「神舞の庭」の公演&稽古で宮崎に滞在して3週間
2日offでようやく実家へ
とある出来事があったり その後モメたりで足が遠くなって 体感7、8年ぶりだと思っていたが
ちゃんと数えてみたら12年振りだった
何とも親不幸な限り
さすがに気まずさがあるかと思ったが
両親は拍子抜けするほど全くの通常運転
ありがたい限りである
日も暮れ 母が夕食の準備を始めた頃
父が
「良子にも声かけたかい」 と
良子、 というのは 父の妹であり
俺の 実の母でもある
実の父親は家庭を省みず放蕩三昧
パチンコ 麻雀 公営ギャンブル そして愛人の所へ
果ては借金の取り立てからあちこち逃げ回る
そのすべてに何故か俺だけを連れ回った
いよいよ追い詰められて 一家夜逃げしたところ
現父が「一家心中のおそれあり」と
捜索願いを出し保護 留置所で一晩を過ごすことに
覚えちょらんかも、言われたことはあるが
実は断片的な映像として ほぼ全て記憶に焼き付いている
結局両親は離婚 生活能力は無く
俺5歳 弟3歳 二人は子供のいなかった現父母に養子として迎え入れられた
現父は長男=本家 行くあてのない前母は「出戻り」として実家に戻り
同じ屋根の下に母が二人と言う 奇妙な関係が始まることになる
「おばちゃん」と「母ちゃん」が
小学校入学を機に
「お母さん」と「母ちゃん」になり
お互いの前でそれぞれを呼ぶことは
現母の厳しさとプレッシャーで次第にできなくなり
前母も 母親として接することを許されず
しばらくして出て行ってしまった
それから前母は
親戚を頼って大阪で夜働いたり
再婚したりはしたものの
縁がないのか 運がないのか
出ては戻り 戻っては出を繰り返し
俺が高校卒業したあたりで
現父母が近くに家を建て
祖父母の離れをリフォームしたのを機に
祖父母と住むことで
ようやく地元に腰を落ち着けた
そして現在
助け合いの精神の残る小さな地域で
長年一緒に生活してきたこともあるだろう
今は こうやって普通に 一緒に
他愛のない会話をしながら食事もしている
断っておくが
今はどちらが好きとか嫌いとかはない
間に色々あったが
俺にとっては
二人とも大事で愛すべき母親なのだ
そうして食事も終わり
一段落したところで
前母「そろそろ帰ろかね」
俺 「じゃ 送っていこか」
現母「おお、行ってきな」
歩いて約15分くらい
暗い田舎の道を
ライト一つで並んで歩く
最近太ってきたからウォーキングを始めた事や
俺の同級生がこの近くに店を出したこと
など話しているうちに
ふと しばらくの間会話が途切れた
「.......そういやあ、こうやってお前と並んで歩くの初めてやね」
少しうわずった声でこういった
「...そうやね」
「そうよ。.....あぁ....うれしわー、ほんとうれしー、こんなうれしことはない」
「いやぁ..」
と顔を向けると目を真っ赤に泣きはらしながら歩いている
そしてこう続けた
「...今まで、あんなことは、絶対、言ってくれんかった」
そう
母親として接することを許されなくなって47年
何もかも内緒にしなければいけなかった
二人で話しているの見られるのも憚られた
「おお、行ってきな」
何の引っかかりもなく
本当にごく自然に出てきた言葉だった
どれだけ待ったんだろう
どれだけ気を使ってきたんだろう
計り知れないこの長い月日の中で
ようやく
2人で散歩する
ごく当たり前のような
母子の関わりを赦された
そんな思いが堰を切ったように
溢れ出てきていた
「ほんともう思い残すことはない。これで冥土の土産ができたわ」
「いや、それはまだ早いから」
などど言いながら
最後には満面の笑顔でハイタッチなんかして別れた
宮崎公演の最終日
この2人は 友達1人連れて
仲良く観にやってくる
波乱に満ちていたが
この出来事が
ほんの少しでも 穏やかに生活できる役に立てたのなら......
