(1905/大野露井訳、国書刊行会、2016.10.30)
ユイスマンスの『彼方』の後に
手にとって読み始めた本です。
こちらは
新刊で買ったのではなく
黒ミサ関連の本を
Amazon で検索した時に
目にとまり
古本で贖いました。
外箱に
セロファンがかかってますが
これは古本屋さんの方で
かけたものです。
スコットランドの貴族の子弟が
オスカー・ワイルドがモデルの
悪魔主義を報ずる耽美派の文学者に
性的な指南を受けて
美少年として社交界で頭角を表し
様々な悪癖に耽るという
一代記ものです。
読んでいるうちに
竹宮惠子あたりが
コミカライズすると
いいんじゃないか
という印象を持ちました。
昭和な人間なので
竹宮惠子という名前が
思い浮かぶわけですけど
最近の作家だと誰でしょうね。
題名にも謳われている
黒弥撒[くろみさ]については
具体的な直接描写はなく
使用人がちらっと見たという
証言でしか言及されません。
それも
黒弥撒かどうかは曖昧で
少年たちを誘惑して
性的な悪戯を加えることを
作中では黒弥撒と呼ばれている
という印象も受けます。
そういう意味では
『彼方』で描かれる
サバトのような黒ミサと
似ているかもしれません。
ちなみに、作者自身
未成年者と猥褻行為に耽り
逮捕されています。
当のスキャンダルは
「黒弥撒事件」と
呼ばれていますし
明らかにその経験を基にして
作品が書かれていますので
よけいサバト的な
(ただし宗教性抜き)
印象を受けるわけです。
作中には
リリアン卿の
取り巻きの口を借りて
ユイスマンスへの言及も
ありました。
悪魔主義は実在するが
「ユイスマンスのような、
衒学的な資料集め
というわけでもないのです。
あんなものは躓いた坊主とか、
神秘的なものに目がない婆さん連中に
任せておけばよいでしょう」(p.188)
と、さんざんな言われようでした。
翻訳書で250ページほどなので
短めの長編小説、あるいは
長めの中編小説といったところ。
冒頭のフラッシュバックを除き
区切りとなるエピソードが
時系列順に示される形で
物語が進んでいきますから
作品世界に入りにくいところも
なきにしもあらずとはいえ
さくさくと読み進めてはいけます。
とはいえ
読者を選ぶ小説であることは
間違いないでしょうけど。
ちょっと面白かったのは
第X章の冒頭で
リリアン卿の取り巻きの一人が
ハルブスタイン侯爵夫人の死を
実は毒殺事件なのだと言って
話し始める場面。
巷の噂話をいきなり話し始めるので
ハルブスタイン侯爵夫人って誰?
という気になりますけど
それはそれとして
これがなんと
密室殺人趣向の一幕でした。
挿話の語り手は
「エドガー・ポー式の
見事な腕前です」(p.118)
と称賛を受けていますから
作者であるフェルナンも
ミステリ的な趣向であることを
意識していることは明らかかと。
所期の目的とは異なりますが
これは拾いものでした。
クラシックの
音楽家の名前も
何人か散見されます。
いちばん驚いたのは
ヴェネツィアの場面で
ゴンドラで歌う少女が
ペルゴレージかヴェルボーサの
クプレ couplet を歌い始めた
と書かれていたことです。
この時代にも知られていたか
ペルゴレージ!
というわけで。( ̄▽ ̄)
クプレというのは
同じ主題を何度か繰り返す
ロンド形式の歌曲で
繰り返し部分に挟まれている
レチタティーヴォ部分を指すか
歌詞が対句形式になっている歌曲を
指すようですけど
この場合はどちらでしょう。
なお、ヴェルボーサについては
訳註でも不詳となっており
検索しても分かりませんでした。
その他だと
グリーグが2回ほど
言及されるのは
当時の趣味なのかどうか
ちょっと気になりました。
というのも
アガサ・クリスティーの連作短編集
『ハーリー・クィンの事件簿』(1930)
収録中の一編にも出てきた
という記憶があるからでして。
クリスティーは16歳ごろに
フランスに留学して
声楽を学んでいますから
ちょうど『リリアン卿』が
発表された頃に重なりますし。
これも
所期の目的とは異なりますが
興味深い発見なのでした。
ハコから出した本体も
綺麗な装丁です。
耽美な内容にぴったりですね。