NHKで「復帰」40年の特集をやっている。沖縄とは何か、「復帰」とはなにか。
 

 ここ数日、沖縄で幾人から声を聞くことが出来た。


 「復帰」とは何か。

 
 あらためて考えてみる。

 ここではっきりと像を結んではいないが、知識人じらーしてブログにものをかきつけることと、実際の「歴史」を生きている人との差、これをどう敏感に感じつつ考えて行くのか、きわめてむずかしい。

 「復帰」40年。

 「復帰」40年。

 私のなすべきことは何か……。





 長い間更新ができなかった。しばらくぶりの更新だが、では沖縄の状況は変わったか。今日で「復帰」40年を迎えた。何が変わったか。

 昨日のNHKのニュースウォッチ9では、2000年の沖縄サミットを「強行」した小渕恵三を持ち上げていた。小渕が個人的に沖縄のことをどう思っていたかは知らないし、知る必要もない。沖縄サミットを行い、その結果、何が生まれたというのだ。この7月にはオスプレイが配備される。何も変わらない現状がある。

 野田は那覇空港の第2滑走路増設を語ったという(『琉球新報』http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191206-storytopic-3.html)。観光客も600万人手前で頭打ちになっている沖縄に、立派な滑走路だけ作ってどうするのか。米軍は那覇空港も自分たちの空港であり、作戦は那覇空港も込みで考えていると明言しているが、第2滑走路をつくるとは、米軍様に献上するためか。

『琉球新報』ホームページに今日掲載された次の記事を引用しよう。


米、沖縄の負担軽減「努力」強調 復帰40年で声明

 【ワシントン共同】米国務省は14日、沖縄返還40年に合わせて声明を出し、地理的に重要な位置にある沖縄が地域の平和に「重要な役割」を果たしてきたとの認識を示した上で、4月下旬の在日米軍再編見直しの共同文書に基づき、沖縄の基地負担軽減に向け努力を続ける姿勢を強調した。ヌランド報道官が記者会見で発表した。
 返還後も変わらぬ在沖縄米軍の重要性をあらためて指摘しながら、基地負担を「認識しており、問題に取り組んでいく」として沖縄に配慮した。ただ日米両政府が、米軍普天間飛行場の移設問題などで早期に具体的進展を実現することができなければ、沖縄側の理解を得るのは難しい。
(共同通信)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191230-storytopic-3.html


言葉は使いようである。「努力」。いい言葉だ。しかしこの「努力」は、決して「結果」につながらない。「結果」が出ていれば、「努力」などいう必要はない。「努力」「努力」と言い続けているということは、何も成し遂げないということである。


「復帰」40年。


この日に、こんなブログを書かねばならない。なんともやりきれない思いである。





27日に政府が辺野古への移設にかんする環境影響評価書を沖縄県に送りつけてきたが、それは市民の抵抗で配送業者が県庁に入ることができず、また県には届いていない状態である。

そもそもなぜ県庁で環境影響評価書の沖縄県受け取りを阻止しなければならないのか。それは、仲井真の不穏な動きがあるからだ。

すでに新聞などで伝えられているとおり、仲井真は12月中旬、都内で官房長官の藤村と繰り返し密会し、沖縄振興予算額の増加が約束されたという。その見返りに、環境影響評価書の県への提出を容認した。仲井真は「行政手続きなので、関連法令にのっとってやるしかない」といっているそうだが、辺野古移転を認めないという最近の彼の態度との整合性を「行政手続き」という文言でとろうとした仲井真の信頼は地に落ちた。

そもそも辺野古移転を容認していた人物である。知事選があり、辺野古移設容認では当選できないとみるや、辺野古移設を「不可能」と言い出した。非常に危ういことはすでに指摘してきたし、誰もが見破っている。彼がとっていた論法はこうだ。辺野古移設には県民の強い反対がある。辺野古に移設するには「時間がかかる」。政府は沖縄以外に移設した方が「早い」。彼の信念や、基地被害に遭っている人びとの思いなどというものはかけらも入っていない。要するにここでも「手続き」的な問題として辺野古移設に反対しているだけである。

さらに『沖縄タイムス』などを読めば、仲井真の動きが余計にあやしいものとなってくる。(『沖縄タイムス』12月14日http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-185164-storytopic-53.html)

知事がこのまま辺野古移設を承認しなければ、政府としては「埋め立て代執行」を行う用意がある。大田知事の時代の「代理署名拒否」に端を発して作られた米軍用地特措法と同じく、沖縄からどれほど否をつきつけたところで、最終的には国がそれを暴力的に押し切るという姿勢をあきらかにしている。

仲井真は金で頬をひっぱたかれながら、喜んで環境影響評価書を受け取ろうとする。面だけは「移設反対」を唱えておけば、あとは政府様が強制的に代執行を行い、自分は知事として最後まで反対したという面目を保つことができる。そんなシナリオだろう。しかし、こうした犬の糞以下の筋書きなど、とっくに見破られている。

