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あざみ野おうちサロンサントラン

自分のうちにいるようにくつろげる空間で
自分が本来もっているバランスを取り戻し
からだとこころにエネルギーを充電しましょう





        

「ヨーガやアーユルヴェーダに出会うと

人生が変わる」と聞いて、

どう思われますか。




また、また、大げさな!


そんなバカなことがあるか?


とか思われる方も多いと思います。




でも、ヨーガやアーユルヴェーダと出会って

人生が変わった

という人が結構います。


私もその一人です。


それはどうしてなのでしょう。




普段、私たちは、

自分の体、自分の考え、自分の感情、

そういうものを持つ一人の人間として、

「私」を認識していますよね。




それに対して、

ヨーガやアーユルヴェーダは、


あなたの本質はそれではない


と教えます。




ヨーガやアーユルヴェーダに出会うと

「私って何?」という旅に否応なく

連れ出されるのです。




例えば、

アーユルヴェーダでは、こんなふうに考えます。


私たちの体は魂の乗り物でしかない。


乗り物として大切に扱う必要はあるけれど、

乗り物は乗り物。


本質ではないのだから、

古くなれば(歳をとれば)

手放すもの。


それ以上に大切なのは、

乗り物に乗っている魂である。


だから、体が朽ちても生き続ける

自分の魂とは何か、

魂が喜ぶ生き方とは何か、

を学んでいくのです。




また、ヨーガではこんなふうに考えます。


太陽や月が規則正しく動いているように、

宇宙や自然界にはある法則が働いている。


その法則は人間にもあてはまる。


でも、人間は宇宙や自然界から離れた

生活を送っているので、

そのつながりを見失っている。


ヨーガをすることによって、

大我と呼ばれる宇宙の理と

小我と呼ばれる自分の本質が

実は一つであることを知ることができる。


その時、私たちは本当に安心した、

心穏やかな生を生きることができる。


こんな感じです。





現代は科学万能主義の世の中です。

私たちは、実験結果で

証明されなければ、何事も信じることが

できなくなっています。


だから、こういったアーユルヴェーダや

ヨーガの考え方には違和感を感じる

かもしれません。



でも、逆に現代社会に違和感を感じる人も

います。


太古の昔から、人間は、

なぜ、私は生まれてきたのか?

とか、

この人生で私は何をすべきか?

とか、

自分の存在の根幹に関わる問いを

持っていました。


アーユルヴェーダやヨーガは、何千年もの

時を経て、今に語り継がれたものです。


人間の存在の根幹に関わる問いへの

一つの答えを教えてくれるのです。


だから、アーユルヴェーダやヨーガに

出会うと、人生が変わったという人が

現れます。





私もこの二つにほぼ同時に出会い、

(アーユルヴェーダとヨーガは親戚の

ような関係なので、早かれ遅かれ、

両方に出会うことになる。)


あわや、家庭崩壊⁉️くらい、

人生が変わりました。


それまでの私は、

自分の好きなこともやっていましたけれど、

やはり、何より、

妻であることや母親であることを

優先させていました。


それは悪いことではありません。

そうすることで家庭が上手く

回っているのですから。


でも、ヨーガとアーユルヴェーダに

出会って、


あれ?

私って、もともとこんな人間だったかな?

と思うことが多くなりました。


私が「これが私」と思っていたものが

後から作られた役割にしか過ぎないことに

気がついたのです。


もし、この時、私が、

うん、この役割、私にぴったり!OK

と思えていたら問題は起きませんでした。


でも、私はこの時、

なんか窮屈だなあ、

と感じてしまいました。




私のさまざまな選択が、

自分が選んでいるように見えて、

実は、そうではないことに

気づいてしまったのです。


妻だから、こっちを選んでおけば、

波風が立たないな、とか、

母親なんだから、当然、ここは親らしく

毅然としていなきゃならない、とか、

そんなことを基準にしていたことに

気づいてしまいました。


人に合わせていても、そこに何の抑圧も

我慢もなければ、問題を起こしません。


でも、だいたいの場合、

少しずつ不満が溜まってしまうのでは

ないでしょうか。




それで、もっと自分に正直に生きようと

思うようになっていきました。


当然、今までと違う選択をすると

波風が立ちます。


それが進みに進んで、あわや家庭崩壊と

いうところまで行きました。


これは私の失敗談です。




自分らしい選択をしていく時に、

理想像を求めてくる家族との間に

いざこざが起きます。


その頃の私は、

自分らしく生きることと、

人と調和させていくことの

バランスが上手く取れなかったのです。


自分を解放することだけにエネルギーを

注いでしまい、

周りは徐々にしか対応できないことに

気づきませんでした。




出会いから長い長い年月が経ち、

今年に入ってから、

長女がうれしいことを言ってくれました。


「ママは、今、にしくぼさちこを生きてるって感じがするよ。」


「え?それ、どういう意味?」


「誰々の奥さん、誰々のお母さんって感じがなくなった感じがする。」