忙しさにかまけて、更新の間隔があいてしまいました。
申し訳ございません。
今日は、「”愛情を持って干渉を適度に抑えたコミュニケーション”
を行うために必要な考え方」です。
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「干渉をしないというのは難しい」と思っていらっしゃる方は多いかもしれません。
どこまでが干渉で、どこからが干渉ではないのか、
その判断基準が分からない方もいらっしゃることでしょう。
この問題は、干渉について直接議論すると正しい結論が出ない場合もあります。
「なぜ干渉する必要があるのか」という視点に立って考えなければなりません。
さて、それでは皆さんで考えてみましょう。
なぜ干渉する必要があるのでしょうか?
いろいろな意見があると思います。
考えているうちにまとまらなくなった方もいらっしゃることでしょう。
複雑に考え出すと、きりがありませんよね。
そういう場合は、原点に返ってみましょう。
当たり前の答えでよいのです。
当たり前のことが一番大事ですしね。
さて、なぜ干渉するのでしょうか。
もちろん、子供のためですよね。
子供が大人になるために、教育するために、ですよね。
では、教育の目的は何でしょうか。
他人に迷惑をかけないため、とか
分別がつく大人になるため、とか
いろいろ出てくると思いますが、
それらの最大公約数的な答えを挙げれば
「子供が自立する力を付けるため」では無いでしょうか。
大人はいつまでも子供の世話をすることは出来ません。
いずれは自立してもらわないと大人と子供の双方とも困ってしまいます。
では、自立をするためには何が必要なのでしょうか。
その事を考えるためには、「自立とは何か」について考えなければいけません。
自立とは、「他の助けや支配なしに自分一人の力で物事を行うこと」と、辞書に書いてあります。
他人の助けや支配無しにということは、自らが考え、決定していくことが必要です。
ということは、子供が自らが考え、決定していく機会が
多くなればなるほど、自立を早めるということになります。
----続く----