安田靫彦展 | アンクルコアラのブログ

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歴史の教科書でよく眼にした古今東西の偉人・英雄の肖像は、その多くが安田靫彦の描いたものであることは知っていた。

ただ余計な装飾を削ぎ落としたシンプル過ぎる絵画表現は、如何にも「ザ・日本画」という感じがして、これまではそれ程関心がなかった。

この3月から東京国立近代美術館で開催されている「安田靫彦展」は40年振りに開催される二度目の回顧展であり、今回見逃すと当分観る機会はなかろうと、会場まで足を運んだ。
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安田靫彦が岡倉天心の最後の弟子であること、殆ど独学で歴史を学び作品に生かしたこと、94歳まで長生きし没年は私が就職した昭和53年だったことなど、今日の新発見は幾つもあった。

靫彦24歳の作品である「物部大連」。後の靫彦には見られないリアルな表情に驚く。靫彦はリアル過ぎる表現を反省したようだが、物部守屋の人物像を完璧に描き切った傑作と思う。
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晩年の傑作「出陣の舞」。桶狭間出陣前夜の織田信長。若き信長の凛とした表情がいい。
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昭和31年の作品「伏見の茶亭」。靫彦は秀吉を題材にした作品は何点もあるが、皆この作品のように品格ある秀吉像を描いている。
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古事記を題材にした作品も多い。瀕死のヤマトタケルを描いた「居醒泉」は44歳、昭和3年の制作である。私の記憶が正しければ、山川の「詳説日本史」に掲載されていた。
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重要文化財であり、靫彦の最高傑作と言っても良いだろう。頼朝・義経の対面を描いた「黄瀬川の陣」は、まず左隻の義経を昭和15年11月に、右隻の頼朝を昭和16年9月に発表している。
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頼朝像は神護寺の「伝・頼朝像」にインスパイアされたことは明らかだが、現代絵画として蘇らせた画力は素晴らしい。

「伝・頼朝像」は実は足利直義像と言われているが、靫彦の「黄瀬川の陣」の影響で、大半の日本人は頼朝はこんな顔と信じているのではないか。

靫彦の描くすべての肖像画に共通するのは、モデルの持つ高い精神性が正確に描かれていることであろう。観る人に力を与える作品群であることは間違いない。

安田靫彦展を堪能した後は、所蔵作品展を鑑賞した。殆どの作品を撮影時出来るのは有難い。

とくに今回は安田靫彦リコメンド作品展コーナーが設けられ、嬉しいことに靫彦の先輩格である菱田春草の作品が多く陳列されていた。

こちらは春草の力作「王昭君」。
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岸田劉生の「麗子像」。麗子像の中ではこの作品が一番好きだ。
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