ポール・オースター「内面からの報告書」(新潮社・2200円+税) | 野球少年のひとりごと

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また、父・洋画家「仲村一男」の作品を毎日紹介しています。

昨日は、旧居時代の町会役員OBから岸和田祭の2回の試験曳きも宵宮も参与詰め所に顔を出さないけれど、何かあったのかと心配し電話くれる。水疱性類天疱瘡のためにダンジリに付いていくのは勿論、詰め所に長時間いるのも辛くて今年は祭り参加断念の旨を伝えると、大変残念がってくれる。物心ついてから初めての祭り不参加である。70歳になる年までダンジリに付いて走ったけれど、そのときに既に同じ年ごろでダンジリに付く人間は激減していた。法被、パッチの祭り衣装こそ着用するが、祭り期間のほとんどを詰め所の飲み食いで過ごしながらときどきダンジリを見物に出かけるくらいの人間が大半を占めるようになった。昨日今日あたり、ダンジリをせめて見物に出かけたいというような気も起こらない。もうそろそろ引退してもいいような気になっている。娘夫婦一家はその娘たち(小学2年生の双子の女の子)の夜店での遊びが目的で先ほど出かけて行った。娘は高校時代くらいまでダンジリが大好きだったし、大学の頃も友人たちを連れて来ていたようであるが、その大学のクラブで一緒だった連れ合いは富山の出身ということもあり、おそらく余り興味もないのであろう。ただ、主要な仕事先の方がダンジリに携わっているようでその詰め所まで挨拶をしに行く目的もあるようだ。

 

本の話である。いま読んでいる、新井紀子「AIに負けない子どもを育てる」(東洋経済新報社・1600円+税)は予想通りの面白さで、そこに「読解力」の大切さの話が出てくる。わたしなどのように数学を高校一年生であきらめ、結果、読解力で何とかなった英国社の三科目入試でどうにか私学の文学部に通り、社会に出てからも国語というか文章に対する読解力を強みに生きてきたところがあるが、その諦めた数学の理解に大きな影響をもったのが新井の説くように設問に対する読解力の足りなさだったとしたら、「読解力」そのものにも大いに問題があったわけだ。面白さで、新井紀子のものはどれも期待を違わない。本当に気持ちの良いくらいに頭のいい女性である。

 

それと、今日もポール・オースターの「内面からの報告書」(新潮社・2200円+税)と「冬の日誌」(新潮社・1900円+税)の対をなす2冊の本の話を。いずれも2017年の刊行で、小説ではその翌年に「インヴィジブル」(新潮社・2100円+税)が出ていてそれは本日アマゾンに注文を出した。「内面からの報告書」と「冬の日誌」に話を戻すといずれも回想録で、自伝や回想録の類が好きなわたしには放置できない(現実には購入して2年になるが)ところがある。昨日から読み始めている、ポール・オースターの小説第1作の「ガラスの街」(新潮文庫・520円+税)も、独特のストーリー展開(ミステリアスともいえる)で、一気に読み進めている。回想録や小説、そしてエッセイなどを読むことでその作家の丸ごとを知る喜びがある。読了後にあらためて

 

「内面からの報告書」 ある精神をめぐる物語 初めて書いた詩。心揺さぶられた映画、父の嘘。元妻リディア・ディヴィスへの熱い手紙―。 記憶をたぐり寄せ、心の地層を掘り起こして記す、熱を帯びた回想録。

 オースターはこの本で、かつての自分の心に、内面に―内面と呼ぶに相応しいものが誕生する以前までさかのぼって―何が起きていたかを思い出し、生きなおそうとしている。(「訳者あとがきより」)

 オースターの自伝的作品群は、寸分の狂いもないカットを施された宝石さながらに、どれもが光を放っている。本書の表題作でもある第一章は「完璧」と言っても過言ではない。(「ニューヨークタイムズ・ブックレビュー」)

 

「冬の日誌」 ある身体をめぐる物語 いま語れ、手遅れにならないうちに。 幼時の大けが。性の目覚め。パリでの貧乏暮らし。暮らしてきた家々。妻との出会い。母の死―。 「人生の冬」を迎えた作家の、肉体と感覚をめぐる回想録。

 著者はかつての自分を、共感と、同情と、いくぶんの欲望とが混ざりあった思いで眺めている。その感慨豊かな視線を共有できることが、この本を読む上での大きな楽しみである。(「訳者あとがきより」)

 静かに胸を打つ、死と生をめぐる黙想。これは一人の男の身体を通じて作り上げられた、彼の歴史の精巧な目録である。(「パブリッシャーズ・ウィークリー」)

 

 

「長崎」
油彩606×727センチ(1964)
「洋画家 仲村一男」のホームページ
 http://www.nakamura-kazuo.jp