主の平和をお祈りいたします。日本オリベットアッセンブリーです。🕊️

 

現代、世界のキリスト教を取り巻く状況は、大きな変化の中にあります。欧米諸国で成長が停滞する一方、アフリカ、アジア、ラテンアメリカなどでは、福音がかつてない勢いで広がっています。2050年には、世界のキリスト教人口は約30億人に達すると予測されています。

 

今回の「信仰と家庭コラム」では、世界最大の児童伝道団体「CEF(Child Evangelism Fellowship)」の副代表、フレッド・プライ(Fred Pry)氏による、世界宣教における「子どもたちへの宣教」の重要性を説いた貴重な寄稿記事を、日本オリベットアッセンブリーより翻訳・編集してお届けいたします。

 

現在、世界には約20億人の子どもたちがいます。彼らは、次世代の信仰を形づくる重要な宣教のフィールドです。イエス様が「幼子たちを、わたしのところに来させなさい」と語られたように、子どもたちに福音を伝えることは、その子ども自身だけでなく、家庭や地域社会へも福音の恵みを広げていく大きな可能性を秘めています。

 

国境を越え、世代を超えて受け継がれていく神様の国の働きの中で、私たち日本オリベットアッセンブリーと一人ひとりの家庭は、次の世代へどのように福音のバトンを渡していくべきなのでしょうか。このコラムを通して、子どもたちへの宣教と次世代への信仰の継承について、共に考え、祈り、ビジョンを分かち合ってまいりましょう。

 

すべてのクリスチャンホームに、次世代を主の光へと導く確かな知恵と、福音を伝える情熱が豊かに与えられますよう、心よりお祈りいたします。

 

約20年にわたって緩やかな減少が続いてきた、キリスト教徒を自認するアメリカ人の割合に、下げ止まりの兆しが見られることが、ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が実施した2025年の全米調査によって明らかになりました。一方、アフリカ、アジア、ラテンアメリカなど、世界の多くの地域ではキリスト教がかつてない勢いで成長を続けており、2050年までに世界のキリスト教人口は約30億人に達すると予測されています。

 

グローバル・クリスチャン・リリーフ(Global Christian Relief)によると、「キリスト教の成長は、人口増加率が高い国々や、信仰が比較的新しく、若者たちに受け入れられている地域で特に顕著である」とされています。

 

その一方で、今なお何百万人もの人々が、福音が十分に伝えられていない地域や、キリスト教が違法、あるいは事実上禁止されている地域で暮らしています。そこでは、福音を伝えること自体が危険であったり、困難であったりします。

 

欧米諸国だけでは捉えきれない「今日のキリスト教の姿」を理解することは、世界における福音の広がりを知るだけでなく、特に聖書やキリスト教の教えへのアクセスが制限・禁止されている地域に、今なお残されている世界宣教の機会を見出すことにもつながります。

 

世界全体を見れば、教会は決して停滞しているわけではありません。現在、地球上には80億人を超える人々が暮らしていますが、そのうち推定34億2,000万人が、イエス・キリストの福音に触れる機会がほとんど、あるいはまったくない「未到達民族(Unreached People Groups)」の中で暮らしています。つまり、世界人口のほぼ半数が、キリストの福音を聞く機会を十分に持っていない可能性があるのです。

 

イエス様が私たちに託された大宣教命令を重んじるクリスチャンにとって、この現実は、なぜ今日も世界宣教が重要であり続けているのかを明確に示しています。

 

しかし、こうした課題がある一方で、世界各地で奉仕する教会や宣教師、さまざまな宣教団体を通して、福音は今も広がり続けています。そして、異文化宣教における最も重要な機会の一つが、「子どもたちに福音を届けること」なのです。

 

今日、世界には推定20億人の子どもたちが暮らしており、彼らは世界宣教における、最も大きく、そして最も重要な「宣教のフィールド」の一つとなっています。一部のクリスチャンは、子どもたちは福音を理解し、受け入れるには幼すぎると考えています。しかし、イエス様は、神の国に入る者は「幼子のようにならなければならない」と教えておられます(マタイの福音書18:2)。さらに、「幼子たちをわたしのところに来させなさい。邪魔してはいけません。天の国はこのような者たちのものです」(マタイの福音書19:14)と語られました。

