忙しさにかまけて、更新の間隔があいてしまいました。

申し訳ございません。
今日は、「”愛情を持って干渉を適度に抑えたコミュニケーション”
を行うために必要な考え方」です。

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「干渉をしないというのは難しい」と思っていらっしゃる方は多いかもしれません。
どこまでが干渉で、どこからが干渉ではないのか、
その判断基準が分からない方もいらっしゃることでしょう。

この問題は、干渉について直接議論すると正しい結論が出ない場合もあります。
「なぜ干渉する必要があるのか」という視点に立って考えなければなりません。

さて、それでは皆さんで考えてみましょう。
なぜ干渉する必要があるのでしょうか?

いろいろな意見があると思います。
考えているうちにまとまらなくなった方もいらっしゃることでしょう。
複雑に考え出すと、きりがありませんよね。

そういう場合は、原点に返ってみましょう。
当たり前の答えでよいのです。
当たり前のことが一番大事ですしね。

さて、なぜ干渉するのでしょうか。
もちろん、子供のためですよね。
子供が大人になるために、教育するために、ですよね。

では、教育の目的は何でしょうか。
他人に迷惑をかけないため、とか
分別がつく大人になるため、とか
いろいろ出てくると思いますが、
それらの最大公約数的な答えを挙げれば
「子供が自立する力を付けるため」では無いでしょうか。

大人はいつまでも子供の世話をすることは出来ません。
いずれは自立してもらわないと大人と子供の双方とも困ってしまいます。

では、自立をするためには何が必要なのでしょうか。
その事を考えるためには、「自立とは何か」について考えなければいけません。

自立とは、「他の助けや支配なしに自分一人の力で物事を行うこと」と、辞書に書いてあります。
他人の助けや支配無しにということは、自らが考え、決定していくことが必要です。

ということは、子供が自らが考え、決定していく機会が
多くなればなるほど、自立を早めるということになります。

----続く----

連続投稿です。
今日は、「成績の良いお子さんたちに共通する特徴は何か」です。

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もちろん、お子さんの成長に保護者との関係は
とても大事であることは、誰もが認める事実です。

ただ、特に大事だと思ったのがコミュニケーションなんです。
どのようなコミュニケーションをしているのか。
質と量がとても大事であると感じたのです。

そう感じたのは20代前半の頃で、
その当時は「質の良いコミュニケーションを取っている」
ぐらいにしか理解できなかったのですが、
退社後に心理学を勉強することで、かなり明確になってきました。

では、ここで心理学について少し触れておこうと思います。
21世紀は心の世紀と言われていて、
心に関する研究が大きく進歩するだろうといわれています。
ただ、それを引っくり返すと、現在はまだ未開発な分野であるということです。
そのような中で、「これは正しいだろう」と
私も思うものを一つ紹介いたします。

現在の心理学では、親子の関わり方において
最良であるといわれる関係があります。

「愛情」と「干渉」の2つの大小によって4つのグループに分けられます。

1つ目は、「愛情」と「干渉」が共に大きいグループです。
これは、一言で言えば「過保護」であるグループですね。
愛情はあるので子供はその気持ちに応えようとし、
礼儀正しく育つ傾向にあるのですが、
干渉をするので、子供が自ら考える部分は少なくなり、
結果として保護者などへの依存度は大きくなります。

2つ目は、「愛情」は小さく「干渉」が大きいグループです。
子供の将来のことをあまり考えずに干渉してくるので、
子供は保護者と正面から向き合うことが難しくなります。

3つ目は、「愛情」は少なく、「干渉」も小さいグループです。
一言で言えば「ほったらかし」になっているグループですね。
子供から何を投げかけても保護者の反応が薄いので、
反応を求める行動を続けるうちに攻撃的になっていきます。

4つ目は、「愛情」は大きく、「干渉」は少ないグループです。
愛情が深いので子供はその事実に満足し、
干渉が少ないので、子供は自分が思うように行動することが出来ます。
しかも、どうして良いか分からなくなった時に振り返れば、
愛情に満ちた保護者の姿があるとなれば、
子供も安心して外の世界に踏み出すことが出来ます。

