少し前に、人生で初の出来事として腰痛になったことを書きましたが、間を置かずに再発してしまいました。

 

しかも今回は、自分にとっては結構重症だと思っていた前回の腰痛をはるかに上回る、立ち上がれない、という状態を経験。

 

かなりショックを受けました!

 

きっかけは植え替えをした重たい鉢を持ったこと。

一度腰痛になっているのでバンダをしっかり入れて持ち上げていたのですが、この時は前回痛めた左の腰椎の辺りに違和感が走り、あ、まずいかもと思ってすぐに降ろしました。

 

すると瞬く間に左右の大殿筋上部と中殿筋辺りががぎゅーっと固まっていく感覚が始まったので、ひとまず腰かけて様子見。

 

夕方だったので、その日はこり始めた臀部と背中の下部をストレッチして就寝したのですが、次の日症状は悪化していました。

 

立てなくなったのは、その次の日の三日目。

 

ベッドから何とか起き上がって数歩歩くと立っていられず、膝をつき四つん這いになるも、それもホールド不可。

腰椎から肩甲骨に到達する辺りまで、僧帽筋のこむら返りのような筋肉の収縮と痛みで冷や汗がにじんできます。

 

なんとまあ、体を起こせない状態とは、全身麻酔で開腹手術をした時以来。

トリガーが入ると、体が絞られるように筋肉が固まり始め、自分ではリリースできないのです。

 

ふと頭に浮かんだのは、家人が常備している、こむら返りが瞬時に治る即効性のある漢方薬。

足がよくつる方は愛用されているのではないでしょうか。ツムラ68番、芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)。

 

 

 

 

藁にも縋る気持ちで服用。一袋では変化が現れず、ふたつ飲みました。すると…。

神さまありがとう、ギリギリと音がするような筋肉の硬さが時間とともに和らいできました!

 

その日は体が回復しようとしていたのか一日中眠り、ベッドでは辛いので夜も畳の部屋で膝の下にボルスターを置いて寝ました。

 

次の日もツムラ68にお世話になり、体を支えられないので家人が買ってくれたコルセットを装着して、今回は整骨院と鍼灸院にも行きました。

 

気持ちも沈んでくる五日目。68番は毎日です。

 

そして六日目に俄然症状は改善し、その日の夕方はヨガ棒のオンラインクラスもできるまでに。

 

どうなることかと思いました。

 

腰痛でうつ病になってしまうという話、分かります。

今日で一週間経ちましたが、気持ちも全然違いますし、健康であることはほんとうに有難いことなんだと思います。

 

しかしなぜこんなに筋肉が強張っているのか。明らかに前回の腰痛が完治していない、むしろ筋肉が収縮する癖がついているかのようです。

 

しばらく油断せずに、整骨院にも通いながら柔らかい筋肉を取り戻していきたいです。

 

ご興味あれば、前回の腰痛記事はこちらから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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沖縄から連れてきた植物たち。インド原産のプランツは福岡の気候が厳しいのは確かで、ニームとカリーの木は冬の間室内に退避させました。

 

トゥルシーは冬前に枯れてしまうのですが、秋口に発芽した3代目のカリートリーの小さな苗木は越冬し、沖縄では冬である14℃の気温でも屋外で育っています。


昨年の冬は室内に入れていたアマリリスも咲き始めました。

 

 

 

今年は屋外で冬越えし、庭に地植えしたアマリリス。

 

 

いつも沖縄の春のお墓参りである清明祭/シーミーの時期、4月初めには咲いていたので、去年は体内時計に従ったのか伊都でもその頃に咲きました。

 

今はもうすぐ5月なので少し遅くなっていますが、お隣さんのアマリリスは蕾も伸びていない状態なので、沖縄仕様の体内時計からまだ移行期間中でしょうか。

 

沖縄ネイティブでもうひとつ越冬した上に勢いよく育っているのが苦菜です。

 

 

 

 

