい。復帰に向けて“役者魂”というのか、楽しみでうずうずしております」と早くも舞台が待ちきれない様子だった。
(サンケイスポーツ)
急性前骨髄球性白血病再発で昨年8月に再入院、2月に退院した歌舞伎俳優・市川團十郎(59)が15日、東京・東銀座の歌舞伎座で復帰会見を行った。自家移植を行った團十郎は「無間地獄から戻ってきた感じです」とつらい闘病生活を告白。家族の支えが大きかったと感謝した。團十郎は5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」(1~25日)で復帰する。
苦しい闘病生活に打ち勝って、生還できた喜びが表情からあふれていた。グレーのスーツに黒のベレー帽をかぶった市川團十郎は「5月の團菊祭で復帰できるのはうれしい。ご心配おかけしました」とあいさつした。
「急性前骨髄球性白血病」。一昨年の5月に発病した病魔に再び襲われたのが昨年8月。「再発の宣告を受けて、風邪がぶり返した程度だと思ったが、すぐに並大抵のことではないと思い知らされました」
前回の入院では骨髄移植をせずに投薬治療で「寛解」になったが、今回は、末梢(しょう)血の幹細胞自家移植を行った。細胞分裂の根本となる幹細胞を取り出して、抗がん剤治療を施して、がん細胞がなくなってから、幹細胞を移植するものだ。ドナーによる骨髄移植の場合と比べれば復帰が早いといわれるが、副作用が少なかった前回と比べても今回は「無間地獄から戻った感じです。(前回とは)ケタが違います。抗がん剤の量もはるかに多い量でしたし、かなりきつかった」。抗がん剤の副作用で頭髪が抜け落ちた頭をさすり、つらい闘病生活を告白した。
そのつらさは團十郎によると「大航海時代の帆船に乗って、猛嵐で船底で揺られているようなもの。いろいろな症状が現れました。地獄の亡者みたいでした」というほど。それでも、昨年8月に認可されたばかりの「トリセノックス」という薬を病院で初めて用いたことが効果をあげ、死の淵(ふち)から生還することができた。
耐え切れたのは家族の支えがあってこそ。「家族ですね。家内、娘、せがれ、そういうものの力が私を支えてくれたなと思います」と話し、時折、見舞いに訪れ励ましの言葉をもらった息子の市川海老蔵(28)には「うれしいようなむずがゆい感じです」と苦笑いを浮かべた。
10か月ぶりとなる舞台復帰は5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」の「歌舞伎十八番の内 外郎売」の曽我五郎時政役。成田屋の家の芸で、團十郎自身が海老蔵時代の80年に復活上演した思い入れのある演目だ。「ベッドで考えていたのは芝居のこと。楽しみでうずうずしている」とやる気十分だ。
再発直後に「復帰するときは『外郎売』だ」と家族に宣言。闘病の高いモチベーションとなっていた演目で、團十郎が歌舞伎座の舞台に立つ。
(スポーツ報知)