以上、「愛情」と「干渉」という面から分析すると、
4つ目に書いた、愛情に富み、干渉を適度に抑えるグループが
子供にとっては最も適当であることが分かります。

もちろん、この条件がすべてのお子さんに当てはまるわけではありません。
ご家庭やまわりの環境に余り左右されないお子さんもいるので、
上で述べたことが100%当てはまるとは限りませんが、
周りの環境、特にご家庭の環境に左右されるお子さんが多いことは確かです。

さて、長々と説明いたしましたが、
私の思う「質の良いコミュニケーション」とは、
「愛情を持って干渉を適度に抑えたコミュニケーション」
の事なのです。

(続く)

藤原和博氏講演会の日記を読んでいただいた方々、
長々とどうもありがとうございました。
ここからしばらくは、私の意見を述べていきたいと思います。

現在の子供を取り巻く現状に関しては、
藤原先生とほぼ同じ視点を持っています。

それでは、大部分は藤原先生の視点と同じなのですが、
私の視点を今までの体験を通して記していきたいと思います。

これも、前述の講演会の記述と同様、相当長くなることが予想されます。
気長に書いていきますので、見ていただいている方もどうぞ気長に眺めていてください。
コメントも大歓迎です。思ったことがあれば、どんどん書き込んでくださいね。


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大学在学時より、教育業界を目指していましたが、
公教育に興味はありませんでした。
生徒を見ていて、一斉に指導することに違和感を感じていたからです。
また、公教育に興味がある人は大勢いますので、
私が公教育にいかないといけない理由もありませんでした。

そこで大事なのは、市場調査です。
現在のお子さん方がどのような環境なのか。
家庭環境はどうなっているのか。
地域によって差はあるのか。

そういった部分を市場調査する場合、
数字だけで推し量ることは不可能です。
つまり、自分で見て回るしかない、そう思っていました。
実は、その調査を行った方がいらっしゃって、
その結果が2003年に一冊の本になったのですが、
それはまた後日お伝えしたいと思います。
(書き出しが遅れたのは、その本を読みふけっていたからです)

そこで、教育関係の営業をやることにして、とある会社を受けました。
2chでは相当叩かれていた会社(離職率が高い)でしたが、
私はその会社しか受けませんでした。
多分、後にも先にもこの会社しか受けなかったのは
私一人なのではないでしょうか。

そして入社して3年。少なく見積もっても千組以上の
高校生とその保護者とお会いし、お話しすることが出来ました。
そこで強く感じたのは、
「子供の学力と親子の関係との間には関係がある」
ということです。

----続く----

たった2時間の講演会でしたが、ここまで9つに分けて書いたとおり、
内容はかなり濃いものでした。

ただし、気になったのは⑨で書いたもう一つの質問。
そして、終わった後でのロビーにおける、とある親子の会話です。

会場の外にあるロビーでアンケート用紙に記入していると、
小学生くらいの子供とお母さんが何やら会話をしているようです。
ただ、お互いは相対することなく、子供はゲームに夢中。
それを特に咎めることなく見つめるお母さん。

そして、お母さんが一言。
「ゲームは長時間したらいかんらしいよ~」
子供は”ヤバイ!”という顔をしつつも、持ち直して一言。
「いや、大丈夫って。」
それに対して、お母さんは何もおっしゃいませんでした。

このお母さんや、⑨で書いた、質問をされたお母さんを批判するのは簡単です。
戦後教育の歴史を紐解いて、原因を探し出すことも可能でしょう。
しかし、それだけでは問題は解決しないと思います。
現状を踏まえた上で、実行可能な解決策が必要です。

