大恩人へのラブレター ~The 原点~
実は先日、いか味噌づけの記事を書かせていただいた直後、
各方面から、ご指摘をいただきました。
「なんでイカが大恩人なの?」
「気になって眠れませんでした!」って(笑)
ほんとだほんとだ!その話、しなきゃいけなかったんだ。
何を隠そう、佐渡のイカさんこそが、私をお料理の世界へと導いてくれた方。
私を天職に出会わせてくれた大恩人。
そのお方と私との馴れ初めを、これから少し。
佐渡って四方八方を海に囲まれているから、お魚や海の幸が新鮮で絶品!
おまけに佐渡の方ってとても温かい方ばかりなので
佐渡在住当時、ご近所の方や知人から、釣りたてのお魚やイカやサザエやわかめや
いろんなものを分けていただくことが多かった。
そこで出会ったのが、このイカさん。
当時の貴重な画像が残っていたので、ご紹介します。
この画像、朝釣ってこられたというイカをご近所さんから分けていただいた日に
私が家でお刺身を作ったときのもの。
さすがにイカはもう生きてはいなかったけれど、、
え!吸盤が!?
指に吸い付いてくる!
手を持ち上げても離れない!
驚いちゃった。
なにこれ! え~!!?
しばらくその様に見とれていたら
私にはなんだか、イカが一生懸命訴えてくる声が聞こえてくるようだった。
「命だよ。さっきまで生きていた、この体は命だよ」って
私の指にきゅ~っとしがみついてくるその小さな体が、全身でそう訴えている。
体の芯を、温かな感動が、じ~~んと突き抜けた。
うわ~!
た~いへん!
命だったんだわ!
私が今まで口にしていたものは、お米も、お魚も、肉も、野菜も、
全部、命だったんだ!
命をいただいて、私は今まで生きてこられていたんだわ。
食べるってこういうことなんだ!
生きるってこういうことなんだ!
これだ~!たぶんこれなんだ~!
これを伝えなきゃいけないんだ!
これを伝えたいんだ!
たくさんの命のおかげで、私が生かされている。
太陽、海、空、雨、大地、奇跡みたいな大自然のこの恵み、
食材を育ててくれる生産者さんたちの、いくつもの手のぬくもり。
こんなにもたくさんの恵みと温もりを受けて、私が生きている。
そのことに思いをはせて、想像力の羽を広げて、
この奇跡みたいな命のつながりに感謝して、食べものをいただいたときに
心に満ちあふれてくる、この温かな何か。
このぬくもりが必要なんだ!
そう確信した。大変勝手ながら(笑)
ねえ見て見て。
私たちって、一人で生きてるんじゃなかったよ!
こんなにもたくさんの命の温もりと、奇跡みたいな大自然の恵み、
人のつながりに支えられて生きている。
だから、生きているだけで、ここに存在しているだけでもう、
だれもみんな、一人ぼっちじゃないんだわ!
そのことを伝えたい!
私、ずっと、やりたいと思っていたことがあった。
人と人を結びたい。
人のぬくもりを伝えたい。
あなたは一人じゃないよって、誰かの背中を後押ししたい。
その当時の私は、文章を書くことを職業にしていて
言葉のもつ力を借りて、それを叶えたいと、毎日試行錯誤していた真っ只中にいた。
だけど
お料理の力を借りたら、もっとさりげなく、それができるんじゃないかしら。
言葉よりもダイレクトに。だけど自然体で、やさしく。
小さな子供にも、お年寄りにも、年齢や国籍さえ超えて。
だれに対しても。
ぬくもりを届けることができる。
そんな気がした。
手の中の小さなイカが、身をもって私に教えてくれた。
「命だよ。この体は命だよ」と懸命に訴えてくる、小さな体に秘められた、大いなる命のぬくもりが。
その夜、私は心をこめて、イカのお刺身を引いた。
佐渡のイカと、コシヒカリ生産者さんたちとの出会いがきっかけになって
私はお料理のもつ可能性に、少しずつ少しずつ、気づき始めていった。
それからというもの、さまざまな出来事が連鎖反応みたいに私の周りで起きだして、
そのたびにいろんな気づきと確信を私にもたらしてくれた。
その過程は、本当に不思議で、奇跡的だった。
約2年かけて、私の中で確固たる思いと覚悟ができあがったので
私はそれまで情熱を傾けてきた仕事をついにやめる決意を固めて、
初めてのお料理の世界へと踏み出した。
あのときの決断を、私は一度も後悔したことがない。
佐渡のイカとコシヒカリに出会えたことに、今でも感謝でいっぱい。
私の人生を、何倍も豊かにしてくれた大恩人。
私を天職へと歩ませてくれた、人生の転機になるような、最高の出会いだった。
だからどうしても私、イカを差し置いては、佐渡の食を語れないのです。
このブログを始めさせていただくにあたって、
初回はどうしてもイカから始めたい!とこだわったのは、それゆえです。
その昔、食べることと生き物の命を殺すこととは、きっと、ひとつだった。
家とかご近所とか、ごく身近なところで普通に鶏や豚や牛を飼っていて、
