
(1952/白須清美訳、創元推理文庫、2014.5.23)
1962年に高城ちゑ訳で
同じ創元推理文庫から出ていたものの
新訳復刊になります。
旧訳は4年前に
国会図書館まで行って
読んだことがあります。
その時「再刊してくれないかなー」と
当ブログでも書きましたが
まさかほんとに再刊されるとは
思いませんでした。
ですから今回が再読になります。
本作品は
演劇プロデューサー
ピーター・ダルースと
その妻で女優のアイリスが主役を務める
ダルース夫妻シリーズの
第8作目となります。
ちなみに第1作は
『迷走パズル』(1936)
旧題「癲狂院殺人事件」です。
また、本作品中で
2年前メキシコでアイリスが
ある男と恋に落ちた
とダルースが言っている出来事は
『巡礼者パズル』(1947)に
描かれています。
それはともかく——
実母の静養に付き合って
ジャマイカへ向かった妻
アイリスの留守中に
作家志望の娘と知り合ったピーターは
アイリスがいない淋しさを
埋め合わせる気持ちもあって
彼女と何回か食事をして
話の流れで、彼女の執筆のために
留守宅を使わせることになったのですが
アイリスが帰ってきたその日
娘は浴室で首を吊って死んで発見されます。
状況は
ピーターにもてあそばれた娘が
二人の関係を悲観して自殺した
かのようで
倫理的に糾弾されたピーターは
その誤解を解くために奔走するのですが
次から次へと不利な状況に追い込まれていき
ついに……
というお話です。
一度、読んでいるとはいえ
細部はもちろん忘れていますから
ピーターがパトロン気取りになって
後に足元をすくわれそうな
隙のある振る舞いを見せるので
読んでいて、おいおい、と
その軽率さに
ツッコミを入れたくなりました。
たとえば、急に芝居を観にいくことになり
着ていく服がないという娘のために
アイリスの服を貸し与える件り(p.50)は
妻の気持ちへの想像力が
なさ過ぎる気がします。
娘の死体が発見されるまでの
ピーターの行動は
彼の一人称で書かれているため
心理的にも自然で
後ろめたいところなどないように
読めるのですが
いざ、死体が発見されてみると
その行動は不自然で説得力がないように
第三者から見て感じられる。
ピーターも
娘と対していた時の自分の気持ちを
無理やり言語化しようとせず
当初は、娘が異常者だった
今でいうところのストーカー的なもの
という反論できなかったのですが
これでは説得力がない。
遂にはアイリスも離れていき
自暴自棄になって
酒に救いを見出そうとするのですが
辛くもとどまり
彼女が何のために自分に近づいたのか
と捉え直すところから
攻勢に転じていきます。
それでも次から次へと
不利な状況が明らかとなるサスペンスは
強烈なものがあります。
これは察するに、男性読者なら
身震いするような
状況ではないでしょうか。
ま、自業自得ですけど。
アイリスを愛しく思う一方で
アイリスがいない淋しさを
初めて知り合った娘との付き合いで癒す。
それが不味いことには
ピーターも気づいていて
「ひょっとしたら、
わたしは自分勝手で愚かな男で、
一時の淋しさを紛らすために、
無情にも彼女を
利用しているのかもしれない」(p.55)
と内省したりもするのですが
死体が発見された後
その内省したことを話すことができない。
この作品が面白いというか
強烈なサスペンスを有しているのは
その時々の状況では自然に思えても
後でそれを言葉で語ろうとすると
嘘っぽく思えてしまうという
感情のリアリティと
説明のリアリティとのズレが
フィーチャーされているからでしょう。
その時々の感情は
その時々の状況によって
醸成されるものであり
それはただ一回だけの出来事で
その場に臨まなければ
説得力が感じられない。
人間の自然な気持ちの動きを
あとから言葉で再現することは難しいものです。
部屋の鍵を渡したことを
アイリスへの手紙でふれようとして
「どういうわけかうまく言葉にならず」(p.47)
結局は書かずに済ましてしまう
という場面がありますが
これは、その説明が
ピーターの心理的状況と不即不離だからで
単なる説明の言葉では
その心理的状況までは
伝えられないからでしょう。
そうしたことは
現実にはいくらでもあることで
そうした機微をふまえて
サスペンスが仕掛けられていくのは
さすがだなあという感じです。
最後に、アイリスの誤解は解け
二人の関係性は回復したかのように
書かれていますけど
これは本作品が
エンターテインメントだからであって
現実にはこういう風に
上手く収まらないのではないでしょうか。
夫の方は「どん底から救われた」(p.273)
と思っていますけど
救われたと実感し
これから上手くいくのだとしたら
妻の方が気を遣っているからではないか
と思わずにはいられない。
本作品は基本的に
すべて女が悪い
という作りになっていて
そこらへんは
いわゆるノワール映画の
ファム・ファタールものを
連想させたりもします。
それに対して男は
(トラント警部補を除いて)
みんなへなちょこ
という作りになっている。
にもかかわらず
男性主人公はハッピーエンド
というあたりに
割り切れないものが残る
作品でもあります。
最初にも書いた通り
物語のサスペンスは強烈で
オビの惹句にあるように
「掛け値なしの傑作」
であることを認めるに
やぶさかでないのですけれど。
お前は聖人君子か
といいたくなるような
やや男性キャラに
厳しい感想となりましたが f^_^;
これは男性読者として
バイアスがかかっているからでしょう。
ですからむしろ
女性読者の感想を
聞いてみたいものですね。