さて、それでは、私の思う解決方法とは何か。
それについて来週より述べていきたいと思います。

長文ですので、どうぞ気長にお付き合いください。

①~⑧の本編の後で、質問を受け付ける時間がありました。
2人だけということでしたので、真っ先に手を挙げました。

ただ、手を挙げた時点では質問はありませんでした。
無かったんですが、とりあえず手を挙げました。

実は、講演の中身で聞きたいことはありませんでした。
それだけ理路整然としていて、かつ理論が完結していて、
「中学校の校長」という立場から考えれば穴の無い理論でした。

手を挙げて当てられるまで、頭の中は質問を考えることで精一杯。
中身で聞きたいことは無いかな‥?‥無い。
では、講演内容外のことについて聞けば良いですね。
というわけで、質問内容は「まだ出来ていないこと。これからしたい事は?」

それに対して、藤原先生は「現在自分が行っていることを、
どの中学校でも出来るようにしたい」とのこと。
実際、福岡の中学でも世の中について考える
「よのなか科」の授業は行われています。

ただ、私が本当に聞きたかったのは、
お話になった理論自体に穴があると思っているか否かです。
回答を頂いた時の藤原先生の姿勢から、
現在の和田中学のシステムはある程度完成されたものだと
捉えていらっしゃるように感じました。


もう一人は、お子さんを連れたお母さんからの質問でした。
質問内容は「子供をやる気にさせるために来たが、
先生の話を聞いてもやる気にならない。
子供のために、やる気になる言葉を掛けて欲しい」というものでした。

‥‥この質問についての意見はまとめて後述します。

この質問に正面から答えることは出来ませんので、、
藤原先生は「子供になぜ勉強するかということをどう伝えるか」
という回答をされました。

藤原先生は、「クレジットレベルを上げるためだ」と考えていらっしゃって、
生徒に対しては「信頼される大人になるため」と説明しているそうです。
これは、著書「「ビミョーな未来」をどう生きるか」にも書かれています。

クレジットとは、もちろんお金のことではなく、それに足る信頼の事です。
信頼されることで、自由や選択肢を勝ち取ることが出来ます。
ですから、中学生に自由が無いのは当然のことです。

----ここまで----

質問の回答だけで一つの日記になってしまいました。
現在、私が思うことを書いていますが、

こちらもかなり長文になりそうです。


みなさん、どうぞ気長にお付き合いください。

今日は、教育とどう向き合って行けばよいかについての3つめ。
「地域社会を考える」です。

ちなみに、これは「講演会のレポート」ですから、
私の主張と少々違う部分でも、「こう思う」と書いています。
これは、私から見た藤原先生の意見であるという点をご承知ください。

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最初に断っておきます。
正直、この部分は余り聞いていません。

というのは、どうやら著書で主張している内容と
ほぼ同じ内容のことを繰り返されていて、
後で著書を読み返してみれば良いと判断したのが一つと、
もう一つは「質問、何にしよう?」と考えていたからです。

正直、中学校の校長という視点から見ると、
ほぼ完璧に見える内容です。
それに、問題提起をする原点がかなり私と似ているので、
根本の質問をしなくても良かったのも、質問を思いつかない理由でした。

とは言っても、全く聞いていないわけではありませんので、
あらすじを書いておこうと思います。


昔は「地域社会」が機能していましたが、
現在では全くといってよいほど機能していません。
それが、子供の成長を大きく阻害しています。

友達同士の関係を「ヨコの関係」
親子の関係を「タテの関係」とするならば、
それ以外の人たちとの関係は「ナナメの関係」です。
この「ナナメの関係」こそ、子供たちを豊かに育てる源なのです。
さまざまな人と接することで価値観の多様さを知り、
世の中の大きさを知ることが出来るのです。

そこで、学校内で「ナナメの関係」を取り戻す運動をしています。
地域の人たちに学内に入ってもらい、新たなコミュニティを作るわけです。

例えば、藤原先生が校長を務める和田中学では、
図書館に大量の漫画本を置いています。
(この漫画本は、藤原先生がすべて目を通したそうです)

さらに、じゅうたんを敷いて、図書館の中で寝転びながらでも
見ることが出来るようにすることで、子供たちの居場所の一つとなっています。
そして、放課後には司書さんではなく、地域の方に入ってもらうわけです。