子どもたちは、神のみことばを学び、救いのメッセージを受け取ることに、しばしば素直で開かれた心を持っています。子どもたちが福音を明確に聞くとき、その恵みは彼ら自身の人生にとどまらず、家族へ、そして地域社会へと広がっていく可能性があります。

 

だからこそ、児童伝道に特化したミニストリーは、世界宣教において極めて重要な役割を担っています。特に、宗教教育の機会が限られていたり、不定期であったり、政府の政策によって制約されている地域では、その重要性はさらに増します。

 

私たちの団体である児童伝道会(Child Evangelism Fellowship® / CEF®)のような組織は、190か国以上で活動しています。そして、現地のクリスチャンと協力しながら、それぞれの文化や子どもたちの発達段階に配慮した方法で、キリストの福音を伝えています。

 

世界の多くの地域では、こうした取り組みが、放課後プログラムやバイブルクラブ、さらには地域の子どもたちに誠実に福音を伝えられる現地のリーダーを育成する働きなどを通して、シンプルでありながら力強い形で実践されています。インドや中東のように、公の場での伝道が制限されている地域においても、こうした関係性を重視した草の根のアプローチが、長期的な霊的関わりへの扉を開くことがあります。

 

新たな宣教の場におけるキリスト教の物語は、今もなお書き続けられています。ある地域では教会が成長し、また別の地域では、信仰者たちが困難な状況の中で、キリストの福音を伝えるために忠実に働いています。

 

確かなことは、福音があらゆる文化、言語、世代を超えて、人々の人生を変え続けているということです。そして、すべての子どもたちに福音を届けるという目標に向かってさまざまなミニストリーが働く中、世界中の信仰者たちは、国境を越え、世代を超えて受け継がれていく、私たち自身よりもはるかに大きな世界的な働きの一端を担う機会を与えられています。

 

なぜなら、教会の使命は、いつの時代も「世界的」なものだったからです。

そして今、次の世代が、その福音を聞くのを待っています。

 

※本記事は、世界最大級の児童伝道団体「Child Evangelism Fellowship®(CEF®)」の行政担当副代表であるフレッド・プライ(Fred Pry)氏が『Christian Daily International』に寄稿したコラムを、当宣教本部にて翻訳・紹介するものです。

 

🔗 英語原文はこちら: https://faithnfamily.org/the-future-of-christianity-as-a-worldwide-movement-lies-with-todays-children/

主の平和をお祈りいたします。日本オリベットアッセンブリーです。🕊️

 

AIチャットボットが子どもたちの「新しい友人」となりつつある時代の中、前回の第①編に続き、南アフリカの牧師であり教育者であるグレッグ・カイル(Greg Kyle)氏によるコラムの【第②編】をお届けいたします。

 

第②編では、AIが与える「犠牲のない安易な平和」や「空虚な人間関係」の危険性を深く洞察し、子どもたちが心の奥底で真に渇望しているのは、画面の中の仮想世界ではなく「リアルな現実」、「親との真の絆」、そして「自分を真に救い回復させてくださるイエス・キリスト」であることを明かしています。

 

デジタル文化の猛威の中で、親としての聖書的な役割を取り戻し、子どもたちに真理と愛の解毒剤を提供していく霊的な知恵が、すべてのご家庭に与えられますよう心よりお祈りいたします。🙏✨


※まだ第①編をお読みでない方は、ぜひこちらからご覧ください。

 

 


【翻訳記事】AI時代、私たちは子どもたちの中に「真の伴侶(コンパニオン)」関係を築かなければならない 第②編

 

(前回の続き)

 

統計を見ると、現代型の「伴侶」は、私たちが考えている以上に広く浸透しています。最近では『Companion』という題名の映画まで登場し、予想どおり、人間のようなアンドロイドが制御不能になったらどうなるのかを描いています。私が最初に目にした批評以上に、この作品を的確に表す言葉はないでしょう。「中身のないSFスリラー」です。

 

十代の若者たちが利用できるAIの「伴侶」も、まさにそのようなものです。中身がありません。すでに現れている影響だけでも憂慮すべきものですが、このオンライン上の現実が、若者たちの真の愛や真の人間関係、そして最終的には結婚の可能性にまで及ぼす影響を考えると、胸が痛みます。