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

歌舞伎の舞台の名前
知っているようで、知らない舞台の名前。
結構、分かっているつもりでも、案外聞かれて言えなかったりすること、ありますよね。ちょっと今回は、舞台について書いてみました。
揚幕
「あげまく」と読みます。 人物の出入口にかかっている幕で、舞台の上手(向かって右側)にあるものを「上手揚幕」と言います。 劇場や興行主の紋が白く染め抜いてあります。 花道の突き当たりにも同じ幕があります。
定式幕
「じょうしきまく」と読みます。 歌舞伎のシンボルにもなっている三色ストライプの幕です。 色や配色も劇場ごとに違っていたそうです。 今は、左から”黒・柿・萌葱”の森田座方式が歌舞伎座など松竹系の興行で、”黒・萌葱・柿”の市村座方式が国立劇場で使われています。
花道
客席の間を貫く通路で、ここを利用して役者が登場したり退場したりもします。 メインのキャラクターがここでせりふや踊りを披露することもあります。 「出端(では)」あるいは「引込み」の芸と呼ばれて役者の見せどころです。
廻り舞台
舞台の回転テーブルみたいなものです。 18世紀中頃考えられた舞台機構で、最初は舞台の上で廻していた仕掛けは後に並木正三という人のアイデアで、地下を堀り、心棒をつけて独楽のように廻す形になったそうです。 今はもちろん電動式です。
セリ
舞台面を四角く切った穴から、人やセットを上下に出し入れする仕掛けです。 正面の舞台には、大きさの違う数種類の切り穴があって、大道具をのせる「大ゼリ」、人をのせる「小ゼリ」と使い分けられます。 いわばエレベータみたいなもので、荷物用エレベータが「大ゼリ」、人間用エレベータが「小ゼリ」です。
すっぽん
花道の舞台よりの位置にあるセリのことです。 ここから人が上がってくる様子が、スッポンが首を出すところに似ているのでこう呼ばれたという説もあります。 すっぽんから出入りするキャラクターは亡霊や妖怪、妖術使いなどフツウじゃない場合が多いので、ここから出てきたキャラクターは要注意です。
チョボ床
上手にある二階の小部屋で、義太夫の演奏者がいます。
一文字
正面の上部間口いっぱいに張ってある横長の黒い幕です。 略して「もんじ」とも言います。 大道具の上の方や照明器具を隠す役割や、舞台を黒のラインで引き締める効果もあります。
黒御簾
「くろみす」と読みます。 黒い板に囲まれた部屋で、中から舞台の進行状態がのぞけるよう、窓に黒いすだれがかかっています。 BGM、効果音を担当する人達がいるオーケストラボックスです。 下手にあるので「下座」とも呼ばれていて、ここで演奏される音楽のことを「下座音楽」と呼ばれています。
幕だまり
舞台両脇の、引き込んだ幕をためておく場所です。 バタバタッという効果音の係「ツケ打ち」は、上手の幕だまりのそばが定位置です。

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

チーム員「ヴァンフォーレ甲府」の温暖化防止活動がTV放送されます!
こんな記事がありましたので、載せてみました。
平成18年3月17日(金)AM11:25から、政府公報番組「ご存じですか~生活ミニ情報~」(日本テレビ系列、全国31局放映)において、サッカーJリーグに所属し、チーム・マイナス6%のチーム員でもある「ヴァンフォーレ甲府」が取り組む温暖化防止活動の様子が放映される予定です。
政府公報番組「ご存じですか」は、国民生活に密着したミニ情報を、有識者や各府省の担当者等が分かりやすく解説する情報番組です。今回の放送は、地球温暖化防止に国民全てが一丸となって取り組む「チーム・マイナス6%」のチーム員の活動事例として、ホームスタジアムの「エコスタジアムプロジェクト」を推進しているヴァンフォーレ甲府を紹介します。
これまでもホームゲームでのゴミを減らし、環境に優しいスタジアム作りを目指してきた同クラブですが、J1昇格を果たしたこの年に更なる充実を図るために、地元のNPOの協力を仰ぎ、試合会場の売店で扱う容器を全てリユース・カップにして温暖化防止に協力している様子や、サポーターや子供たちにも積極的に取り組みを呼びかけている様子が紹介される予定です。是非、ご覧ください。