私たちが食べて生きていくために、人は家畜の命を犠牲にしてきた。
目の前で。
だからこそ、食べるということは
祈りと感謝に満ちた、とても神聖な行為だったんだろうと思う。
だけどいつからか、身近で鶏や豚や牛を飼う家は減っていって、
人間の食のために彼らを殺す、つらい場面を目の当たりにする必要も、もはやなくなった。
家畜たちは今では、私たちの知らない遠い場所で、顔も知らない誰かが殺して肉にしてくれる。
それも、人が直接手を下す必要もなく、
機械のスイッチをポンとひとつ押すだけのオートメーション化された工場で
次から次へと、生き物の命が、食材として「大量生産」されていく。
スーパーに並ぶのは
肉も魚も、もはや血も流れない、頭も内臓も、骨さえも取り除かれた、きれいな状態の、肉の塊。
そこに「命」を感じとることは、もはや、よほどの想像力と注意力を持たなければ難しい。
そういう便利な生活と引き換えに
私たちが失ってしまった豊かな感情があるんじゃないかと思う。
食べるということへの感謝。祈り。神聖な思い。
命に対する慈しみ。
こんなにもたくさんの命を、本当は毎日毎日犠牲にしては食べて、
そのおかげで私たちは生きている。
だけど、それはもう当たり前で、命をいただくことへの感謝も、畏(おそ)れも、実感もない。
私も、佐渡に出会うまではずっとそうだった。
そういう精神的に貧しい食事が、
私たちに命の重みや「生」の実感を失わせた、原因のひとつにもなっているんじゃないかしら。
食べることは、生き物の命をいただき、私たちの体に取り込むということ。
大自然のエネルギーと、つながるということ。
人の手のぬくもり、人の温かな思いを感じるということ。
家族や大切な人たちと、ともに食卓を囲み、美味しさを分かち合って。
命のつらなりを確認し合って。
今、ともに生きていることへの感謝と、その幸せを分かち合って。
そうやって感謝して慈しまれて取り込んだ命やぬくもりこそが、
私たちの体の中で、形を変えて生きることができる。
命のつらなりに思いをはせる。
人とのつながりに思いをはせる。
大自然とのつながりに思いをはせる。
食事って本当は、そんな温かで神聖なものだったはず。
毎日毎日じゃなくていい。
ほんのたま~にでいい。
たとえば何か「おいしいね!」って思うお料理を食べられたとき
その食材の「命」に、少しだけ思いをはせてみる。
ありがとうって、感謝してみる。
「いただきます」って、心をこめて言ってみる。
「ごちそうさまでした」って、心をこめて言ってみる。
そのとき、じわじわと体の底から湧きあがってくる、温かな感情はないですか。
おなかの中だけじゃなく、心の中までも満ち足りてくるような、
とても力強く、温かなエネルギー。「生」の喜び。
その瞬間、私たちの体の中で、食材たちの命が本当の意味で生き始める。きっと。
形を変えて、私たちを生かす「命」になる。
佐渡のイカと、コシヒカリ生産者さん、そして、その後に続いたさまざまな出来事が
私にそんなことを教えてくれました。
だから今度は私が、それを伝えていく番。
命のぬくもりと、生産者さんの手のぬくもりが伝わる食材を。お買い求めはコチラから↓
各方面から、ご指摘をいただきました。
「なんでイカが大恩人なの?」
「気になって眠れませんでした!」って(笑)
ほんとだほんとだ!その話、しなきゃいけなかったんだ。
何を隠そう、佐渡のイカさんこそが、私をお料理の世界へと導いてくれた方。
私を天職に出会わせてくれた大恩人。
そのお方と私との馴れ初めを、これから少し。
佐渡って四方八方を海に囲まれているから、お魚や海の幸が新鮮で絶品!
おまけに佐渡の方ってとても温かい方ばかりなので
佐渡在住当時、ご近所の方や知人から、釣りたてのお魚やイカやサザエやわかめや
いろんなものを分けていただくことが多かった。
そこで出会ったのが、このイカさん。
当時の貴重な画像が残っていたので、ご紹介します。
この画像、朝釣ってこられたというイカをご近所さんから分けていただいた日に
私が家でお刺身を作ったときのもの。
さすがにイカはもう生きてはいなかったけれど、、
え!吸盤が!?
指に吸い付いてくる!
手を持ち上げても離れない!
驚いちゃった。
なにこれ! え~!!?
しばらくその様に見とれていたら
私にはなんだか、イカが一生懸命訴えてくる声が聞こえてくるようだった。
「命だよ。さっきまで生きていた、この体は命だよ」って
私の指にきゅ~っとしがみついてくるその小さな体が、全身でそう訴えている。
体の芯を、温かな感動が、じ~~んと突き抜けた。
うわ~!
た~いへん!
命だったんだわ!
私が今まで口にしていたものは、お米も、お魚も、肉も、野菜も、
全部、命だったんだ!
命をいただいて、私は今まで生きてこられていたんだわ。
食べるってこういうことなんだ!
生きるってこういうことなんだ!