昨年の夏の里帰りで友人が持たせてくれた苗を地植えしたら、ストローのような茎がスルスル伸びて新芽をたくさんつけ始めました。

 

土になっているのを見たことがなかったので、こんなに固い茎が放射状に伸びてくるとは知らず。

青く爽やかな苦みがとても美味しいです。白和えにして、お隣の大家さんにおすそ分けをしたら喜ばれました。

 

そして沖縄では元気がなく、ほんの小さな丸い葉しかつけなかったオレガノが、ここでは豹変しています。

 

 

 

 

元々0度以下の寒さでも耐えらえる耐寒性のあるハーブなので、おそらく沖縄の気候は暑すぎたのかと思われますが、昨年は種もつけたしすこぶる元気。

 

小さな茂みになってます。

 

メキシカンもイタリア料理もよく作るので出番は多いですが、追いつきません。剪定しないと他のハーブを吞み込んでしまう勢いなので、茎が木になるほどになっているものたちを刈りました。

 

ローズマリーやミントなど地植えした他のハーブたちもすくすく育っているので、友人に貰ってもらいます。

 

束で渡すよりも飾って、楽しんで、そこから摘んで使ってもらえるかなと、リースにしました。

このままドライになっていくのも好都合です。

 

 

 

食用リース。エディブル・リースって言ったらお洒落かな(笑)。

 

 

 

以前沖縄の花たちについて書いた記事です。

 

 

 

 

 

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東日本大震災から10年経ち、今年ようやく読んた本が「津波の霊たち―3.11 死と生の物語」です。

 

ようやく、というのも、私は震災を経験した当事者ではありませんが、いろいろな不条理に反応する厄介な生態を持つゆえ、東日本大震災には強い思いを持っていまして。

 

震災直後は正視できない映像や心が揺さぶられて読めない記事などもたくさんありましたが、毎年鎮魂のための太陽礼拝108回を行い、復興を含めた現地の状況変化を追いながら人々の気持ちに心を寄せてきました。

 

ザ・タイムズ紙日本版の記者による震災のルポルタージュを知った時も、まだ自分には読む準備ができていないのではないかと考えました。

感情が湧きあがってちゃんと受けとめられないのではないか。

 

そうして今年は震災が起こってから10年目となり、例年にも増して関連記事が増える中、読んでみようと思ったのです。

仙台に住む震災経験者のヨーガ仲間ユキちゃんは、まだ読めないと言っていました。その気持ちはよく解ります。

 

東日本大震災の地ではあちこちで、幽霊の目撃情報があるという話は聞いていました。

その直後でも、10年経つ今でも。

 

そういった現象に対しては、私の感覚ではあたりまえに起きることという考えです。

 

もう何年も前ですが、八甲田山の無人の別荘から119番がかかってきた、というニュースを目にした時、戦前の八甲田山での雪中行軍訓練で遭難した歩兵隊の将兵たちが掛けているんだろうなと思いました。

 

東日本大震災の後にも119番への通報、津波で流されて今は更地になっている住所への出動要請が何度もあったとのことです。

 

突如、まさに予期せぬ突風が吹いた間に死に至った魂が困惑するのは間違いないだろう。

自己を吹き飛ばされるような暴力と苦しみの中で起こった死がもたらす魂の行き場というのは、どこか。

 

いずれの状況からも、漂う魂が存在するのは私にとって理解しがたいことではありません。

 

息もできないような重い泥の塊だった津波に巻き込まれ、ただ翻弄されて息絶える状況は、圧倒的な暴力が起こったところでの死そのものです。

 

なぜあの津波は真っ黒だったのか。

 

破壊された船などから燃料が漏れ、海水と混ざったからなのか。その答えも、このルポルタージュにありました。

 

著者は東京在住20年を超すジャーナリストのリチャード・ロイド・パリー氏で、推薦文を寄せた福島県在住の玄侑宗久禅師のお言葉通り、綿密な取材に基づく類まれな仕事をされています。

 

