恋人の好きなところってわからない。
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万事、理由がなんなのか、を考えるのは難しい。
思いついたとしても、それは起因だったり、または従因だったり、主因じゃないかもしれない。
時計が止まって、この時間がずっと二人の間にあってほしい、それで告白したけど。
でも、それは告白した理由だし、【唇が乾燥したとき、皮を剥いで、リップクリームを塗る】っていう希少な共感があったのも、【同じコラボTシャツを買っていた】ことも、【お互いあんまり束縛しない】ところも、たとえ【友達でも誘うのに「断られる恐怖」と「相手に与える断りづらい圧」を気にしちゃう】ことも、そういう共通点は、結局のところ「好き、って思う瞬間」に過ぎない。
「好きなところ」は、そういうはなしてる瞬間に、すき、って気持ちの起こった実際のケースじゃない。
すきを感じた瞬間のポイントを集めて揃えて、その散らばった共通点が、あるいはパーツが、組み立てたら自分と相手の間のナニになるのか、っていう全体像のパズルじゃなきゃいけない。
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大体の場合は、顔と声と性格。
たとえば、「性格の優しいところがすき」「顔がシュンとしててすき」とか。
言い方の問題は忘れるとして。
じゃあ、この「優しい」と「シュン」っていうのは、なににつながってるのか、そこが言う自らでわからない。
これが「リンゴ」と「パイナップル」だったら、フルーツにつながってる。
ああ、フルーツ好きなんだな、またはピコ太郎すきなんだなってなる。
だけど、「フルーツが好きなのであなたがすき」と考えてみても。
じゃあ、なんで他のフルーツっぽい人じゃダメなのか、わからない。
私はフルーツ好き、私はフルーツっぽいと思う、
これって「私がそうである」っていう一方向で、せめてつながってるとしたら私とフルーツ。
あなたとフルーツをつなげるナニカにかけているし、その線の強さが脆く、糸の赤みに欠ける。
あなたの逐一の言動に、フルーツ要素のないところがあれば、それは「すき」の反証にもなるし、あなたを例証に加担させてしまったことになる。
それに「フルーツ」という言葉に、相手を閉じ込めてしまってる。
自分が思う、相手の好きなところを閉じ込めてしまってる。
相手を、フルーツであらねば、と閉じ込めてしまう。
相手のことを既存の言葉で表現してしまえば、それは既にある他の物に置き換えられる可能性が、少しでもチラついてしまし。
なにより。
人の「すき」ってきもちは、本来、原始的で流動的で、自由に起きてしまうものだから、野原に解き放たれた自由なウサギがピョンピョン跳び回ってるところを、虫取り網とカゴ、っていう形式にハメてしまうようなものだし、その自(由に発)生する雑草は、名前をつけてしまえば「雑草」じゃなくなるし、そういうすきを理性で追おうとすることは、自分のきもちに蓋をしてしまうようなものと近い。
でも、答えはわかってるつもり。
私は、恋人の人間がすき。
その恋人がその人たる魂がすき。
先述の具体的で実際的な共通点は、その人を構成するパーツで、それは他の人との共通点だとしたらあんまりうれしくないし、好きな人の髪の毛も鼻もなにもかも好きだから、そう、あなたという人間がすきだから、そういう共通点、性格とかのパーツがすきなんだと思う。
あなたが多重人格になっても、私はきっと嫌いになれない。
その人格のそれぞれは、あなたを構成するパーツだから。
私のすきを構成するパーツだから。
あなたが植物状態になっても、ああ、私お花好きなんだ、植物みたいでかわいいね、って思うし、その心は、好きな原作小説のメディアミックスした映画は、その作品の別の顔をみるようでも、グッズを体験的に買う行為でもあるし、原作小説が親だとしたら漫画化は出産で、アニメ化は子で、実写化は孫だから。
私はあなたの別のバージョンも楽しめるなんて、そう思うかもしれない。
私はあなたに恋しちゃったから。あなたの性格を好きと言っても、顔を好きと言っても。
その顔と性格がたとえ変わっても、まず「あなた」に恋しちゃったのであって、「性格」に恋しちゃったのではないのだから。
共通点があったら、すき、ってなるけど。
でも、それは共通点があるからすき、ではない。
好きなあなたとの共通点は、うれしいし、安心になる。ふたりのみ閉じ込められた箱の世界。
相違点は、あなたがひとり自立して、このダメダメな私とは違う存在である、そう思わせる喜びと、刺激がある。
たとえ、相違点が多い恋人でも、共通点があったらそのレアに喜ぶし。
共通点が多い恋人でも、相違点のレアに喜ぶ。
共通点と相違点、この二項対立ではないけれど。
だって、私とあなたは、付き合っている時点で、その関係をお互いに持つ者同士の類似点があるのだから。
あなたが「リンゴがすき」、そして私も「リンゴがすき」。
わたしは、あなたがリンゴがすきな時点で、あなたのことがすき。
既に好きだけれど、そこに、私とあなたをつなぐ架け橋(共通点、相違点)があれば、さらにうれしい、そいいうことでしかないのだから。