 

自分の望むことを何でもしてくれる操り人形と、不完全な人間とを、いったいどのように比べることができるでしょうか。若者たちが、人間の不完全さの中にある繊細な意味を味わうことも、真の愛の土台となる忍耐の価値を知ることもないまま成長してしまうかもしれないと考えると、悲しみを覚えます。

 

数か月前、私たちの学校では、十代の若者たちを対象としたユースキャンプを行いました。キャンプの最後に、約40人の生徒たちは、自分が神に何を願っているのかを手紙に書きました。その手紙は、実に深く心を動かすものでした。何より、その場で書かれたものだったため、心の奥からまっすぐに出てきた言葉だったからです。

 

多くは匿名でしたが、そこには励まされる内容と、胸を締めつけられるような内容が入り混じっていました。そして、そこから見えてきたのは何だったでしょうか。私たちが思っている以上に、若者たちは平安と自由を求めています。そして、人格を持ち、その存在を実感できる誰かとのつながりを、心の深いところで切望しているのです。それは単なる願望ではありません。つながりを求める切実な思いであり、自由になりたいという渇望であり、希望のある世界に生きたいという願いなのです。

 

彼らが求めているのは、チャットボットではありません。本物の現実です。彼らは献身を求め、真理を求めています。今ここにある現実の世界においても、霊的な世界においても、それは同じです。しかし、彼らが身を置くことを許されている人工的な世界は、そのようなものを何一つ与えてはくれません。

 

すぐに答えを返してくれるチャットボットの文化は、犠牲を伴わない、安易な平安を若者たちに与えます。悲しいことに、かつて平安とは、ある生き方を通して受け継がれていくものでした。しかし今、その世界は、「平安はただ心から願えば与えられるものだ」という現代的な考えにのみ込まれつつあります。私たちはもはや、「今の時代、子どもたちが触れるものなのだから仕方がない」とか、「時代が変わったのだから」と言って、ただ受け入れているわけにはいきません。

 

確かに、時代は変わりました。しかし、それによって私たちが警戒する必要がなくなるわけではありません。むしろ、その必要性はさらに高まっています。私は、慌てて情報を集めたり、恐怖に陥ったりすることを勧めているのではありません。しかし親として、すなわち子どもたちの人生において本来の責任と権威を担う者として、私たちは、このようなオンライン上の「魔法使い」に迎合してはなりません。

 

そして、危険を取り除くだけで終わってはなりません。危険を遠ざけるだけではなく、それに代わる「解毒剤」を子どもたちに与えなければならないのです。

 

私は、すべての親に、子どもたちと価値ある時間を過ごすことを勧めたいと思います。もちろん、親にも仕事やさまざまな責任があることは理解しています。それでも、オンラインメディアから少し離れ、現実の世界で人と人とが生きた関わりを持てる活動を、二つ、三つでもよいので意識して取り入れてみてください。博物館へ出かける、公園を散歩する、ボードゲームを一緒に楽しむ――そうした何気ない時間で十分です。少なくともここでは、「量より質」という言葉を信頼することができるでしょう。

 

機会があるたびに子どもたちと向き合い、その心を満たしているようで、実は何も残さないものを取り除いていきましょう。要するに、子どもたちに「自分にとって本当の伴侶は親なのだ」と感じてもらえるようにすることです。そして、その大切な役割を担う特権を守るために、私たちは真剣に努力すべきなのです。

 

生徒たちと話していると、彼らが人生に対して抱いている情熱を垣間見る瞬間があります。文章の一節や詩の断片からは、彼らの胸の奥に秘められた希望や願いが浮かび上がり、子どもたちの心の内側を知る手がかりが与えられるのです。それは、皆さんの子どもたちも同じでしょう。彼らは不確かな世界に生きています。しかし、その中でも確かに求めているものがあります。

 

彼らが求めているのは、自分を導き、愛してくれる親です。共に時間を過ごし、自分自身に関心を持って関わってくれる親です。単に生活を支えるためだけに存在するのではなく、人生を共に歩んでくれる、現実の世界にいる「伴侶」なのです。