パリー氏自身は幽霊の存在や超常現象を信じていないようですが、それは取材で聞いた話を信じないということではもちろんなく、重要なのは人々にとってはその経験が現実だということだと、国際文化会館によるインタビュー記事で語っています。

 

著書の中で語られるのは幽霊や除霊の例だけではありません。幽霊が出てくるバックグラウンドとしての東北の風土や巨大なトラウマとして残っている精神面への津波の傷跡などを深く掘り下げて考察しています。

 

そこに生きる人々に対しての寄り添う姿勢は思量深く尊敬に満ちていて、しかし客観的な視点は物語りを力強く伝えてくる。

 

彼は人が、人間が好きなんだなというのが私の印象です。

 

 

 

 

パリー氏は幽霊と超常現象の他にもうひとつの大きな柱として、74人の児童と10人の教員が犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校を巡る人々と行政に関する、6年間の取材によるルポを伝えています。


津波によってこれほど多くの死者が出た小学校は他にはありません。事前の防災策や避難する時点での判断などが人災を引き起こしたと一部の保護者達が裁判を起こしたことで、私もその学校の名前は耳にしていました。

 

私がそのニュースを聞いて最初に感じた、微かな違和感。

自然災害によって引き起こされた死の責任を問う裁判への疑問は、津波の霊たちを読んで直ちに払しょくされました。

 

詳しい背景と震災後のことの成り行きを読んでいくうち、これはある地域のある人々の物語ではなく、日本という国の昔からの社会に存在する根深い問題のことなのだと分かったのです。

 

このルポルタージュを読む少し前に、「同調圧力」という劇作家の鴻上尚史氏と世間学などの研究者である佐藤直樹氏の対談集を読んでいました。

 

かたち(枠?)に収まらない者への陰湿に行われる疎外行為。同じでなければならない不思議な掟。

 

私も大きな違和感を感じる子供の運動会での、全員が一等賞。コロナ感染拡大によりビーチをパトロールするサーフィン自粛警察。匿名下で繰り広げられる壮絶な批判やいじめ。

 

それらの本質にあるものは、戦中にB29をやっつけましょうと、到底届かない竹槍で訓練をしていた頃から変わらずに続くもの、との二人の談議に暗澹とした気持ちになりましたが。

 

「同調圧力」では、世間があって社会が存在しにくい日本という話題の中、3.11では社会が出現したとも話されているのですが、ここではややこしくなるので書きません。

 

「津波の霊たち」でパリー氏が何度も書いている、声を上げない日本人たちとはまさに同調圧力下の息苦しさの中で生きる日本人たちの姿です。

 

もちろん、それがいつも悪い方向にばかりいくものではないのですが。

 

世界が称賛した、震災後の日本人たちの様子。略奪や殺し合いがあるわけでもなく(英国人のパリー氏は、これがイギリスの北東部であったら殺し合いが起きるかもしれないと書いている)、大きな災難を前に悲しみに耐えて淡々と前を向く人々。

 

平穏な心と自制心に満ちた日本の精神性。

パリー氏も最初は、この姿はまさに日本人の美と感じました。

 

それが美徳と精神文化ゆえのものだけではないと考えていくのは、6年間に渡る取材経過で繰り返し遭遇する日本の世間の掟、その元に黙る日本人たちの姿によるのだろうと思います。

 

偏向なく努め客観的なパリー氏のルポですが、後半では日本人の受容の精神、過剰なまでの我慢にはもううんざりしていたとあります。

そして怒れる者たち、声を上げる者たちを排斥しようとする日本の社会の中でそれをする人たち、この国を長い間抑圧してきた"静寂主義の崇拝″に屈せずに戦う人々に心を寄せています。

 

静寂主義の崇拝とは、同調圧力に支配された世界に育まれる心のある状態ではないか。

 

  鈴と、小鳥と、それから私、 
  みんなちがって、みんないい。

 

と、なかなか金子みすゞの詩のようにはいかない、日本の世間。

 