仲井真の動きは注意しておかねばならないし、その後の政府の動きも予断を許さない。

辺野古に基地はいらない。沖縄に基地はいらない。地球上から基地がなくなることをこそ目指さねばならない。
報道ステーションSUNDAYに原発事故担当大臣の細野が出演し、昨日同様の「冷温停止」にかんする言い訳をぐだぐだと述べていた。さすがに昨日は失言だったと思ったのか、原発が事故以降に「むしろ強くなった」などとほざくことは控えたようだ。しかし、それにしてもこの輩も、自分の言い分あるいは政府の言い分を守り通すためには、人びとの命や生活などというものを微塵も顧みることはなく、自分が正論とばかりにとんでもないことを述べる。

東京電力福島第一原発の現場にいた元主任という作業員が匿名で音声のみで登場し、細野に対して「現場を見たのか」「冷温停止などということがおかしい」「冷温停止、事故収束と言われれば現場の人びとが見捨てられたように感じる」といった趣旨の厳しい言葉を投げかけた。聞いていて、いままで誰も知り得なかったような秘密が暴露されたり、誰一人予想することすらできないような思いもかけないことが述べられたりはせず、本当に現場にいた人物が率直の述べている、そんな印象をもつ発言であった。

これに対して細野は、この人物を匿名にしていることにかみつき、本当に現場で働いていた人かどうか分からない、そんな人がこんなウソを言って人びとが信じたら困る(もちろん、細野は「ウソ」という言葉を使いはしなかったが、ニュアンスとしては、身分も明かさず勝手なことを言うな、というものであった)、自分もこうして出てきているのだからおまえも正体をはっきりさせてものを言え、という趣旨の発言をしていた。

細野よ。やーは国会議員様で、周りにはごつい護衛がついていて、何をしようが安心して過ごしているだろう。この元原発作業員は、一作業員である。そんな人物が名前も顔もさらし、テレビというメディアに出てきたらどうなるのだ。名前と顔を出して発言したら、やーはこの人および家族の一生を保障するのか。この一般人に何か求めるのなら、その前に、「あなたが顔と名前を出して発言をしても、あなたの一生を私が命をかけて保障することを誓います。」とでも言うべきだろう。一般人が、政府見解のウソを衝き、東電のとんでもない体質を告発しても、まったく普段と変わりなく過ごせるほど日本は告発者に対して寛容で保障がしっかりした社会なのか。やーは「正々堂々と告発せよ」とあたかも正論を述べたつもりになっているだろう。しかし、置かれた立場を考えてみるがいい。この人物が名前も顔も出してしゃべれば、政府も東電も全力を挙げてこの人物を潰しにかかるのは太陽が東から昇るよりも確実なことだ。

それに、やーは正論と思っているのかもしれないが、もうそれがむしろ「正論」ではあり得ないことは、3・11以降人びとはいやというほど知っているのだ。政府様は3・11にあたって、どれほど正確な情報を出してきただろうか。御用学者どもと一緒になって、「大丈夫」「格納容器は健全」「放射能は漏れていない」などなど、それはそれはウソをこれでもかとぶちまけてきた。なるほど、顔も名前も出して「正々堂々と」しゃべっていたが、ウソばかりであった。今回、このテレビ出演で、細野は元作業員が名前も顔も出していないことに対して、だからその情報が不正確であるかのような言い方をした。顔を出せ、名前を出せ、と一般人に迫り、そうしないと発言が正確でないかのような物言いをした。自分たちのやってきたことをほんの少しでいいから思い返してみるがいい。顔も名前も出して、大臣様になって、そしていけしゃあしゃあとウソを言い、スピーディの情報を出さなかったことに対しては「混乱する」からなどと愚民観丸出しの発言を臆することもなく披露した。

このテレビ放送を見て、元原発作業員の言っていることがウソであったり、不正確であったりするように思った人はいったいどれくらいいるだろう。あまりにストレートすぎて、あまりにまっとうすぎて、疑いようのないことしか述べられてはいなかった。それに対して、「冷温停止」だなどとウソをつきたい政府側の人間が、自分のウソを隠したいがために相手が名前や顔を出さないことに難癖を付けている。

政府に逆らう者には制裁を加える。そんな姿勢がありありと見える細野の発言であった。

しかし、これに屈してはならない。こんな奴らどもに屈する必要はない。原発はいらない。事故は終わっていない。それに対する対応をやうむやにするような政府には徹底的にNOを突きつけなければならない。









野田が「冷温停止」を宣言した直後、東京電力福島第一原子力発電所一号機の使用済み燃料プールの冷却装置から水が漏れた。

事故は収束していないし、こうしたトラブルが引き続く。それでも事故は終わったというのか。原発は安全というのか。

沖縄の米軍基地問題とだぶって見えるのは私だけではないだろう。何かことが起こる、綱紀粛正を米軍は言う、その舌の根も乾かぬうちにまたことが起こる。この繰り返しを数十年続けている。原発もまったく同型である。