 

そして最後に、彼らは救い主を求めています。心から知りたいと願うことのできるお方、真実に癒やし、回復してくださるお方です。これから彼らが向き合っていかなければならない世界を考えれば、若者たちがそのようなものを求めていることは、意外に思えるかもしれません。しかし、それは確かな事実です。そのことを証しする手紙が、今も私の手元にあります。

 

グレッグ・カイル氏は、16年間にわたって高校教育に携わってきた教育者で、現在は勤務する高校で生徒指導部長を務め、歴史と英語を専門としています。また、南アフリカの教会で牧師としても奉仕しています。子どもや青少年、そして成人が健やかに成長していくことに深い情熱を持ち、長年にわたって、人々が抱えるさまざまな個人的・霊的な課題に向き合ってきました。その献身は執筆活動にも及び、教育者・牧師として、これまでニュースレターや評論などにも寄稿しています。

 

www.christiandaily.com

 

※本記事は、南アフリカの牧師であり教育者であるグレッグ・カイル(Greg Kyle)氏が『Christian Daily International』に寄稿したコラムを、当宣教本部にて翻訳・紹介するものです。

 

🔗 英語原文はこちら: https://faithnfamily.org/we-must-create-true-companionship-for-our-children-in-an-artificial-age/

AIチャットボットを「友人」や「恋人」とするAI時代の中高生たち。偽りの関係の危険性に警鐘を鳴らし、子どもたちが本当に必要としている「真の伴侶(親)」と「霊的な救い主(キリスト)」の重要性を伝える信仰と家庭コラムです。

 

主の平和をお祈りいたします。日本オリベットアッセンブリーです。🕊️

AI(人工知能)技術が急速に発展する今、子どもたちの「人とのつながり」のあり方も大きく変わりつつあります。近年では、AIチャットボットを単なる情報検索の道具としてではなく、自分の悩みに耳を傾けてくれる「友人」や「恋人」のような存在として受け入れる中高生も増えています。

 

今回の「信仰と家庭コラム」では、南アフリカの牧師であり、16年間にわたって現場で青少年の指導に携わってきた教育者、グレッグ・カイル(Greg Kyle)氏による深い洞察に満ちたコラムを翻訳・編集してお届けいたします。

 

記事では、子どもの好みに合わせて応答する仮想のAIチャットボットが与える「犠牲を伴わない安らぎ」や「偽りの関係」が、子どもたちの情緒や将来の愛のあり方、さらには聖書が示す家庭の姿にどのような深刻な影響を及ぼし得るのかについて警鐘を鳴らしています。

 

AIによってつくられた仮想のつながりの中で、子どもたちが本当に必要としているのは何でしょうか。この記事は、子どもたちが本当に渇望しているのは「親と過ごすリアルな時間と交わり」であり、そして何よりも、自分自身を救い、回復してくださる「主イエス・キリストとの人格的な出会い」であることを思い起こさせてくれます。

 

デジタル文化がもたらす新たな挑戦の中で子どもたちの心を守り、家庭の中に神様との真の交わりと親子の愛を取り戻していくための、貴い霊的な知恵がすべてのご家庭に豊かに与えられますよう、心よりお祈りいたします。

 

【翻訳記事】AI時代、私たちは子どもたちの中に「真の伴侶(コンパニオン)」関係を築かなければならない 第①編

 

Companion /kəmˈpæn.jən/ 名詞

1.  他者と共に過ごす者

2.  何か類似したものと密接につながっているもの

3.  他者と共に暮らし、その人に仕えるために雇われた者

 

これは、メリアム=ウェブスター辞典に掲載されている「companion」のごく一般的な定義です。ここには、私の学校が大切にしている考え方が表れており、最終的には「つながり」という一つのテーマに集約されます。どの定義にも、人と人との絆が映し出されています。それは努力と献身を必要とするものであり、すなわち、本物の関係です。そして、思春期の子どもたちという文脈において、愛情深い両親ほどふさわしい「伴侶」の例を、私はほかに思い浮かべることができません。

 

