(新潮社、2019.6.20/2019.7.20. 4刷)
ツイッターのタイムラインに
本書の著者のインタビュー記事へと
リンクを張ったツイートが流れてきて
それを読んで興味を抱き
注文した本です。
昨日の文学フリマへ行く時に
電車の中で読もうと思って
持っていったのですが
読み始めてから
読みやすさと内容の面白さに引き込まれ
帰ってから一気に読み終えてしまいました。
イギリス在住の著者は
当地で保育士の資格を取り
「最底辺保育所」で働きながら
ライター活動を初めたそうです。
アイルランド人と結婚して
もうけた息子は
小学校時代
いわゆるエスタブリッシュな
カトリックの学校に通っていましたが
中学からは元・底辺中学校に
進学することになります。
小さい頃は父親のルーツからなのか
白い肌の見かけだったそうですが
成長するにつれて母親のルーツからでしょう
黄色い肌の見かけになっていき
それでさまざまな差別や偏見に
さらされることになります。
そうした状況にあって
時には悩むこともありながら
軽やかに乗り越えていく
息子の生活を描いた連載エッセイで
タイトルはその息子が
宿題の紙に落書きしていた
フレーズを借用したものです。
そんなことほんとにあるのか
というくらい物語的で面白く読めるのは
著者の文体(スタイル)が
見事だからでしょう。
印象的だったのは
中学入学以降に始まる
イギリスの公立学校の教育方針。
ドラマ(演劇)の授業と
ライフ・スキルの授業、すなわち
シティズンシップ・エデュケーションが
義務づけられているそうです。
演劇の授業では
コミュニケーション能力
「自分の感情を正しく
他者に伝えられるように
訓練する」(p.30)
のだそうです。
ライフ・スキルの授業では
マルチカルチュラルな社会を生きるために
さまざまなことを教わります。
政府のサイトには
「政治や社会の問題を批評的に探究し、
エビデンスを見きわめ、
ディベートし、根拠ある主張を行なうための
スキルと知識を生徒たちに授ける授業」(p.72)
なのだとか。
政治的中立だの何だのと言って
政治的な教育を抑制する
どこぞの国の政府とは大違いで
(もちろん、どこぞの国の教員が
必ずしもフラットな人ばかりとは
いえないとはいえ)
これには感心させられました。
もっとも
こうした授業が逆に
差別を生んでしまうこともあるようで
「地雷だらけの多様性ワールド」
という章では、その難しさが
実体験とともに語られています。
「心配という名の偏見」という
「トリッキーな問題」(p.138)には
いろいろと考えさせられます。
以前ちょっとふれた
アグネスのスタンフォード大学での
講義の話に感じる違和感とも
通ずるものがあるような気がしたり。
あと、緊縮財政のために
ワーキングプアへの保障が行き届かず
教員をソーシャルワーカーにしてしまった話
(「ユニフォーム・ブギ」の章)も
印象的でした。
なんでも比較するのはあれですけど
日本ではソーシャルワーカーにすら
なれないような雰囲気がありますから
なおさら印象的。
非常における草の根活動
すなわちボランティアの対応の速さにも
感心させられました。
途中、日本に帰省した時に
経験したことを描いた章があります。
「自分が属する世界や、
自分が理解している世界が、
少しでも揺らいだり、
変わったりするのが嫌いな人」が
「日本にもどってくるたびに」
「増えているような気がする」(p.156)
という述懐は、日本の現状を
よく表わしているように思いました。
そこに出てくる
部下を引き連れた
中年男性の姿(pp.156-161)は
イギリスで著者が息子と歩いている時
「ニーハオ」と言い
ニヤニヤと笑いかける
ホームレスの男性の姿(pp.119-124)と
重なって見えてきます。
マルチカルチュラルは
基本的にいいことなんだけど
物事をややこしくするし
喧嘩や衝突が絶えないから
ない方が楽は楽。
でも多様性がないと無知になる。
「多様性はうんざりするほど大変だし、
めんどくさいけど、
無知を減らすからいいいことなんだと
母ちゃんは思う」(p.60)
という著者の台詞について
しみじみと考えたいものです。
内容はかなりシリアスなのに
楽しく読ませるのは
基調にユーモアがあるからで
ここらへんはイギリス文学の伝統そのもの。
本書はよく売れているようで
昨日寄った新宿の紀伊國屋書店では
平積みがいくつも出来ていました。
オビのデザインも
手持ちの本とは
ちょっと変わっていたかな。
売れている本を取り上げるのは
あまり趣味ではありませんが
本書は、読み終えた途端
おすすめしたくなる1冊でした。
イギリス好きにもおすすめ。
なお、本エッセイは
新潮社のPR誌『波』に
連載したもので
現在も連載中だそうです。
来年に出るであろう2巻目が
そのタイトルも含めて
(まさか、現状のタイトルに
「2」と付けるだけで
済ますことはないでしょう。
それじゃあまりにもアンクールですしw)
楽しみでなりません。