フェイスブックのとあるグループへの投稿で取り上げられていましたので、改めて考察してみます。
優れた国産メーカーの製品が手軽に手に入る我々日本人にとっては「カンパニョーロを選ぶ理由」はそれほどなく、カンパニョーロ製品を所有する人は一定数に限られているのが現状だと思います。そんな馴染みの薄い「憧れの」製品であるカンパニョーロですが、ホイールに関してはフルクラムブランドの製品を含めて、たとえ「シマノフルコンポ」で仕上げていてもホイールだけはカンパニョーロ/フルクラムを使用している方が少なくない現状のようです。
ところが、「完成ホイール(完組ホイール)」はメインテナンスフリーだと思っている方が多いのでしょうか、販売店ですらカンパニョーロ/フルクラムのホイールメインテナンスについてはあまり詳しく知られていないのではと感じています。
DT SWISSやMAVICのようにカートリッジベアリングを採用していないカンパニョーロ、シマノのハブについてハブベアリングは定期的なメインテナンス(分解洗浄給脂調整)が推奨されています。さらにカンパニョーロの場合、ハブラチェットについても定期的なメインテナンスが「強く」推奨されています。その重要な内容の一つが今回取り上げる「ラチェットスプリング」です。
カンパニョーロ製ハブのラチェット構造はハブシェルに「内歯」が設けられ、フリーボティに付けられたラチェットティース(爪)がこの内歯に掛かることで駆動力を伝えています。輪っか状のラチェットスプリングはこれらの爪を「立ち上がらせる」機能を担っていますがこのスプリング、定期的に交換をしなければあるとき突然折れてしまうことがあり、そうなってしまうと駆動力をホイールにつたえることができずに「走行不能」となってしまいます。メーカーではこのスプリングを「1年で交換」を推奨としています。
使用や修理作業の現場肌感覚では、確かに突然の走行不能事案は起こっていますし、無難に定期的に交換して置いた方が良い、ということも実感しています。ただし、全ての製品で、というよりもすべてのユーザーでそのリスクが同じ頻度でありえるか、というと正直「ユーザーによる」というのが感じている点です。では何がスプリング破損につながる要因となっているのかを検証してみようと思います。
まず、外部からの影響をほとんど受けないこんなスプリングがなぜ数年で折れてしまうことが起こってしまうのでしょうか。なにも知らない知ったかフリの方であれば「ああ、疲労破壊っていうんだよ」とかなんとかいうのでしょうか。ハブ内でのスプリングの動きはラチェット爪の動きに合わせて高速で曲げ伸ばしの変形が繰り返されます。しかし、その変形領域は弾性変形のほんのわずかな領域であって破断のきっかけになる塑性変形域からは程遠いレベルにあります。この高速の変形そものが破断や疲労破壊の原因であるとは考えにくいものです。ではなぜ?
破断した検体が手元にあればその検証も容易になったのでしょうがあいにく手元にありません。が、代わりにあまり使用状況が良かったとは言えない使用済みのハブがありましたのでこれを観察して考察してみることにします。これにはラチェットスプリングの破断も起こっておらず一応正常に機能している状態のようです。早速分解して観察していきましょう。
まず3つのラチェットティースは内歯とのかみ合い部分に結構な摩耗が見られます。そこそこな距離を使用されてきたのと同時に十分なメインテナンス(給脂)が定期的に行われてきたのか、については少し疑わしい個体なのかもしれません。ラチェットティースとラチェットスプリングをとり外してみましょう。スプリングを掃除して観察するもこれといったダメージはなさそうです。ところが注意深く観察していくと… スプリングの内側にかすかな傷のようなものが見られます。画像では確認しづらいかもですが肉眼で見つけることができます。これが破断のきっかけになっている可能性が高いですが、ではなぜこんな傷がついているのでしょうか? スプリングをフリーボディの収まるべく位置にあてがってみますと、フリーボディの該当の位置に特徴的な形状が見つかりました。ラチェットティースの収まるフリーボディのティースハウジング(外周)は本来は滑らかな円滑表面のハズですが、このハブ個体のそこには何かをたたきつけたような「荒れ」が何か所か見られました。アルミ地がささくれたような指に引っかかるバリのようなものができています。コレがスプリングに擦り傷をつけていたのかもしれません。現時点ではかすかな傷ですが、このまま使用を続けて行けば擦り傷は切り傷ぐらいにまで成長し、いずれは破断のきっかけになるのではないでしょうか。 おそらくそうなのだろうと考えられます。 ではこのフリーボディの「荒れ」の原因は?この部分に近接するのはハブシェルのラチェット内歯です。通常これらが接触することはないはずですが、かなり接近した位置にあることは確かです。接触したのでしょうか?仮定してみます。もし強大なスプロケットトルクでアルミ製のハブシャフトがたわむことがあったとしたら、もしフリーボディベアリングに摩耗ガタが発生してきていれば、もしハブベアリングの玉当たり調整が万全ではなくフリーボディが首を振ってしまうような状況にあったとしたら、これらのいずれでもフリボディハウジングと内歯が接触する可能性は十分にあります。そしてこの個体に関してはフリーボディに何かが接触してできたと考えられる表面の荒れが実際に観察されています。 どうやらこれらの状況や条件が不幸にして重なってラチェットスプリングが破断することになると考えることができそうです。
スプング破断発生のメカニズムがほボ推定できたことで、今後の発生リスク低減についても考察が進みます。まず、メーカー推奨の通り、スプリングは消耗品として定期的に点検、予防交換をすることは必要でしょう。そのうえで、フリーボディの損傷(荒れ)が原因となるのであればこれも同じく消耗品として交換することも状態を観察した上で必要になるかもしれません。あるいは「荒れ」が軽微であればスプリングの損傷原因になりそうな箇所をヤスリなどを使って滑らかに整えておくことでリスクは低減できそうです。さらにフリーボディベアリングに摩耗やガタがないかを確認して必要であれば交換。加えてハブベアリングの玉当たり調整を正確精密に行うことなどを徹底すればスプリングの破断リスクを限りなく低減することができるのではないか、というのが今回の考察の結論となります。
なお、余談的裏ワザになりますが、出先でこのラチェットスプリングが折れてしまった場合、ほとんどのサイクルショップでも店頭に在庫している可能性が極めて低い部品ですので修復、走行再開が困難です。たったこれだけのスプリングで走行が全く不能になるのです。そこで、もし仮に分解、交換のための「工具」だけは確保準備できたという前提で、何とか最小限の公道復帰のアイデアです。
スプリングの代わりに「輪ゴム」を使う方法です。耐久性については、不確かな動きで高トルクに対しては、大きな期待は禁物ですが、「応急処置」としてなんとかそーっと自走できることを実践済みです。スプリング交換などをして その構造を把握している方であれば容易にこの方法は実践していただけるはずです。もしもの時のために頭の片隅に留めておいていただければ、という裏ワザです。
こんな構成になっています。(スプロケッットが外されていれば)17mmスパナと5mmヘックスレンチだけでアクセスが可能です。
重要な役割をラチェットスプリング。赤丸のところにキズのようなものが?
フリーボディの外筒にひどい「荒れ」が見られます
そのまま使用するのであればスプリングが引っかかったり損傷しないようになめらかにしておくことも必要です
交換するのであれば必要となる部品群
裏技実験のために準備した「輪ゴム」
長距離は無理でも漕いで進む、が何とかできるようになります♪
輪ゴムでもなんとかラチェットティースを立たせることができました。