幼稚園時代で記憶にある事。
それは、
補助輪無し自転車に乗れた事が嬉しくて
1人で幼稚園に行く前に知らない場所迄乗り、親を心配させた事。
雨がすごい降る中、幼稚園で自転車の絵を描いた事。
ひまわり組だった事。
同じクラスの男の子に、ガチャガチャの指輪を貰った事。
男の子と遊ぶのが好きだった事。
遠すぎる記憶を呼び戻してみたら、こんな事しか思い出せなかったけれど、
今から思えば、幼稚園時代は、周りに合わせなきゃいけないなんて縛りはないから、本当に自由に生きていたなと思う。
幼稚園に行く前に自転車で、何処かに行ってしまうなんて、今の時代じゃ考えられない事をしても、無事に戻れてきた事に
「良かった~」と
母からも、怒られなかった。
まだ、この頃は難聴だとは知らない母は、個性として、やる事全てを受け止めてくれていたのかもしれない。
ただ、家では、「カ行とサ行とタ行」の発音を何度も何度も訂正されていた。
キッチンが言えなかった。
この時の私は、聞こえるままを発音しているのに、何が間違っているの?と不思議だった。
この頃は、悔しいもなく、ただただ、不思議に感じていた。
まだまだ、自分の心と闘わずにいられた幸せな時代だった。
明日は、ついに難聴だと決定した入学前検診について書こうと思う。
それは、
補助輪無し自転車に乗れた事が嬉しくて
1人で幼稚園に行く前に知らない場所迄乗り、親を心配させた事。
雨がすごい降る中、幼稚園で自転車の絵を描いた事。
ひまわり組だった事。
同じクラスの男の子に、ガチャガチャの指輪を貰った事。
男の子と遊ぶのが好きだった事。
遠すぎる記憶を呼び戻してみたら、こんな事しか思い出せなかったけれど、
今から思えば、幼稚園時代は、周りに合わせなきゃいけないなんて縛りはないから、本当に自由に生きていたなと思う。
幼稚園に行く前に自転車で、何処かに行ってしまうなんて、今の時代じゃ考えられない事をしても、無事に戻れてきた事に
「良かった~」と
母からも、怒られなかった。
まだ、この頃は難聴だとは知らない母は、個性として、やる事全てを受け止めてくれていたのかもしれない。
ただ、家では、「カ行とサ行とタ行」の発音を何度も何度も訂正されていた。
キッチンが言えなかった。
この時の私は、聞こえるままを発音しているのに、何が間違っているの?と不思議だった。
この頃は、悔しいもなく、ただただ、不思議に感じていた。
まだまだ、自分の心と闘わずにいられた幸せな時代だった。
明日は、ついに難聴だと決定した入学前検診について書こうと思う。