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

『當世流小栗判官』 1部観劇感想
行って来ました!
猿之助十八番の内『當世流小栗判官』に。
1部・2部の通しでの観劇です。
土曜日は天気にも恵まれ、暖かな日和でした。
今回は、1部が1階3列目の舞台右端・2部が3階10列目のほぼ真ん中での観劇となりました。
まだまだ、始まったばかりですので、ネタバレを避けたい方は、観劇後に読んで頂ければ幸いです。
猿之助十八番の内當世流小栗判官(とうりゅうおぐりはんがん)四幕九場
【第一部】 乍 憚 口 上
発 端 鶴ヶ岡八幡宮社前の場
序 幕 横山大膳館の場
二幕目 第一場 近江国堅田浦浪七住家の場
第二場 同 浜辺の場
【第二部】 乍 憚 口 上
三幕目 第一場 美濃国青墓宿宝光院門前の場
第二場 同 万福長者内風呂の場
第三場 同 奥座敷の場
大 詰 第一場 熊野湯の峯の場
小栗判官/照手姫道行情靡魂緒綱
(みちゆきこころもしぬにたまのおづな) 竹本連中
第二場 常陸国華厳の大滝の場
近松門左衛門/文耕堂・竹田出雲/勝諺蔵=原作
奈河彰輔=脚本
石川耕士=補綴・演出
市川猿之助=演出
【第一部】
『乍憚口上(はばかりながらこうじょう)』
市川 右近
市川 笑三郎
市川 春猿
「乍憚口上」では、右近丈を真ん中に舞台左側に春猿丈・左側に笑三郎丈とう配置での口上です。口上といっても、普段の襲名口上とは違いリラックしてのお話でした。
右近丈:「本日上演の『當世流小栗判官』は、皆様もご存じの近松門左衛門作であり、・・・本日第1部をご観劇頂いたお客様は、きっと第2部も続けてのご観劇下さると信じております。信じてはおりますが、ここにいる両名は、第1部に出ておりません。是非、皆様にご尊顔を拝したいとたっての希望で出て参りました。と、申しましても用もないのに出るのはおかしなことですので、お二人から物語の紹介をさせて頂きます。」
とごあいさつ。そこで、まず始めに、笑三郎丈が人物の紹介をして下さいました。舞台の後ろに、登場人物の写真と人物関係が貼ってありまして、お客様はそれ見をながら人物関係を頭に入れるというはこびです。続いて春猿丈が「これだけお分かりになって頂けたならば、別段難しいお話では御座いません。最後までゆっくりとお楽しみ下さい。」と話されました。最後に右近丈が締めくくりのご挨拶をして、舞台中央のセリから下がって行きました。この時のも、笑三郎丈・春猿丈は女形での口上でした。
『発端 鶴ヶ岡八幡宮社前の場』
照手姫 市川 笑也
横山大膳久国 市川 猿弥
次郎安春 市川 延夫
三郎重次 市川 喜猿
三浦采女之助 市川 弘太郎
奴三千助 市川 猿四郎
横山郡司満重 市川 寿猿
上杉安房守憲実 市川 門之助
ほか
<あらすじ>
鎌倉鶴ヶ岡八幡宮では、桜が咲き誇っている。常陸国の領主である横山郡司満重の息女照手姫(てるてひめ)が奴三千助(やっこみちすけ)ほか、大勢の腰元を連れて従えて叔父である相模国の領主横山大膳久国の還暦のお祝いに、父の名代としてして来たのである。
照手姫には、小栗判官兼氏という将軍家が決めた許嫁がいる。郡司は常陸国を小栗に譲るつもりで、譲状も作っていた。常陸国を手に入れたい次郎と三郎は、その、譲状と将軍家より預かった重宝「勝鬨の轡(かちどきのくつわ)」を郡司の館から盗ませていた。さらに照手姫をさらう計画。その上で宝を紛失した罪により郡司に詰め腹を切らせれば、常陸国も照手姫も手に入れることができると。しかし、この話を郡司が聞き二人に詰め寄っていた。その時、大膳が投げた小柄が郡司にあたり大膳親子の罠に郡司がはまり、照手姫も連れ去れてしまう。
そのあとに管領上杉安房守憲実(うえすぎあわのかみのりざね)と近習の三浦采女之助(みうらうねめのすけ)が通りかかった。二人は郡司の遺骸を見つけ、傍らに落ちていた小柄の紋を見て、大膳の仕業と気が付くのでした。
<感想>
この場面では、猿弥丈と延夫丈・喜猿丈の迫力が凄かったです。猿四郎丈も今までになくかっこよかったです。寿猿丈の切腹シーンは、「痛そう~」という感じが凄かったです。延夫丈が「ギリギリギリ」と言いながら切っていたので、思わず目を背けてしまいました。門之助丈は流石ですね。場が締まるというか、雰囲気が変わりますね。弘太郎丈もすっきり爽やかでした。
『序幕 横山大膳館の場』
小栗判官兼氏 市川 右近
横山大膳久国 市川 猿弥
次郎安春 市川 延夫
三郎重次 市川 喜猿
三浦采女之助 市川 弘太郎
奴三千助 市川 猿四郎
照手姫 市川 笑也
ほか
<あらすじ>
照手姫が監禁されている大膳の館に、小栗判官が将軍の使者としてとしてやってくるとの知らせがあった。大膳は武芸才智に優れた小栗を亡き者にするため、荒馬の鬼鹿毛を放して彼を喰い殺させる計略を思いつく。
そこに館へ忍び込んだ奴の三千助が現れて姫を救い出し、徳が高く慈悲深いという藤沢の遊行上人を頼って落ちのびていゆく。
大膳親子が出迎える中、小栗判官が現れ、使いの趣旨は案の定、「勝鬨の轡」と照手姫の行方の探索であった。そして、すぐに話題をそらし、小栗に伝わる馬術の口伝を聞かせてくれと言う。小栗はそれに応え、馬術問答が始まる。その時、鬼鹿毛が襖を破って広間に入り込んでくる。大膳に鎮めて欲しいと頼まれた小栗は、快くそれを引き受ける。大膳親子の思惑は外れ小栗は見事に鬼鹿毛を乗りこなし、荒鹿毛と名付けて愛馬にする事にした。悔し紛れに大膳は小栗目がけて小柄をを投げる。その時、三浦采女之助が、郡司殺しの証拠の小柄を持参して現れ、大膳一家の謀反の企てが露わになった。小栗は、照手姫を捜し出す為、荒鹿毛に乗って館を去っていくのであった。
