$圏外の日乘-『猫の舌に釘をうて』平安書店版
(1961/平安書店 marine books 、1974.11.30)

都筑道夫の長編第2作です。

初版本は
東都書房というところから
東都ミステリーという叢書の一冊として
新書判で出ました。

その後、三一書房から
四六ソフトで
別の長編と抱き合わせで
リプリントされました。

平安書店版は
二度目のリプリント版になりますが
これに中学生の頃
新刊書店で出会えたのは
たいへん幸せなことだったと思います。

平安書店版の3年後、1977年に
講談社文庫版が出ましたけど
この本の趣向からして
文庫本で読むのは
つらいような気がします。

というのも、本作品は
できあがった際の
本の厚さを見るための
何も印刷されていない白紙を製本した
束見本(つかみほん)に
作中人物が書き込んだ
という設定のミステリだからです。


推理作家の淡路瑛一は
惚れた女の亭主に対する
殺意をガス抜きするため
女の持っていた風邪薬を一服
こっそりと盗み
それを毒薬に見立てて
行きつけの喫茶店の
客のコーヒーに溶かし込んだところが
その客はコーヒーを飲んだ途端に
昏倒して死んでしまう。

このままでは自分が
殺人犯になってしまう。
それだけじゃない、
愛する女が
誰かに殺されようとしている。
そう考えた淡路は
殺人者を探そうとする、というお話で
その調査行を束見本に日記風に書いた
という設定なのです。

だから『猫の舌に釘をうて』という
タイトル通りの内容が書かれた作品では
ありません。

猫が虐待されるミステリでは
ありませんので
猫好きの方も、ご安心を。


手記の冒頭は
「私はこの事件の、犯人であり、
 探偵であり、そしてどうやら、
 被害者にもなりそうだ」
と書き出されていて
語り手=犯人=探偵=被害者という
一人四役を成立させた超絶技巧作として
紹介されることが多い作品でもあります。

「探偵=証人=被害者=犯人」という
似たような趣向に挑んだ作品として
去年の2月に新訳が出た
セバスチアン・ジャプリゾの
『シンデレラの罠』という
フランス・ミステリがありますが
そちらの発表年は1962年なので
都筑作品の方が1年早いことになります。


これまでに紹介した
『やぶにらみの時計』
『誘拐作戦』とは違い
ユーモアのテイストはありません。

その代わりに、今は人妻となった
愛する女性への想いが切々と書かれた
センティメンタルな話になってます。

今の読者からすれば
主人公のスタンスは余りに消極的で
情けなさ過ぎるかもしれませんが
そういう情けないオジサンの
ヘタレな恋愛ミステリでもあるわけです。

自分は割と共感するというか
読んでいて
ビミョーな気分になるんですけどね。

その恋愛心理の描写も
必ずしも上手いわけではないので
そこだけは読み直すのが辛かった(苦笑)


最後の最後に
束見本に書いた手記であることを
活かした趣向も出てきますが
それはここでは伏せておきましょう。

ただ、これはいっても
いいかもしれませんが
本作品は、へたれ中年(青年?)の
恋愛ミステリというだけにとどまらず
途中に「読者への挑戦状」を挿んだ
フーダニットでもあります。

あと、今回読み直して
本作品はニコラス・ブレイクの
『野獣死すべし』(1938)への挑戦、
でなければリスペクト
というノリもあったのではないか
と気づきました。

どういうレベルでの挑戦なのかは
ここでは伏せておきます。
本作品を読んで
『野獣死すべし』を読んでいる人なら
ああ、なるほどと
分かっていただけるのではないかと。

ブレイクの作品については
手記中にも堂々と言及されていますし。

(だから、気づきました、ではなく
 思い出しました、かもw)


今なら、光文社文庫の
「都筑道夫コレクション《青春篇》」に
収録されているので
簡単に読めるはずです。

$圏外の日乘-『猫の舌に釘をうて』光文社文庫版
(光文社文庫、2003.7.20)

ただ、光文社文庫版は
本作品だけを収めているわけではなく
最後の最後の趣向のこともあり
やっぱ新書版で読むのが
ベストだと思いますけどね。

本作品だけの四六判が出れば
それでもいいですけど
厚い紙を使わないと
束がでないだろうなあ。


それにしても、こうした趣向は
電子書籍だと
成立しないはずなんですが
講談社文庫版や光文社文庫版の
電子書籍版がちゃんと出ています( ̄▽ ̄)

(だから、本としては店頭在庫のみかも)

都筑道夫が生きていたら
電子書籍版の趣向を
考え出してくれてたでしょうか……
(しんみり)