そうすると、子供たちは地域の方と会話する機会を得、
そこから「タテの関係」や「ヨコの関係」では話すことが出来ないような
悩みなどについて話し、地域の方も学校では習わないような話を
子供たちにしてあげることが可能です。

また、土曜寺子屋、通称「ドテラ」を行っています。
これは、授業以外でも勉強したい子供たちのために、
教育業を目指す学生を土曜日に呼び、対応してもらおうというものです。
これにより、学校の先生以外の方から勉強を教えてもらうことが出来るようになりました。

このように、学内に「地域本部」を設け、100名以上のボランティアをネットワーク化し、
前述の他、芝生や中庭など学内のグリーンキーピングなどを行っています。

最後に、和田中学では「よのなか科」という授業を行っています。
世の中のさまざまな事項にスポットライトを当て、
答えが一つではない事柄について考えていきます。

TVでは、その内容がいくつか放送されていましたが、
その中の一つに「ホームレスについて考える」というものがありました。
ホームレスについてイメージを生徒同士で自由に言ってもらい、
さらにホームレスの方に教室内に入ってもらい、
色々なことを聞いていきながら、皆で考えていくという内容でした。

ここでも地域の方々に参加してもらい、生徒と一緒になって考えていきます。
「ナナメの関係」がここでも発生するわけですね。

----続く----

非常に長い文章に付き合っていただき、ありがとうございました。
ここまでが講演の本編です。

明日は、講演での質問と講演後の話です。
引き続き、お付き合いの程よろしくお願いします。

今日は、教育とどう向き合って行けばよいかについての2つめ。
「家で出来る、親と子の会話」の続きです。

ちなみに、これは「講演会のレポート」ですから、
私の主張と少々違う部分でも、「こう思う」と書いています。
これは、私から見た藤原先生の意見であるという点をご承知ください。

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新聞紙を折り曲げる話をしましたので、そのネタをもう一つ。

今、新聞紙を3回折り曲げました。
1回折り曲げるごとに厚みは倍になっていくのですが、
これを100回繰り返すと‥って、それは絶対に不可能です。
あと数回も出来るかどうか分かりませんが、出来たとして、
100回繰り返したら、どれくらいの厚みになるでしょうか?
ちなみに、紙の厚みを0.1mmとします。

1. 会場の天井くらい
2. 福岡タワーくらい
3. 富士山くらい
4. 月よりも向こう側まで行く

会場の子供のうちの一人は「1m位かな?」と言っていました。
これ、数学が得意な人はピンと来ると思うのですが、
指数・対数の世界の話ですね。2の100乗はいくらかという問題です。

ここで、会場に1~4のいずれと思うかというのを聞かれましたが、
一番多かったのが3ですね。子供たちだと、1か2が多かったです。
4は結構少なかったですね。私は自信を持って4に手を挙げたのですが、
それが妙に目立ってしまいました。
(後で藤原先生より私が数学の先生であることを当てられました)

さて、答えは「4」。月の裏側などでは終わらず、
銀河系の大きさを遥かに超えてしまいます。¥


このように、身近にある物を題材にして、
子供たちにいろいろと考えさせることが出来ます。
これを繰り返すことで、
①コミュニケーション力の低下を食い止める
②思考を停止させる社会から抜け出す
③情報編集力(正解が一つではない状況を解決する能力)をつける
ことが出来るのではないでしょうか。

----つづく----

明日は、「地域社会が出来ること」です。

今日は、教育とどう向き合って行けばよいかについての2つめ。
「家で出来る、親と子の会話」です。

ちなみに、これは「講演会のレポート」ですから、
私の主張と少々違う部分でも、「こう思う」と書いています。
これは、私から見た藤原先生の意見であるという点をご承知ください。

