$圏外の日乘-『靄の旋律』
(1999/ヘレンハルメ美穂訳、集英社文庫、2012.9.25)

以前、最近の翻訳ミステリのトレンドは
北欧諸国のミステリと歴史・時代ミステリ
書きましたけど
今回ご案内の
『靄(もや)の旋律』は
スウェーデン発
国家刑事警察 特別捜査班
Intercrime シリーズの第1作です。

特別捜査班ですから
スウェーデン版・特捜みたいなものか、と。

オビの写真は
向こうでドラマ化された際の主役の顔
かと思ってたら
作者の顔だそうです(苦笑)

カメラマンに言われたのかもしれませんが
何も眉間にしわ寄せて睨みつけなくても……


大物実業家の連続殺人事件に
スウェーデン各地からスカウトされた
6人の刑事が挑む、というお話。

最初は、主人公格の刑事ポール・イェルムが
移民管理局を占拠した移民の乗っ取り犯を
ダーティハリーばりに単身乗り込み
捕まえるエピソードが描かれます。

スウェーデンは
いろいろと移民問題を抱えていることを
このエピソードがよく示しているんですが
この英雄的行動が問題となり
懲戒免職となる寸前
特捜班にスカウトされるわけです。

この占拠事件を通して、イェルムも
何らかのトラウマを抱えるようになります。


特捜班のメンバーは
一人はまさに移民出自の刑事で
一人はフィンランドからの移住組。
一人は女性で、という感じで
まあ、まさにさまざまな問題を抱えた
スウェーデンという国家を
象徴するかのようなチームなのでした。

物語はずっとイェルムの視点ではなく
連続殺人犯の視点が犯行前に挿入される他
ロシア・マフィアを追って
特捜班の一人がフィンランドに渡る場面では
その刑事の視点に変わります。

イェルムから別の刑事に
急に視点が変わったので
何事かと、ちょっと混乱しました。


その、フィンランドのエピソードまでは
割と軽快に読めたんですが
あとは真犯人に到達するまで
遅々として進まない感じ。

真犯人に到達するのは
犯人が現場に
カセット・テープを
残していったからなんですが
そこに録音されていたのが
セロニアス・モンク・カルテットの演奏する
「ミステリオーソ」でした。

ミステリオーソ Mysterioso という曲名が
原題でもあるわけですが
この言葉の中には
Mystery の他に Mist(靄)が含まれている
という作中の説明を受けて
邦題が「靄の旋律」となったわけです。

これはなかなかうまい邦題ですね。


文庫巻末の解説の前半では
最近の北欧ミステリ・ブームを
簡潔に紹介していて
これは勉強になります。

解説の後半では、
近年の北欧ミステリは
20世紀前半のイギリス・ミステリの
エッセンスを取り入れたものが
多いような気がするといい
ジム・ケリーを引き合いに出して
本書の後半での推理は
「謎解き小説のファンをも満足させるもの」
と書かれていますけど
そうでしょうかねえ。

小説後半のどういう推理を指しているのか
よく分からないのですが
個人的には賛同できない感じで。


上で、難民問題や
ロシア・マフィアについてふれましたが
その他、バブル崩壊の影響や
イェルムの抱える家庭問題なども
描き込まれています。

ちょっと面白かったのは
刑事の一人が聖歌隊に加わっていて
張り込みでリハーサルに行けず
へこむところとか
その時のリハーサル曲は
「教皇マルチェルスのミサ曲」だとか
女性刑事と一緒に
グレゴリオ聖歌を歌う場面がある
とかいうところ。

どこにも註がありませんでしたけど
「教皇マルチェルスのミサ曲」は
ルネサンス期のイタリアの作曲家
パレストリーナの曲です。

パレストリーナを題材とした
オペラに使われたために
曲名だけはよく知られているのだそうですが
イギリス・ミステリっぽいというのなら
むしろこういう
クラシック趣味が出ているところなんかが
そうかなあとも思ったり。

もちろんスウェーデンというのは
クラシックやジャズなど
その手の音楽が好きな
お国柄なのかもしれませんけど。