みんな同じでなければいけない、という染み込んだ考えがいろいろな場面で問題を生じさせていく過程が語られています。

 

ふたつのテーマで綴られる震災のルポルタージュですが、多くのことが伝わってきます。

彼の言うように、この震災で起きたあまたの出来事は極めて複層的で、その影響や意味が及ぶ範囲は計り知れないものでしょう。

 

エクソシスト(除霊者)としての活動を続けている死者と向き合う住職をはじめ、大津波に吞み込まれた庁舎から放り出され、幼稚園時代の先生の家へ流れ着いて生存した防災庁舎勤務の男性、島の住人たちを直ちに高台へ誘導した離島の高齢の漁師など、それぞれがとても魅力的な人物たちを登場させ、震災直後に仏教僧とキリスト教の牧師たちが巡礼した殺伐とした海岸や、海から流れ着いた遺体のエピソードにある美しい描写など、パリー氏はストーリーテラーでもあります。

 

元々は日本の事情を知らない海外読者に向けたものであり、日本語化に少し不安もあったという「津波の霊たち―3.11 死と生の物語」は読み応えのある、日本人にとっても気づきを促し多彩な思考体験を与えてくれる、素晴らしいルポルタージュです。

 

リチャード・ロイド・パリー氏への国際文化会館によるインタビュー記事はこちらから。

 

 

 

 

 

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この一年で、人生初の出来事やトライしたこと、始めたことがたくさんあります。

あくまで自分にとって新しいことなのですが。

 

一昨年の秋の終わりの10月末日、年が明けてコロナがじわじわと猛威を振るい始める前に伊都福岡に移動してきました。

 

沖縄は米軍ベースや国際的な博士課程専門の教育機関などがあり別れの多いところで、オキシャンティのOG達も日本国内のみならず世界中に散らばっています。

 

という私自身も沖縄から出たわけなのですが。

 

オキシャンティ伊都のクラスをそろそろ始めようと思った矢先に感染拡大が始まり、自己免疫力を上げて気持ちも前向きに暮らしていきたいと、クッキングとヨーガクラスをオンラインで開始しました。

 

息苦しさの中での生活が始まってはいましたが、この特異な状況下の一年で良いことだったと言えるのが、このオンラインクラスを始めたことです。

モニター越しではありますが、たくさんの人たちと再会できました。

 

クラスにはオキシャンティの生徒さんたちが日本国内はもちろん、韓国、NZ、ヨーロッパからも参加してくれています。

そしてアメリカや南米から、沖縄から移動になった友人、NY学生時代の教授と友人たちとも再会しました。

 

 

 

インターナショナルになったヴィーガン担々麺クラス。

 

 

沖縄のムーチーなど季節のお便りや陣中見舞いもたくさんいただき、麹クリエイターの資格を取った生徒さんからは手作りの麦、白米、玄米と3種類の黄麴と黒麹が送られてくるなど、私同様に新しいことを始めている人たちもたくさんいるんだと感じます。

 

イタリアのシチリア島にいる生徒さんには昨年10月に余裕を持ってクリスマスプレゼントを贈ったのですが、届いたのは年が明けての2月の終わりで、お雛様の隣でアーサナをするヨガサンタの写真を送ってくれました。

 

そして先日、その生徒さんからのシチリア便りがご実家経由で届いたのです。

 

 

 

 

生徒さんが送ってくれた私へのプレゼントに加えてお母さまが地元の美味しいものをたくさん詰めてくれ、お手紙もいただきました。温かいお手紙が嬉しかったので、福岡からもお手紙とお礼を。

 

こんな風に、新しい方との出会いもあるこの一年です。

 

クッキングクラスはお会いしたことのない方々もご参加くださり、友人が勧めてくれたり連れてきてくれたりと、友人たちの友人と繋がったりしています。

 

モトミさんはその中の一人で、LEAF AND SOILというオーガニックでエコな食に関連した活動をしています。

 

