運転中、富士山が見られました。
太陽が周りを照らしているのだけど
まるで、
富士山が周りを照らしているような
佇まいでしたヨ。
さて、この間
を書きました。
不安がココロの中でいっぱいになると、
そんな不安な現実を
受け入れなければならない。
こうして、文字にすると
なんて暗い。。
暗黒のトンネルから抜け出せないような
雰囲気ですね。
不安は誰もが抱くもの。
不安を持ってはいけないのではなく、
不安があるから、
不安を払しょくしようと努力するし、
不安を安心に変えようとする。
そんな力を誰もがもっているはず。
難聴が故に、
出来ない事を
出来るようにするという事に意識を向けるから苦しくなる。
かつての私がそうだったように。
努力してできることと、
出来ない事があるのだ。
皆と同じように聞こえなければならない。
いや、聞こえたい。というのが正しいのかな。
そこに意識を向けると
ゴールのないゴールに向かって
苦しみ続ける。
難聴の子供を持つママにまず意識してほしい事は、
この子は、
皆と同じように聞こえなくて可哀想。
そういう気持ちをのせないでほしい。
むしろ、そんな風にあなたは、聞こえるんだね。
と肯定してあげてほしい。
おもしろがってあげてほしい。
そうすれば、
子供はどんどん、自分の事を話すし、
おもしろがるだろう。
ママはどんな風に聞こえるの?と聞くかもしれない。
そして、子供が大きくなり、
友達に自分の事を伝える時に、
聞こえ方、私には、こんな風に聞こえるんだよね。
こういう音が苦手で聞こえない。
そんな風に具体的に相手に伝える術を身に着けることができる。
そうして、
同じ音でも、
世の中には、違う音にもなるんだ。という世界を知る。
皆同じではないという事を知れば
お互い尊重し合える。
その関係性をまずは、
親子の中でしっかりと築き上げていけば、
友達間の中でも、
お互いに尊重し合える出会いが待っているのではないかと思う。
もちろん、
子供の世界は時に残虐だから
そんな綺麗な会話にならない事も多い。
小馬鹿にされたり
笑われたりすることを経験することもあるだろう。
でも
それは、親からみれば、
可哀想な経験なのかもしれないが、
子供からすると、
なかなか言えない残虐な言葉を受ける事で
人を見る力は備わってくる。
残虐な言葉を言われたと泣いた日は、
「その言葉によく耐えたね。」
「辛かったね。偉かったね。」
とにかく、共感してあげる。
そして、
相手に毅然とふるまうことを伝えてあげたい。