----ここから----
2つめは、親子の会話です。

①コミュニケーション力の低下を食い止める
②思考を停止させる社会から抜け出す
③情報編集力(正解が一つではない状況を解決する能力)をつける

の3つを踏まえ、親子の会話を組み立てていきましょう。

ここで大事なのは、、子供に分かりやすく、興味を引かせるような内容で伝えることです。
「新聞を読め」だけではダメ。それでは誰も読みません。

それでは、どのように話をすればよいのか。
「新聞」を例に挙げて話をしてみようと思います。


新聞は書籍サイズまで折り曲げると、大体新刊書籍と同じページ数になります。
‥と一言で言ってしまってはダメ。一つずつ質問していきましょう。
コミュニケーションしながら、子供に考えさせます。
こちらが知識を一方的に伝えるのではなく、
子供に考えさせ、発見させる事が目的です。

ちなみに、新聞は30ページです。これを2つに折り曲げる作業を
3回すると、240ページになります。
これは、新刊書籍のページ数と大差ありません。

次に、値段の対比を考えてもらいます。もちろん、ここでもしっかり質問。
書籍だと1冊当たり千円~千五百円なのに対して、
新聞は一ヶ月で3500円位ですから、一日当たり120円位。

さて、なぜこんなに違いがあるんだろう?
この質問を子供に投げかけます。
もちろん、正解が出なくても良いんです。
考えることが大事。

正解は、「広告が入っているから」
新聞は上から15等分(15段、という)されていますが、
この1段当たりの広告費は(全国紙で)約150万です。
(もちろん、ここも質問します。「いくらと思う?」という感じで)

ということは、一面広告(15段広告ともいう)をすると、
1500万円かかる計算になります。
もちろん、時期により広告の金額は変化しますが、
大体これくらいです。

そして、第三種郵便の決まりとして、全紙面の半分までしか
広告を掲載することが出来ません。ほとんどの新聞社は
この規定ギリギリまで広告を掲載するので、ここから
新聞社の収入を計算することが可能です。

例えば、ある新聞社の発行部数は約800万部。
30ページの半分が広告で、それが約360日(休刊日あり)ですから、
計算すると、約64京8000兆円!
購読費は、一人3500円×12ヶ月×800万部=3360億円。
こうなると、広告費から考えると購読費なんて微々たる物です。

さて、どうでしょう?
こう考えると、子供にも新聞が身近に感じられるのではないでしょうか?

----続く----

明日は、「家で出来る、親と子の会話」の続きです。
これは、2週間コースになってしまいましたね‥。

今日は、④で挙げた「TVとケータイを制限する」
の後編、「ケータイを制限する」です。

ちなみに、これは「講演会のレポート」ですから、
私の主張と少々違う部分でも、「こう思う」と書いています。
これは、私から見た藤原先生の意見であるという点をご承知ください。

----ここから----

現在の中学生は「メール中毒」ともいえる程、メールにはまっています。
一日のうちにメールにかける時間は1~2時間です。

例えば、中学生が2時間メールをするあいだに、
何通のメールが行き来するかというと、約200通。
つまり、一つのメールの文章量は多くないんです。

大体、
着信「今何してる」
送信「TV見てる」
返信「何見てる」
送信「○○」

これで、既に4通。ここから、その番組についての話が
永遠と続いていきます。
まるで、独り言の応酬です。
こんな短文のみでは、コミュニケーション力が深まるわけがありません。

そして、このケータイが友人関係を大きく変えました。
メールの返信が遅かったりすると、他のメール仲間から
「ナマ(生意気)じゃない?」と思われ、
翌日の学校で“はぶられる”のです。
“はぶる”とは、村八分からきた新語だそうです。
要は、無視ですね。

しかも、やり方もかなり汚く、無視される人に話しかけるようにして、
実はその向こう側の人と話すのだそうです。
正に、無視される人が見えないかのようなその手法。
これは、やられるとダメージは計り知れないのではないでしょうか。

ここで問題なのは、いじめの源が見えない点。
これでは、先生がいじめの兆候を掴むことが出来ません。
また、いじめる側といじめられる側が固定化されない場合もあるので、
それもいじめの実態を掴みにくくしています。

