映画感想 江戸川乱歩原作「蟲」(ネタバレあり) | 隅の老人の部屋

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江戸川乱歩没後60周年記念作品として作られた3作のうちの2作目として公開されました。
原作について乱歩自身は「私の一番悪い癖を寄せ集めた様な小説である。」とか「力作には相違ないけれども、下手な力作に終わっている。」というように書いています。
まあ、乱歩はめったに自作を誉めないので、割り引いて受け止める必要があって、

全体の完成度はともかく、乱歩らしい世界観の作品に仕上がっていると思いました。

原作の前半はストーカー殺人のような展開で、
GPSも盗聴器もない時代なので、
連れ込み宿のふすまを開けてまわって相手を捜したり、壁に穴を開けたり、
やや強引な描写があります。
その点では現代劇化しやすいかもしれないという気がしましたが、
別なストーカーが登場するものの、
主人公はそれほどストーカー行為をしないので少し期待外れでした。

今回も舞台挨拶付きの上映で鑑賞したのですが、
けっこう空席がありインディーズ映画のきびしい現状を感じます。
上映前の挨拶だったので、あまり突っ込んだ話が聞けなかったのがちょっと残念でした。

映画監督の柾木愛之助は新作を撮らず、親の残した金で隠遁生活を送っています。
柾木は唯一の友人、池内の誘いで見に行った演劇で、主演女優の木下芙蓉に惚れこんでしまいました。
柾木は、その舞台に何回も通い、新しいシナリオも執筆します。
シナリオの内容は具体的には描かれませんが、
完成したシナリオは独りよがりで一般性の無いもののようです。

柾木は池内や芙蓉の前では独りよがりな映画論をぶち上げ、他人の悪口を言いまくりますが、
悪口の相手が来るとろくに口が聞けなくなる幼稚な性格で、
多くの人をまとめる映画監督ができるようには見えません。
原作では大学を中退して引きこもり生活を送る27歳の男という設定ですが、
映画ではさらに痛い中年のダメ男になっています。

一方の芙蓉も柾木と池内の小学校時代の同級生で「サロメ」を演じ切る人気女優という設定から、
グラビアモデルから女優にシフトチェンジしようとするも演技力の問題で伸び悩むB級キャラに変更されていました。
性格の悪さも原作以上です。

池内のキャラクターをふくらませているのは面白いと思いました。
原作にはないキャラクター、小林も着想としては悪くないのですが、
ストーリーの都合で動いているように見える部分があって、
十分には描き切れていないのが残念です。
芙蓉殺害に至る展開もちょっと無理があるように感じました。
グラビアモデルとして活動しているのなら、マネージャーくらいいそうなものですが。

全体的にブラックコメディ・タッチで描かれているのですが、
やや中途半端な印象です。
もう少し振り切った演出をしたほうが面白くなった気がしました。
特に終盤は失速してしまっています。

原作における「蟲」との虚しい戦いはほぼ省かれ、

死体を撮影する柾木の狂態が、ややグダグダな印象でした。

ドラマ全体を彩る片想いの連鎖というのは悪くないアイデアだと思いましたが、
AIまでも、というオチはあまり効果を発揮していません。

芙蓉役の佐藤里菜は、特別に演技が上手いというわけではないのですが、
目を開けたままけっこう長いカットでも動かない死体ぶりに気合が感じられました。

余談ですが前作「3つのグノシエンヌ」がインディーズ映画には珍しいシネスコサイズだったのに対し、本作はスタンダードサイズでちょっとマイナーな印象が強くなっています。