
(1947/水野恵訳、論創海外ミステリ、2012.8.30)
演劇プロデューサーのピーター・ダルースと
その妻で女優のアイリスが活躍する
パトリック・クェンティンの
いわゆるパズル・シリーズについては
こちらでも何冊か御案内しています。
シリーズ第1作『迷走パズル』(1936)と
第2作『俳優パズル』(1938)が
新訳されて創元推理文庫に入りましたが
今回紹介する『巡礼者パズル』は
シリーズ最終作。
もっとも
ダルースとアイリスの登場する作品は
あと2冊書かれますが
(未訳の Run to Death と『女郎ぐも』)
題名に Puzzle for . . . と冠したシリーズは
いちおう本作が最後というわけです。
冒頭いきなり、
「アイリスが私のもとを去った衝撃は
いまだに薄れていなかった」
というダルースの述懐があるので
びっくりしました。
確か前作『悪魔パズル』(1946)の最後は
事件を解決したダルースが
空港でアイリスと抱き合っていたはずなのに……
どうやらその後、数年経って
仕事の失敗から精神に失調を来したダルースは
いっときアイリスと別居していたようで
メキシコに旅立ったアイリスは
そこで出会った新進作家に惚れ込んでしまい
ダルースと離婚しようと思っていた
という状況のようです。
その作家には所有欲の強い悪妻がいて
その悪妻が追い出した、
作家の兄を崇拝する妹と
ダルースがひょんなことから出会い
付き合っているという
何だか複雑な愛憎関係が
メキシコを舞台に繰り広げられている中
悪妻が自宅のバルコニーから
転落死しているのが発見されます。
どうやらただの事故死ではないようでしたが
赤毛でマッチョなアメリカ人が介入して
事件をうやむやにしてしまう。
もちろん、それで一件落着とはならず
赤毛のアメリカ人が恐喝者に転じ
のっぴきならない梗塞状況が生まれた中
第二の事件が発生します。
まあ、ストーリーの紹介は
その辺にしておきますが
最初の事件の関係者が
被害者を除けば、たった5人しかおらず
その中で誰がやったかが
問題となるわけですが
作品自体はフーダニットの面白さよりも
メキシコの祝祭空間の絢爛さの中で展開する
愛憎の縺れあいからくる閉塞感が読みどころで
登場人物の心理描写が見事で
キャラクターが活き活きとしており
それをカーニヴァルの喧騒が彩って
時に幻想的な、ないしは
南米を舞台にした映画のような
雰囲気を醸し出しています。
特に新進小説家とその妹の造型が見事で
ダルース夫妻は二人の兄妹に
ただただ振り回されるばかり。
ほんとに迷惑な兄妹なんですが
他人はすべて自分のために
何かしてくれる存在だと思うキャラクター、
そしてその影響から逃れたいと思いつつも
崇拝し続けてしまう弱い性格のキャラクター
という、どうしようもない性格と
どうしようもない関係が
ものすごくリアルに描かれている気がしました。
ダルースが、妻を愛していながら
自分から離れようとする彼女を
それも仕方がないかと思ったり
別の女性に気を引かれたりという
へたれな感じも実に良くって
こういう、へたれなコキュを描かせたら
クェンティンの筆は冴えに冴える感じです(笑)
厳密な証拠にもとづいて
組み立てた推理が否定されるのではなく
関係者の性格にもとづいて
組み立てた推理が成り立たないと
反論されるシーンがあるのですけど
それがすごく納得できるように書けているのも
各キャラクターが描ききれているからでしょう。
読み慣れた読者だと
第二の事件が起きた時点で
物語のパターンから
真相の見当がついてしまうでしょうけど
ダルース夫妻の縺れた関係が
どう修復されるのか
という興味もあって
最後まで目が離せません。
大傑作とまではいかなくとも
なかなか小粒な秀作でした。