久しぶりに読み直しました。

$圏外の日乘-『誘拐作戦』中公文庫版
(1962/中公文庫、1976.2.10)

上に掲げた中公文庫版は
まだ田舎にいた頃
新刊書店で買ったものです。

今は、下に掲げた創元推理文庫版で
読むことができるかと思います。

$圏外の日乘-『誘拐作戦』創元推理文庫版
(創元推理文庫、2001.8.31)

当時、田舎の中学生だった頃
文庫で簡単に読める都筑作品は
前に紹介した『やぶにらみの時計』
『誘拐作戦』だけだったと思います。

やや時間をおいて
『三重露出』という長編が
講談社文庫に入ったかと思いますが
(調べてみたら1978年のことですから
 『誘拐作戦』の二年後ですね)
中学生の頃は
『やぶにらみの時計』と『誘拐作戦』
そしてたまたま新書で再刊されてた
『猫の舌に釘をうて』の三冊が
自分にとってのバイブルでした。


不良四人組が、盗んだ車で
高速をドライブしていると
昼間ナンパしようとして振られた女が
路上で昏倒しているのを見つけます。

そこへ、四人の内の一人と知り合いで
無免許で医師をやっている男が通りかかり
とりあえず手当のために女を助けるが
女が資産家の娘であることを知った五人は
ある誘拐計画を立てる
というお話を
スラップスティック調に書いた
ユーモア・ミステリです。


なんだ、ただの誘拐ものじゃん
と思うなかれです。

もっとも、作者・都筑道夫による
様々な企みが重畳したプロットの
ここがすごい、とか
詳しくいうとネタバレになるので
とにかく読んでみて
というしかないのですが
ここでは語り口についてだけ、少し。


デビュー作『やぶにらみの時計』を
二人称スタイルで書いた都筑道夫、
この『誘拐作戦』では、全十章を
二人の人物が交互に書き分ける
というスタイルを採用しています。

ですから
事件の途中で出てくる素人探偵を
一人の書き手は赤西一郎太と名づけ
もう一人の書き手は茜一郎と名づける
という珍妙なことになり
最初のうちは、書き手がお互いに
相手の書き方やセンスをけなしあう
というナレーションが見られます。

そこに巧まざるユーモアが生まれる。
(もちろん、巧んでるわけですが w)

この語りの工夫が無類に面白く、
『誘拐作戦』以降、
似たような書き方をした人は
いないんじゃないかな。

つまり
ひとつのオリジナルなアイデアとして
認知されているわけで
同じ趣向を取るのだとしたら
『誘拐作戦』を超えるアイデアが
必要となる。

それはなかなか難しいことだと思います。

まあ、ラノベとかだったら
もうやってるのがあるかもしれないけど
そっちは詳しくないので分かりません。


二人の語り手はそれぞれ
作中の登場人物としても
出てきているわけですが
最後まで正体は伏せられている。

作者・都筑道夫も
懸命になって隠そうとはしていないので
勘のいい人は分かるでしょう。

ポイントはそこ(語り手探し)ではなくて、
少なくともそこだけではなくて、
事件関係者が自らの体験を語るという形式を
二人の関係者に分けただけで
語り手のキャラクターが前面に出てきて
ナラティヴの面白さがそのまま
キャラクター描写になるということを
成し遂げている、という点にあると思います。

再読してみて(再読だからこそ?)
そこがポイントだと思いました。

無駄話が多くても
それは語り手の個性なんだから
まあ、ペダントリーや蘊蓄の臭みは
『やぶにらみの時計』よりは
少なくなると思うわけです。

『やぶにらみの時計』よりも
語り手=作者、という色合いが
少しは薄れているので
ナラティヴの工夫という意味では
優れていると思います。


今回、読み直して
語り手となった事件関係者が
知り得ないようなことまで
書かれているなあと思いましたが
よくよく考えれば
それもOKなだけでなく
それが逆に
ミスディレクション(誤導)にも
なっている。

それもすごいですね。


そして、最後の最後には
出版物に印刷されている著者
すなわち都筑道夫が注意書きを付けていて
読者への挑戦状みたいなものも
挿入されています。

驚くべきことには
1962年に刊行された初版では
その解答は付いていませんでした。

1967年にリプリントされた際に初めて
作中に語り手による解答が付けられました。
(現在、文庫化されているものは
 すべて67年版を底本としています)

つまり当時の読者は
初版本が出てから四年間、
犯人が犯したミスに付いては
宙ぶらりんのままだったわけで。

今なら、版元のHPに飛んで公開
という形を取りそうな趣向
といえるかもしれません。

都筑道夫という作家の先進性が
よくうかがわれるところです。