<感想>
この場面は、なんと言っても右近丈の鬼鹿毛を静める場面は、見応えがあって凄いです。3列目だったので、その迫力が凄くてびっくりでした。馬役の方も大変だったと思います。馬の動きが凄く良く現れていて、本物の馬みたいでした。たまに、おちゃめな仕草をする時もあって可愛かったです。笑也丈が初演の時、馬の後ろ足だったそうですが、運動神経が発達していないと出来ませんと話していました。確かに凄かったです。ここの場面は、お客様も声を上げて見とれていましたよ。碁盤乗りは、上方の芝居に伝わる技法を生かしながら、映画『E・T』の空中を駆ける自転車から想を得たそうですよ。
『二幕目 第一場 近江国堅田浦浪七住家の場』
漁師浪七 市川 段治郎
女房お藤 市川 門之助
鬼瓦の胴八 市川 猿弥
馬士膳所の四郎蔵 市川 延夫
漁師瀬田の鯛蔵 市川 欣也
照手姫 市川 笑也
矢橋の橋蔵 市川 右近
ほか
<あらすじ>
ここは、琵琶湖の堅田浦にある漁師浪七の家。女房お藤には、身持ちの悪い鬼瓦の胴八という兄があり、今日も、借金取りに追いかけられる。今日胴八は、悪党仲間の膳所の四郎蔵から、馬借の親方黒駒の勘兵衛が照手姫を探しているという話を聞き、自分も探すことにして手付けの金を受け取る。義弟の浪七は、元は姫の許嫁小栗判官の家臣で美戸小次郎武継という侍であった。これを手掛かりにして姫を捜し出し、金儲けをしようと、悪事の算段が始まった。
浪七が漁から戻ってきたのを見計らって、胴八が照手姫を捜し出し、褒美の金を貰おうと持ちかけると浪七は、意外にも旧主を裏切ってもよいと、胴八から手付け金を貰った。小判には極印が付けて合った為、将軍家の金蔵から盗まれたものだと判断した。座敷に一人残った浪七は、当たりを気にしながら畳を上げる。床下からは、浪七に助けられた照手姫が現れた。浪七は、過去の過ちから、忠義を立てて帰参を願うつもりであった。女房のお藤にも、心の内を明かさなかった。
その様子を覗き見していた胴八は、四郎蔵と計って、仲間の八橋の橋蔵を偽の代官に仕立て、にわか芝居で浪七を追いつめようとした。全てを浪七に見破られた胴八は、隠れていた照手姫を見つけ出し、留めるお藤を出刃で刺して去っていった。浪七は、瀕死のの女房を介抱しようとするが、お藤は夫に忠義を立てさせようと、兄の後を追うようにと言う。浪七は、来世でも夫婦になろうと約束をし、胴八を追って行った。
<感想>
この場面は、門之助丈のお藤が良い味を出していました。段治郎丈はすっごく素敵でしたよ。猿弥丈はこういう役あっていますね。特に面白かったのは、右近丈が出てくるのですがまあ見てのお楽しみと言ってはなんですが、爆笑でした。猿弥丈とのにわか芝居を作っている時の、お二人がめちゃくちゃ面白かったです。ここの右近丈は、見てのお楽しみとして、にわか芝居のさいちゅう、段治郎丈は真ん中でじっとそのやり取りを聞いているのですが、笑わない姿が痛々しかったですよ。だって、場内大爆笑なのに、段治郎丈は笑わないから。門之助丈と段治郎丈の夫婦役って多分始めてだと思いますが、良かったですよ。最後、段治郎丈扮する浪七に、忠義を立てさせようとする思いは、門之助丈の演技が光ってました。そして、忘れてはいけない右近丈。
この場面での、右近丈語録です。
「送金は、後でメールで」
「なんだ失敗か・・・。花形歌舞伎見ようと思ったのに」
ここからは花道での台詞
「なんで小栗をやる役者がこんな格好を・・・。昔やった人がいるって資料質の文献にもあるそうで・・・。師匠は、古いことを調べるのが好きで・・・」
と、いきなり
「俺だって出来るぞ。イナバウワー」
「名前がウコンバウワー」(と、言って2回目)
「わしにだって反れるわい。はよ金メダルくれ」(と、金メダルを出す)
「は~これでは、第2部までもたん。さっき御贔屓さんから貰ったドリンク剤を飲もう」
(と言って、懐からドリンク登場)
「ウコンの力」(と、言ってグビッと飲んで、空きビンを客席へ)
この時のお囃子もちゃんと「ウ~コ~ン~の~力♪」と言っていました。
「よお~し、第2部では顔真っ白に塗って格好いい小栗になって、頑張るぞ」
と、上機嫌に花道を去って行きました。
この時の舞台上は、完全に固まっていましたよ。まさに、右近パワー。是非是非、ここの場面では笑って下さいね。
書いていても、思い出し笑いをしてしまいます。う~ん。楽まで1部は観劇できないのが悲しい・・・。
『第二場 同 浜辺の場』
姫を押し込めた葛籠を背負った胴八は、小舟で夜の湖水に漕ぎ出した。胴八に頼まれて邪魔をする漁師達を振り払い、湖岸から必死に呼び止める浪七。舟は追い風を受けて遠ざかるばかり。万策つきた浪七は、自分の命と引換に龍神へ祈誓して、神風によって舟を戻そうとする。浪七の必死の願いが通じ、奇跡的に舟戻って来る。浪七は姫を救い出し、苦しい息で、小栗から勘当が許されるように頼むと、姫を一人舟に乗せ、瀬田に向けて遠ざかるのを見送る。浪七は、ついに力尽きいきたえるのだった。
<感想>
もうこの場面は、段治郎丈の主役でしょう!!見応えありですよ。ただ、私的にちょっと長すぎると思ったのは私だけでしょうか?まあ、それはさておき、凄まじかったですよ。浪七が照手姫を守ろうとす気持ちが。その気持ちを知っている、女房お藤の思いが切なかったです。来世でもきっと結ばれることでしょう。
と、1部はこんな感じです。結構見所が沢山あって良いですよ。私は残念ながら、1部は2回しか観劇しませんが、何回見ても良いですよ。
さて、2部は後日改めて書きますね。
しばしお待ちを・・・・。