このように、ケータイはいじめの質を変えてしまいました。
もちろん、メール本体でのいじめもあります。
例えば、「しね」などの一言メールを送るなどですね。

こんな言葉を、直接言うのはエネルギーが要りますが、メールなら簡単です。
しかも、相手が見えないので、言われてどう思うかという想像が出来にくいのも
メールによるいじめを助長しています。

ただ、メール自体は非常に便利なツールですので、
ケータイを持たせれば、メールをしたくなるのは仕方の無いことです。
ですから、ケータイを持つこと自体を制限することが大事です。

もし、家庭状況によりどうしてもケータイを持たせる必要のある場合は、
親がもう一台買い、子供に貸し与えるというのはどうでしょうか。
持ち主が親なら、いつでもチェックできますから。

ただ、親がいくら制限しても、子供たちが持ちたくなる気持ちは抑えられません。
やはり、友人とうまくやって行きたい→友達から無視されたくない
という動機は、子供たちを突き動かすのに十分な理由です。

藤原先生の息子さんも、一時期キャンペーンを張られたそうです。
先生は、「買って」と言われた当日から2年間、
息子さんと一言も話さなかったそうです。
保護者には、それ位の毅然とした態度が必要なのではないでしょうか。

そもそも、現在日本が迎えている「成熟社会」は孤独な社会です。
個人を優先し、各個人がさまざまな方向を向いて進んでいく社会ですから、
個人が一致団結して進んでいく「成長社会」と比べて
孤独になるのは仕方の無いこと。
それに慣れる必要もあります。
ですから、メールを返さなくて無視される状態になっても良いんです。

----続く----

来週は、現状を解決するための対策の2つ目、
「家で出来る 親と子の会話」です。

一週間では終わりませんでしたね。
もう少々お付き合いを。

今日は、①~③までの現状を基に、
教育とどう向き合っていけばよいかについて
おっしゃった部分を書きたいと思います。

ちなみに、これは「講演会のレポート」ですから、
私の主張と少々違う部分でも、「こう思う」と書いています。
これは、私から見た藤原先生の意見であるという点をご承知ください。

----ここから----
今までの現状を踏まえ、具体的にどうすれば良いかということですが、3点あります。

まず、一つは「TVとケータイを制限する」ということです。

TVの平均視聴時間(一日当たり)は、少な目の統計を見ても
2時間15分です(ベネッセの統計より)。
これは、TVのみの統計ですので、ゲームは別です。
ゲームも入れれば、4時間はゆうに超えるのではないでしょうか。
ここでは、間を取って3時間としましょう。

一日3時間を一年で考えれば、3時間×365日=約1000時間です。
これだけの時間がTVに影響されています。

この時間がどれだけの時間なのかというのを、
中学校の授業時間数と比べてみましょう。
中学校では、5教科に年間400時間費やされています。
更に、国語のみだと約100時間です。

TVに1000時間、国語に100時間。
これでは子供たちの国語力は、授業ではなくTVに頼らざるを得なくなりますが、
はたしてTVで国語力がつくのかどうか‥。
しかも、TVを見ている間は、思考的に受身の状態になるので、
前頭葉(主に思考を司る部分)が働きません。
これでは、先に申し上げた「思考を停止させる」状態になっています。

ですから、TVの時間はせめて5教科の時間と同じ、年400時間。
一日当たり1時間15分にまで制限することが大事です。
しかも、内容はニュースや保護者さんが選んだ番組を見せて下さい。

もちろん、毎日同じ時間というわけではありません。
そうしないと、ワールドカップの前半のみしかみれないという事態にもなりかねません。
ある日にまとめて見たら、次の日は見ないなどのメリハリが必要です。

ちなみに、ヨーロッパの中流階級以上では、TVをリビングには置きません。
インテリアに合わないという理由もありますが、
「夕食時にTVを見る人たちは、会話を楽しむだけの教養が無い人」
という考えがあるのも事実です。

----続く----

明日は、「ケータイを制限する」です。
たった2時間の講演でしたが、レポートには本当に一週間かかりそうですね‥