福島第一原発2号機からキセノンが検出された。再臨界したことはまちがいない。

例のごとく東電は、この件を政府に報告するのが遅れたし、たいしたことはないという会見を開いた。

間違ってはならないことがある。冷温停止だなどということは当面はあり得ない。行程表に「冷温停止」と書いているだけであって、冷温どころか、まだまだメルトダウンした燃料は熱を発し続け、臨界にすら達する状態である。

そしてそのことは、いまだ福島第一原発から放射性物質がダダ漏れであるということを意味する。事故当時に比べれば量は減っただろう。しかし、事故当時と比べるということ自体が間違っている。毎日毎日、せっせと死の灰はまき散らされているのである。

原発事故は収束などしていない。いや、事故「後」にすらなっていない。いまだ事故の最中である。細野が年内に冷温停止云々といったところで、口で言うだけでは放射性物質のダダ漏れはとまらない。

どうも関心が関東を中心としてニュースになるホットスポットに移っているようだ。もちろん、ホットスポットも問題だが、原発事故そのものがまだまだ事故の真っ最中であることを忘れてはならない。

九電では玄海原子力発電所4号機を無理やり再稼働した。なんでも玄海町の一軒一軒にまわって了解を得たそうだ。あのデタラメいや斑目春樹が委員長を務める核危険委員会いや原子力安全委員会ですら、原発防災地域を30キロ圏に広げた。にもかかわらず、九電は玄海町の人に断ったから再稼働OKとし、九電と癒着があきらかになっても蛙の面にションベンを貫き通す佐賀県知事の古川もそれを了承している。

いまだ福島原発は事故のまっただ中にある。そして九電は欺瞞を政治との癒着を使って――そしてふぬけマスコミの間隙を突いて――原発を再稼働させた。

今日、内閣府政務官の園田が福島原発5,6号機の低濃度汚染水の処理水について、安全が確認されていることを示すために、報道陣の前でその水を飲み干すパフォーマンスをした。本人はパフォーマンスではないというが、パフォーマンス以外の意味を見いだすことの方が難しい。こんな、犬の糞以下のパフォーマンスについてとやかく書く時間も労力ももったいないし、それよりも、東電のしでかすことのひどさにあきれかえる。

この園田が飲んだ水は、れっきとした汚染水である。それを東電は、原発事故の対応のために伐採した樹木が腐り自然発火することを予防するという名目で、毎日100トン散水している。

さすがに自然の力はすごい。伐採した木から自然に火が出る。なるほど。ならば大変だ。全国の、いや全世界の木材が伐採された場所にはいまから大至急その木材がびしょびしょになるほど水をまかねば、地球全体から自然に発火して地球がなくなってしまう!

ふらーかや。東電の連中よ。いったー大人だろ。もう少しましな言い訳考えられんか。自然の力がすごくて、自然発火するのなら、水をまかずに、その木を何とかしろ。

東電はもっと別の理由も言っているらしい。水をまくと、原発敷地内の放射性物質の飛散も防ぐ効果がある、と。ふらーかや。放射性物質が飛散する怖れがあるのなら、もっときちんと対応しろ。水をまけば事態が収束するほど簡単な事故か。

要は処理しきれないほどの汚染水がたまりにたまり、どうしようもないから捨てたいけれど、そっと捨てると怒られるし、堂々と捨てても怒られる。ならば、もっともらしい――と人びとが思うだろうと思っていることが、いかに東電がふらーであるか分かるのだが――理由を付けて、堂々とまき散らしてやれ。そうそう、火が出ると危ないでしょ、放射性物質も飛ばないほうがいいよね、こう言えば、みんなうんうんとうなづいてくれるはずだ、と思ったのだろう。

だれも水を飲む必要は無い。必要なことはただひとつ。汚染をまき散らさないことだ。




政府は普天間の辺野古移設をごり押しで進める準備に余念が無い。外相の玄葉は、アメリカに向けて今後もアメリカ追従で沖縄を植民地として差し出す旨を伝え、環境影響評価書をどうしても年内に提出する構えを崩さない。仲井真知事でさえ、県外移設しか言えなくなっている状況を目の当たりにしながら、政府は何を考えるのか。

県議会決算特別委員会で、与世田副知事は、辺野古移設にあたって知事が公有水面埋め立てを許可しない場合、国は特別措置法をつくってでも辺野古移設を強行するだろうという予測に対して、「そのような形はおそらくないと思う。想定していない」と答えたという。(『琉球新報』2011年10月27日付インターネット記事http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-183324-storytopic-3.html)

