『わが音楽の風光』

(六興出版、1981.3.25)

 

こちらは今月の6日に

新宿のディスクユニオンで

見つけた一冊です。

 

六興出版は

「ろっこうしゅっぱん」

と読みますけど

1992年に破産宣告して

出版事業を終えている

今はない出版社です。

 

仕事の合間に

ちびちびと読み進めて

1週間ほどで

読み終わった一冊です。

 

 

尾崎喜八は詩人、随筆家で

以前、当ブログでも

ハインリッヒ・シュッツ合唱団・東京の

《レクイエムの集い》2018

というライブのパンフに

 

 

「ハインリッヒ・シュッツ」

という詩が載っていて

驚かされたことを

書いています。

 

それ以来

尾崎喜八の本で

音楽関連のものを

目に止めるように

してたんですけど

といっても入手が難しく

平凡社ライブラリーで復刊した

『音楽への愛と感謝』(1973)を

入手できたくらい。

 

その平凡社ライブラリーは

先日の地震で

崩れた本を積み直した際に

どこかに紛れ込んでしまい

いまだに見つけられず

書影はアップできません。m(_ _)m

 

尾崎喜八の音楽関連書は

それくらいかなあ

と思っていたら

今回の本が

目に飛び込んできて

慌てて購入した次第です。

 

 

本書には、上にふれた詩

「ハインリッヒ・シュッツ」も

再録されている他

それまでに上梓されている

エッセイ集や詩文集などから

再録したもので

構成されています。

 

どこにも初出誌や

初収録単行本について

記載されていないので

困ったもんだ

と思ってたんですが

「詩人 尾崎喜八」という

サイトを見つけることができ

 

 

初収録単行本については

ほぼ分かりました。

 

本書が初収録のエッセイは

「パイヤールと今日」

「ピアノ三重奏の夕べ」

「シュッツに打ち込む人々」

の3本だけのようです。

 

最後のエッセイは

ハインリッヒ・シュッツ合唱団・

東京について

ふれられており

これはちょっと得した感じが

したことでした。

 

 

尾崎喜八は戦前から

クラシック音楽に親しみ

当初はロマン・ロランの

影響もあってか

ベートーヴェンや

ベルリオーズなど

主としてフランス・ロマン派音楽に

親しみを持っていたようですが

本書に収録されているエッセイを読むと

晩年はバロック音楽に親しんでおり

割と当方の趣味嗜好とも

合ったりするのですね。

 

本書には

全て既出・既収とはいえ

バッハについてのエッセイが

4本も収録されています。

 

いわゆる

音楽学的な本ではないので

その点では物足りないものの

バッハやシュッツに至る

音楽の嗜好が滲み出ていて

そうした音楽の受容史を

うかがわせなくもなく

読んでいて興味深いですね。

 

 

あと尾崎喜八詩文集の

第9巻に収められたエッセイ集

「一年の輝き」からの抄録は

自然に親しむ中で

音楽を見出していく

日々の暮らしが描かれて

これが枯淡の味わいというものか

と思わせるものがあります。

 

子どもを設け孫もできて

家族揃って合唱を楽しむとか

自分にはない世界ながら

こういう世界も

かつてはあったものか、と

しみじみとさせられるのでした。

 

特に

そういうエッセイを書いている

尾崎喜八の年齢と

現在の自分の年齢が

意外と近いかもしれない

と思ったりしたら

じみじみ、だけではなく

切なくもなってくるのでした。

 

 

本書の巻頭には

どこぞの野原? で

リコーダーを吹いている

著者の写真が

載っています。

 

また、挟み込みとして

「バッハをめぐって(二)」で

バッハを聴いて詩想が湧き

書き留めた詩を印刷した紙が

封入されています。

 

おそらく本造りの際

印刷し忘れたものでしょうけど

前の所有者が捨てずに

挟み込んでおいてくれて

助かりました。

 

 

ところで

本のカバーに

パラフィンをかけようと思い

カバーを取ったら

本来の表紙には

古い楽譜が

印刷してありました。

 

『わが音楽の風光』本体表紙

 

古いドイツ語の装飾体

いわゆる、ひげ文字なので

読むのに難儀させられ

タイトルは

Benhnacht Gesänge

かなあ、と思うばかり。

 

Gesänge は「歌」

という程度の意味なので

聖歌ではないか

とは想像するものの

ちょっとこれは宿題ですね。