が
話はここで終わらなかった
時は流れ
宮崎公演の最終日の終演後
俺は朝から落ち着かず
「受付の誰かに声をかければ楽屋まで連れてきてあげるから」
と実家に電話をかけ
観に来てくれる同級生には
「受付に声をかけるか母を見かけたら一緒に楽屋に来てくれれば」
と言っておいた
で 先に同級生二人やってきた
しばらく話をしていたが
なかなか母達はやってこない
受付からも連絡が来ない
俺「母達と会わんかった?」
同「私ら最後の方に出たからもういなかったけど」
ひょっとしてバスの時間があって慌てて帰ってしまったのか
現母に電話をかけてみる...出ない
前母に電話をかけてみる...出ない
と 前母から折り返しが掛かってきた
「どこにおると?」
「まだおるよ」
「どこ?」
「3階」
...3階....?
公演のあったイベントホールは入口は2階だが3階はない
地下を含め3階だと思ってるのかとイベントホールの入り口まで来たがいない
「どこよ?」
「なかにおるよ」
「....なか?」
...じゃ建物内か
1階のエントランスにも行ってみるが
いない
同級生二人もついてきてくれている
隣のホールでは「神楽フェスティバル」
をやっている
.....ん?
再び2階に上がり
「なかってどこよ?」
「なかはなかよ。まだやっちょるやろ?」
.....ん!?
「わかった、じゃいっぺん受付のところに降りてきてくれる?」
「わかった」
で俺は隣のホールの受付の外から中を覗き込んだ
頼むから、
頼むからここから姿を見せないでくれ...!!
すると
1人の老婆が ゆっくりと
携帯を耳に 「3階」から降りてくるのが見えた
俺は文字通り膝から崩れ落ち
同級生二人は大爆笑
そう
3人は俺の芝居の方ではなく
「神楽フェスティバル」を観ていたのだ
「おー、もう出番終わったと?」
...まだ言うか
残り2人も呼んでもらった
80代3人の旅
初めて観るのと20年ぶり観るのと
実家に帰った際 それが心配で何度も工程をシュミレーションして無事に到着できるよう話しておいた
よもやゴール直前で.....
確かに
・「神舞の庭」(神楽の村の話だよと伝えておいた)→「神楽フェスティバル」
・13時半開場→13時半開演
・「イベントホール」→「演劇ホール」
人の流れと「神楽フェスティバル」の看板
「受付で名前言ってくれればチケット渡してもらえるから」
...その通り受け付けて名前言ったら
「神楽フェスティバル」の方は無料で
コロナ対策で関係者のみの入所となっていて
一瞬受付の人に怪訝な顔をされたが、偉い(と思われる)人が来て 関係者として3階に案内されたらしい
まるで奇跡のようないざない
俺が隣で舞台に出ている頃に 3人は
「...あれがツヨシかねぇ、仮面かぶっちょるけど、あの白髪はほら...でもちょっと肥えちょるねぇ」
などと言いながら3時間以上
俺の出るはずのない神楽を観続けていたらしい
間違いなく俺のボケっぷりは
この二人の母親から受け継いでいる
改めて確信した
お互いの目線で時系列で考えていくと笑いしか出てこない
「ありゃ〜観れんかったねぇ〜、でもいい冥土の土産話になったわ」
こんな短期間に二つも土産話ができたか
いやそれよりも落ち着かなかった俺の1日を返してくれ
とは言わなかったが
まさかこんな壮大なオチが用意されていようとは
幸いちょうど劇場の課長さんがいらしてくれて次週の延岡公演の手配をしてくれた
今度はもう少し長い電車での3人旅
課長さんが改めて作成してくれた時刻表
電話で説明するだけでは余りに不安で
結局 その紙1枚を直接渡して直接説明するためにもう一度帰省した
まぁあの歳になると 遠出も少なくなるらしいので
ちょっとした旅行を楽しんでくれればいい
2度目のオチはいらんけどね