楽観に過ぎるこの言葉は、県は県民のにらみのなか辺野古移設を自分の口で言うことはできないが、やはり最終的には政府の動きを承諾する用意があるように響く。かつて、象のオリが契約期限切れになった際にも、政府はさっさと特措法を作って、要するに地権者の意思など必要とせずいくらでも米軍様に土地を献上できるように「法整備」を行ったではないか。公有水面埋め立てについての特措法くらいつくるのは、政府にとって何の障壁もない。日本は法治国家だ、法をつくって法に則って辺野古を埋めてやる、と法を悪魔の道具として使うことに躊躇はないとみるべきだと思うが、与世田には危機感がないのだろうか。

年内に環境影響評価書を提出するということがメディアに出ていること自体、これは辺野古を潰すぞという宣言と考えなければならない。そしてそれが年内ということであれば、早々に特措法を作ってでも辺野古を潰すと政府は考えているわけだ。

なぜ沖縄の「民意」に目もくれないのだろう。外相の玄葉は福島選出の議員だ。福島に原発が押しつけられ、この大惨事にみまわれたことをどう考えているのだろうか。彼の妻は佐藤栄佐久元福島県知事の次女ときく。原発に反対すると国家権力と電力会社が総力を挙げてその人物をつぶしにかかるということを身をもって体験した人物を義父に持つ。その玄葉はいけしゃあしゃあとアメリカ様に辺野古に基地をつくってさしあげますと宣言している。

もう予断を許さないところにまで来ている。与世田のような楽観論を語っている場合ではない。辺野古には絶対に基地をつくらせない。そしてどこにも基地などつくらせない。基地はいらない。なぜ基地のない平和な世界を模索できないのか。「唯一の被爆国」というきわめて不正確な言辞は、しばしば日本の自己正当化のために使われるが、「唯一の被爆国」を自称しながら核発電を続けたあげくに大惨事を引き起こした日本は、今度は「唯一の被爆国」日本以外に被爆や被災する人びとを生み出す基地建設にせっせと手を貸している。








 ネット上にもあがっているが、東電の報告書は九電の報告書に負けず劣らずふらー全開である。一瞬、吹き出したのは私だけだろうか。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00210039.html

上のホームページにあげられたニュースによれば、「東京電力は、福島第1原発の1号機が地震や津波に襲われたあとに行った運転操作について、「想定を超える部分以外では、問題がなかった」とする報告書をまとめた。」そうだ。


ふらーか。いや、ふらーだば。まちがいなくふらーやしゃ。



「想定を超える部分以外では問題がなかった」これが天下の東京電力様の事故についての報告書に平然と書かれ、それを記者会見で言い放っている。


「想定を超える部分以外では問題が無かった」この言い回しがどれほどおかしいか、東電は分かっていないらしい。


「できなかったところ以外はできた」
「飲めなかったもの以外は飲めた」
「取れなかったところ以外は取れた」
「読めなかったところ以外は読めた」
「持てなかった物以外は持てた」


いくらでも例文を書いてあげよう。聞いた者が吹き出して失笑し、あてーめーよと罵声を浴びせかけるような物言いをしていることを東電は分からないらしい。「想定を超える部分」とは要するに自分たちが対応しなかった部分、対応しなくていいと切り捨てていた部分である。それ以外は「問題なかった」つまり対応できたという。ふらーかや。自分たちでできることだけあらかじめ想定して、できることはできました、という報告書。ふらーかや。

「想定を超える部分」の「想定」が甘かったという反省はないのか。「想定」どころか、必要なことをネグレクトし、その想定に必要なことを社内からであれ外部からであれ指摘されても、集中砲火を食らわせてその「想定」をしなかったのはどこのどいつだ。ふらーどもが「想定」を怠ってきたからこそおこった事故だという認識はないのか。

ばかげた報告書だ。枝野は九電には怒りをあらわにしたが、東電にはどうなのだろう。「できなかったこと以外はできたから問題ない」という報告書を出すことは、まさにまったく反省などしていない、むしろ居直っていることの証しである。

東電よ、人の命を何だと思っている。死の灰をまき散らした上に、今度は「反省などするものか」と公言するのか。










ブログの更新が滞っていた。その間にもいくつも問題が起こったが、佐賀県知事の古川と九電とくに社長の眞部との癒着には、黙っているわけにはいかない。

これほど癒着を公然のものとし、何をいわれても蛙の面にしょんべんをとおす輩は、まさにギネス級だ。

古川は保身を、九電は原発を動かしてくれる古川を守ろうとする。気がおかしくなったのかと思ったのは、郷原九電第三者委員長の言葉を「もう彼は委員長ではない」と切り捨て、報告書も無視するという態度に出たことだ。これでひとびとが納得すると思っているとすれば、九電はふらーの巣窟だ。納得しないだろうと分かっていてこの報告書を出したとすれば、ひとびとを死ぬほどばかにしている。

古川も眞部も即刻職を辞すべきだ。いったーには長である資格も器も判断力も何もない。ただの癒着のふらーたー。

そしてマスコミはもっとこの腐れ九電社長と佐賀県知事を徹底追求しなければならない。ここでひるむようでは、マスコミの自殺を意味すると断言したい。