しかし、さらに調べていくと、現代的なさまざまな定義が見えてきます。その一つが「デジタル・コンパニオン」です。これは、「人工知能によって動作し、人間らしい会話を通して個人的な関係を模倣するよう設計されたチャットボット・アプリ。会話は文字または音声によって行われる」とどこか刺激的な説明が添えられています。

 

こうした一般利用者向けのチャットボット・アプリは、ChatGPTのようなものとは異なり、若者たちが、いわゆる「友人」を模倣したキャラクターや人格と交流することを目的としています。つまり、AIによる「伴侶」なのです。

 

Character.AIでは、若者たちが自分で作成できる、カスタマイズ可能なキャラクターやアバターが提供されています。少し検索するだけでも、同様のAIサイトをいくつも見つけることができます。Nomi、Replika、Talkie.aiはいずれも、一般的な情報検索ではなく、個人的な交流を目的として設計された、一般利用者向けの伴侶型AIチャットボットです。

 

そして、キーボードを数回打つだけで「Companion AI」にたどり着くこともできます。そこでは「理想のAI少女」を作ったり、「ren」や「kai」と呼ばれるボットと会話したりすることができます。いずれにしても、十代の若者の70%以上が身を置いているオンライン世界の現状を考えると、脅威を感じずにはいられません。

 

こうした企業の運営者たちは、人と人とのつながりを深めることへの献身や、一人ひとりの尊厳を大切にすることで心の健康を支えることが自分たちの使命であると、公に語っています。彼らが掲げる約束は、彼らのチャットボットと同じくらい、本物らしく聞こえます。

 

しかし、彼らは本当の意味で利用者を気にかけているわけではありません。親も若者も、そのことを知っておく必要があります。

 

私たちの子どもたちは、言葉そのものの意味が変わりつつある世界に生きています。「伴侶」と聞いたとき、十代の若者が最初に思い浮かべるのは、本来の意味が薄められた、人工的な一般利用者向けチャットボットのオンライン版である可能性が高いと、私は考えています。

 

表面的には、楽しそうに見えるかもしれません。しかし、それらが十代の子どもたちにとって新しい「親友」になっていると気づいた瞬間、事情は一変します。子どもたちは、ただチャットボットに話しかけているだけではありません。チャットボットは、その子の好みに合うように学習しながら、さらに多くの情報を提供するようになります。若者たちは、性から人生の意味に至るまで、あらゆることについて教えられます。そして、やがて統計上の数字の一部となっていくのです。

 

私の国には、Self-CavというAIチャットボットがあり、南アフリカの若者たちに対して、性、HIV、自傷行為などについて24時間情報を提供しています。影響を受けやすい若者たちに、これほど重大な情報を提供する場として、これほど不適切に設計されたサイトを見つけるのは難しいでしょう。そして、十代の若者たちがあらゆる形の肯定を求めていることを考えるなら、このようなサイトは、常に肯定的な反応を返し、ときには危険な行動さえ肯定してしまうため、非常に強い感情的な影響力を持つことになります。

 

そこに、まだ発達の途上にある前頭前野という要素が加わると、悲しいことに、これほど多くの若者たちが不安やうつに苦しんでいる理由も理解しやすくなります。

 

なぜ前頭前野について触れるのでしょうか。十代の脳におけるこの領域についての研究によれば、若者たちは、まず感じ、次に考え、そして最後に、それが真実なのか、また長期的にどのような結果をもたらすのかを評価する傾向があるからです。言い換えれば、この年齢では感情がそのまま「真実」となり、自ら作り出したチャットボットから教えられたことが、あまりにも容易に絶対的なルールとなってしまうのです。

 

実際に生きる中で培われた知恵や、確かめられた知恵を求めたり、親のそばに寄り添って助けを求めたりする時代は、過ぎ去ろうとしています。今や若者たちは、感情が最優先され、困難に直面したときには、ただそれらしい解決策を生成すればよいという世界に生きることができるのです。

 

(第②編へ続く)

 

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※本記事は、南アフリカの牧師であり教育者であるグレッグ・カイル(Greg Kyle)氏が『Christian Daily International』に寄稿したコラムを、当宣教本部にて翻訳・紹介するものです。

 

🔗 英語原文はこちら: https://faithnfamily.org/we-must-create-true-companionship-for-our-children-in-an-artificial-age/