さて。
子供(小学校高学年~高校生)達と、大人達のクリエーションの場を袖で見ながらいろんなことを考える
大人達のテンションを子供は見ている
大人達のクリエーションに対峙するその人のクオリティが子供に映し出される
自分らが今向き合っているものへの取り組み方の尺度といってもいい
そのクオリティやテンションをおしつけるという話しではなく
子供の目線をもち、自らの身体も子供の探究心をもち、ただしクリエーションにおいて必要な厳しさも合わせてゆく
昨日までシアタートラムで上演していた「タカセの夢」の振付・演出のメルラン・ニヤカムさんは
そうやって子供達の生命まで劇場ごと躍動させていく
幸せな出逢いだ
そう ニヤカムさんは
生命の躍動を吹き込んでいるのだ
そういう喜びを知ること
それを産むための苦悩や苦しみ 堪えなきゃならないこともあること
そこに 感謝があること
いろんなものと向き合って闘っている大人のポジティブなエネルギーは子供は感じる
プレッシャーのかからぬように
子供のやりやすいように…?
やりやすいような環境づくりをすることと
やりやすいように「やさしく」することはまるで意味が違う
よそんちの子供をお世話するのは大変で難しいのはわかる
ただクリエーションはお世話とちがう
大人が闘いを避けてしまえば
子供は「やさしさ」ではなくその「弱さ」を見る 判断のベースにしてしまう
再び言うけど
ニヤカムさんは いわゆる厳しい訳ではない
あふれんばかりのポジティブエナジー
子供の目線で
自らの身体も子供の発露でクリエイションする
ただ彼がクリエイターとして闘ってきた れっきとした判断と
感謝をもとにした 彼の大いなる愛をもって
生命が子供達と向き合っているのだと思う
闘うのをさけて
そういうもんだと 自分のテンションもままならないで
あたかもそういうものがやさしさだとか ゆとりだとか
テレビを中心として
テンションのない大人達がくだらない価値判断をして
それを子供はみてる
大人は…
続きは、PART2にて。
子供(小学校高学年~高校生)達と、大人達のクリエーションの場を袖で見ながらいろんなことを考える
大人達のテンションを子供は見ている
大人達のクリエーションに対峙するその人のクオリティが子供に映し出される
自分らが今向き合っているものへの取り組み方の尺度といってもいい
そのクオリティやテンションをおしつけるという話しではなく
子供の目線をもち、自らの身体も子供の探究心をもち、ただしクリエーションにおいて必要な厳しさも合わせてゆく
昨日までシアタートラムで上演していた「タカセの夢」の振付・演出のメルラン・ニヤカムさんは
そうやって子供達の生命まで劇場ごと躍動させていく
幸せな出逢いだ
そう ニヤカムさんは
生命の躍動を吹き込んでいるのだ
そういう喜びを知ること
それを産むための苦悩や苦しみ 堪えなきゃならないこともあること
そこに 感謝があること
いろんなものと向き合って闘っている大人のポジティブなエネルギーは子供は感じる
プレッシャーのかからぬように
子供のやりやすいように…?
やりやすいような環境づくりをすることと
やりやすいように「やさしく」することはまるで意味が違う
よそんちの子供をお世話するのは大変で難しいのはわかる
ただクリエーションはお世話とちがう
大人が闘いを避けてしまえば
子供は「やさしさ」ではなくその「弱さ」を見る 判断のベースにしてしまう
再び言うけど
ニヤカムさんは いわゆる厳しい訳ではない
あふれんばかりのポジティブエナジー
子供の目線で
自らの身体も子供の発露でクリエイションする
ただ彼がクリエイターとして闘ってきた れっきとした判断と
感謝をもとにした 彼の大いなる愛をもって
生命が子供達と向き合っているのだと思う
闘うのをさけて
そういうもんだと 自分のテンションもままならないで
あたかもそういうものがやさしさだとか ゆとりだとか
テレビを中心として
テンションのない大人達がくだらない価値判断をして
それを子供はみてる
大人は…
続きは、PART2にて。
