(山口雅也訳、原書房、2019.9.25)
ミステリ作家の山口雅也・製作総指揮
海外ミステリ叢書「奇想天外の本棚」の
シリーズ第3弾です。
1930年代後半に
アメリカの雑誌に発表された
2作品を収録している
日本オリジナル編集の中編集。
表題作は The American Magazine の
1936年11月号に
併録の「八人の中の一人」は
同じ雑誌の1937年10月号に発表されました。
日本ではかつて
探偵小説専門誌の『宝石』
および『別冊宝石』に訳されたそうですが
今回の翻訳はそれらを参照しつつ
Ellery Queen's Mystery Magazine
通称 EQMM に再録されたテキストを
底本として訳し直したとのことです。
Q・パトリックは
当ブログでも何度か取り上げた
パトリック・クエンティンの別名です。
てっきり
名前を引っくり返しただけかと
思ってましたが
QはQでしかなく
クェンティンの頭文字というわけでも
ないようです。
以前、ジュニア向けの翻訳作品
「深夜の外科病室」を紹介したとき
名前を引っくり返しただけと書きましたけど
あちらもQ・パトリックが
正しい表記のようですね。
ちなみにあちらも初出は
The American Magazine です。
今回の本に
先にあげた2編を収めた理由は
製作総指揮者のまえがきに詳しいのですが
海外のミステリ愛好家から
アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』(1939)の先行作として
こういうのもあるけど、どう?
と教示を受けたことに由来しているそうな。
その教示に対してどう考えているかは
ネタバレになるので伏せられていますが
個人的な感想をいえば
クローズド・サークルものとして
(「八人の招待客」の方は特に)
似てはいるけれど
ちょっと違うんじゃあ、という印象。
「八人の中の一人」の方はむしろ
ジョー・バニスターの
『摩天楼の密室』(1996)に
そっくりだと思ったことでした。
この『摩天楼の密室』は、たまたま
以前、当ブログでも取り上げておりまして
クリスティーの上掲作の
「極上のパスティーシュ」というふうに
向こうの書評で書かれたことから鑑みれば
Q・パトリックの「八人の中の一人」が
クリスティー前掲作の先駆といわれるのも
むべなるかなという感じがします。
そういえば
設定は若干、異なりますが
エラリー・クイーンの外典
(有名作家がゴーストライトした
クイーン父子が登場しない
ペーパーバック・オリジナル作品)にも
『摩天楼のクローズドサークル』(1968)
というのがありましたっけ。
「八人の招待客」の方は
恐喝されている側が集まり
恐喝者を招待して
結託して殺そうとするという
特異な設定がまず印象的ですね。
その意味では
日本のいわゆる新本格ミステリを
連想させなくもなく
設定の面白さだけでも
「八人の中の一人」より
一頭地を抜いている感じがします。
設定が異色すぎると、その分
不自然さをかかえざるをえないわけですが
江戸川乱歩の解説(後述)によれば
もともと舞台にかけるために
用意されたプロットを
まず中編化したものだそうですから
ある程度の不自然さも納得できなくはない
といったところでしょうか。
あと、舞台用のプロットだけあって
犯人当ての興味を中心とせず
展開の意外性に基軸を置き
サスペンスに徹しているあたりも
面白く読ませることに
与っているかも知れません。
ちなみに
p.174 と p.184 における
リリ・トレスコウ男爵夫人の記述に関して
リリ・トレスコウと男爵夫人とが
別人であるかのように読めてしまうような
おかしな箇所があります。
校閲のチェック漏れでしょうが
これから読もうという方は
びっくりなさいませんように。
上にも書いた通り
収録作はいずれも既訳がありますけど
「八人の招待客」の既訳である
「ダイヤのジャック」が載った『別冊宝石』は
たまたま手許にあります。
(宝石社、1957[昭和32]年9月15日発行、
10巻9号、通巻70号)
「世界探偵小説全集」の
第26巻として刊行されたもので
前述の通り江戸川乱歩が
「三作家の横顔」と題した
解説を書いています。
その解説の中で
「ダイヤのジャック」の初出を
1939年としていますが
出典が何か分かりませんけど
これは誤り。
解説において乱歩が
「ダイヤのジャック」は「元来
ミステリイ劇として着想されたもの」で
だから「舞台で上演しやすいような場面を
設定したわけである」と書いているのは
これも出典は分かりませんけど
ちょっと面白いですね。
結局、Q・パトリックの手によっては
脚本化されなかったそうで
その後、イギリスの女優
ベアトリス・トムスンが着目し
改作してロンドン劇場で上演した
と書かれています。
(この女優名、
検索してみても引っ掛からず
あるいはもしかしたら
ベアトリクス・トムスンの誤記かも)
「八人の招待客」が載った『別冊宝石』には
カーター・ディクスン(ディクスン・カー)の長編
「九人と死人で十人だ」(1940)が載っており
少し前まではカー・マニアにとっての
重要なコレクターズ・アイテムでしたけど
同作品は今では創元推理文庫に入って
簡単に読めるようになりました。
他にブレット・ハリディの
長編「殺人と半処女」(1944)と
短編「百万ドルの動機」(1941)を掲載。
邦題がものすごい長編の方は
本誌でしか読めない作品ですけど
ハリディの人気や知名度が
現在では今ひとつの観があり
古書価は暴落しているかもしれません。
これを買った時は
「九人と死人で十人だ」が
新訳で簡単に読める時代が来るなんて
思いもよらず。
何とも隔世の感があります(しみじみ)