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

PARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」(パルコ劇場)
こんな記事が載っていました!!
◇染五郎が矛盾だらけの剣豪好演
「高田馬場の決闘」に題材を取った三谷幸喜作・演出の新作。
中山安兵衛(染五郎)は、大工の又八(勘太郎)ら長屋の人々の情けにすがって生きていた。すねて酒びたりで、叔父、六郎左衛門(錦吾)が託した手紙も見ようとせず、旧友の右京(亀治郎)には、堕落の原因を問いつめられる。しぶしぶ読んだ手紙には、果たし合いに向かう叔父の胸中が記してあった。安兵衛は仲間に激励され、果たし合いのある高田馬場へ向かう。
回り舞台を効果的に使い、簡略化した装置で舞台はスピーディーに展開する。
落ちぶれた男が、周囲の励ましで再生する。最初にダメさ加減を印象付け、後半はすっきり……となるなら定石通りだが、助太刀を決意してからも、周りに押され気味のところが、常のヒーローとは異なる。染五郎は、情けないが愛される剣豪という矛盾だらけの人間を軽やかに見せた。2役が中津川祐範。
亀治郎が、模範的にすぎ、かえって力み具合が周囲とずれて見えてくる、まじめ武士を巧みに見せる。しつこい求婚者堀部ホリ、情けない敵役、村上庄左衛門の3役どれもが粒だっている。
勘太郎が、安兵衛を愛するあまりに、ふがいなさにいらだち、方向を見失う気のいい大工を活写した。2役は老け役の堀部弥兵衛。
萬次郎の気の若い老婆おウメがおもしろい。高麗蔵、宗之助の夫婦、橘太郎の腕の悪い医者など、登場人物に個性と逸話があり、「七人の侍」ばりにそれぞれが活躍、好演。長唄方、囃子(はやし)方、竹本が舞台に合った演奏を聞かせるのも好趣向。

↓読んだら、ポッチと押してください!↓



『歌舞伎風(フゥ~)』 ←スクラップブック作成しました!!