彼女の作るグラノーラがとても美味しく毎月オーダーしているのですが、モトミさんのグラノーラ作りもこのウイルス感染拡大下で何かみんなを元気にできるような、自分にできることがないだろうかと始めたそうです。

 

感覚が似ているところもあって、実際に会ったことがないのにこんなに恋しい人もいないね、とお互い話すこともあるのですが、良いエネルギーをいただいています。

 

 

 

 

モトミさんのグラノーラは美味しいのはもちろんですが、素材も全てオーガニックで安全な、高品質のもので作られています。

包装などもエコを徹底し、ゆうパックで送ってくれる荷物も、ご挨拶を添えつつも無駄が出ないように配慮されているのも素敵。

 

人気沸騰ですが定期的に販売を開始しているので、ご興味ある方はインスタグラムの彼女のアカウントを探してみてください。

@leafandsoilbymotomi

 

私は作られた食物からエネルギーを感じることがままあるのですが、モトミさんのグラノーラは生きてる食物です。

 

マクロビのお師匠である弘子先生が打った沖縄そばや、「めぇみち」の博美さんが握るイスキアのお結び。掌にのせるとそこから上がってくる命のエネルギーを感じます。

 

彼女のグラノーラもそうなのです。

 

 

以前書いた、マクロビのお師匠のエネルギー溢れる沖縄そばの記事はこちらから。

 

 

 

 

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KBCシネマで上映している「僕が跳びはねる理由」を観てきました。

美しい映像と登場人物たちの語り口は、ドキュメンタリーながらもエンターテインメントとしても見せる映画に仕上がっています。

 

KBCシネマに初めて行きましたが、ブレッソンの映画を上映するアートハウスなんですね。素敵なミニシアターが福岡にあって嬉しいです。

 

ドキュメンタリー映画「僕が跳びはねる理由」は、作家の東田直樹氏が自閉症である自分によく向けられる質問に答える形のエッセイを原作にしています。

 

13歳だった彼のイメージを演じるジム・フジワラ君を含め、5人の自閉症を持つ少年と少女たちの日常を追いながら、その周りで生きる家族たちへのインタビューと、当事者たちが受け取っているだろう感覚を形骸化する映像があちこちに差し込まれています。

 

映画を観る前に原作を読みたいと思ったのですが、図書館で今返却待ちの6番目。英訳はすぐに借りられました。

 

 

 

 

英訳を手掛けたのは作家のデイヴィッド・ミッチェル氏。私は彼の日本を舞台にして日本人の少年を主人公にした小説「Number 9 Dream」を読みました。

 

2部構成になっているその小説は太平洋戦争中の日本も描かれていて、よく練られて違和感もない英国人の作家の世界構成に驚き不思議な気持ちでした。

 

デイヴィッド・ミッチェル氏は広島で暮らしていたことがあるのは知っていましたが、沖縄やモンゴルなどにもいたようです。

今はアイルランドで日本人の奥さんと二人の子供たちと暮らしていて、そのうちの一人が自閉症を持つのです。

 

「THE REASON I JUMP」として英訳した「自閉症の僕が跳びはねる理由」は、子供の気持ちが理解できずに苦しんでいた彼と家族にまさに光を当てたようです。

映画の中にも同じく苦しむ家族がいて、彼のように本に助けられたと語っていました。

 

英訳本は、とても美しい本です。

書体も行間も心地よい空間が取られていて、カバーも挿絵も素晴らしく、表紙の装丁を見た時は「Number 9 Dream」のカバーを思い出しました。

 

カイ&サニーという二人組のアーティストで、デイヴィッド・ミッチェル氏の作品の装丁も何度かしているようなので、あちらも彼らの作品だったのかもしれません。

 

 

 

細かい線を積み重ねて描かれる植物や自然を描写した挿絵は、この独特な作品にとても合っているなと思います。

 

原作の前に英訳から読むという不思議な展開になりましたが、ドキュメンタリー映画も英語ベースなので、スムースな流れで入ってきています。

 

 

 

 

 

 

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