これだ~!たぶんこれなんだ~!
これを伝えなきゃいけないんだ!
これを伝えたいんだ!
たくさんの命のおかげで、私が生かされている。
太陽、海、空、雨、大地、奇跡みたいな大自然のこの恵み、
食材を育ててくれる生産者さんたちの、いくつもの手のぬくもり。
こんなにもたくさんの恵みと温もりを受けて、私が生きている。
そのことに思いをはせて、想像力の羽を広げて、
この奇跡みたいな命のつながりに感謝して、食べものをいただいたときに
心に満ちあふれてくる、この温かな何か。
このぬくもりが必要なんだ!
そう確信した。大変勝手ながら(笑)
ねえ見て見て。
私たちって、一人で生きてるんじゃなかったよ!
こんなにもたくさんの命の温もりと、奇跡みたいな大自然の恵み、
人のつながりに支えられて生きている。
だから、生きているだけで、ここに存在しているだけでもう、
だれもみんな、一人ぼっちじゃないんだわ!
そのことを伝えたい!
私、ずっと、やりたいと思っていたことがあった。
人と人を結びたい。
人のぬくもりを伝えたい。
あなたは一人じゃないよって、誰かの背中を後押ししたい。
その当時の私は、文章を書くことを職業にしていて
言葉のもつ力を借りて、それを叶えたいと、毎日試行錯誤していた真っ只中にいた。
だけど
お料理の力を借りたら、もっとさりげなく、それができるんじゃないかしら。
言葉よりもダイレクトに。だけど自然体で、やさしく。
小さな子供にも、お年寄りにも、年齢や国籍さえ超えて。
だれに対しても。
ぬくもりを届けることができる。
そんな気がした。
手の中の小さなイカが、身をもって私に教えてくれた。
「命だよ。この体は命だよ」と懸命に訴えてくる、小さな体に秘められた、大いなる命のぬくもりが。
その夜、私は心をこめて、イカのお刺身を引いた。
佐渡のイカと、コシヒカリ生産者さんたちとの出会いがきっかけになって
私はお料理のもつ可能性に、少しずつ少しずつ、気づき始めていった。
それからというもの、さまざまな出来事が連鎖反応みたいに私の周りで起きだして、
そのたびにいろんな気づきと確信を私にもたらしてくれた。
その過程は、本当に不思議で、奇跡的だった。
約2年かけて、私の中で確固たる思いと覚悟ができあがったので
私はそれまで情熱を傾けてきた仕事をついにやめる決意を固めて、
初めてのお料理の世界へと踏み出した。
あのときの決断を、私は一度も後悔したことがない。
佐渡のイカとコシヒカリに出会えたことに、今でも感謝でいっぱい。
私の人生を、何倍も豊かにしてくれた大恩人。
私を天職へと歩ませてくれた、人生の転機になるような、最高の出会いだった。
だからどうしても私、イカを差し置いては、佐渡の食を語れないのです。
このブログを始めさせていただくにあたって、
初回はどうしてもイカから始めたい!とこだわったのは、それゆえです。
その昔、食べることと生き物の命を殺すこととは、きっと、ひとつだった。
家とかご近所とか、ごく身近なところで普通に鶏や豚や牛を飼っていて、
私たちが食べて生きていくために、人は家畜の命を犠牲にしてきた。
目の前で。
だからこそ、食べるということは
祈りと感謝に満ちた、とても神聖な行為だったんだろうと思う。
だけどいつからか、身近で鶏や豚や牛を飼う家は減っていって、
人間の食のために彼らを殺す、つらい場面を目の当たりにする必要も、もはやなくなった。
家畜たちは今では、私たちの知らない遠い場所で、顔も知らない誰かが殺して肉にしてくれる。
それも、人が直接手を下す必要もなく、
機械のスイッチをポンとひとつ押すだけのオートメーション化された工場で
次から次へと、生き物の命が、食材として「大量生産」されていく。
スーパーに並ぶのは
肉も魚も、もはや血も流れない、頭も内臓も、骨さえも取り除かれた、きれいな状態の、肉の塊。
そこに「命」を感じとることは、もはや、よほどの想像力と注意力を持たなければ難しい。
そういう便利な生活と引き換えに
私たちが失ってしまった豊かな感情があるんじゃないかと思う。
食べるということへの感謝。祈り。神聖な思い。
命に対する慈しみ。
こんなにもたくさんの命を、本当は毎日毎日犠牲にしては食べて、
そのおかげで私たちは生きている。
だけど、それはもう当たり前で、命をいただくことへの感謝も、畏(おそ)れも、実感もない。
私も、佐渡に出会うまではずっとそうだった。
そういう精神的に貧しい食事が、
私たちに命の重みや「生」の実感を失わせた、原因のひとつにもなっているんじゃないかしら。
食べることは、生き物の命をいただき、私たちの体に取り込むということ。
大自然のエネルギーと、つながるということ。
人の手のぬくもり、人の温かな思いを感じるということ。
家族や大切な人たちと、ともに食卓を囲み、美味しさを分かち合って。
命のつらなりを確認し合って。
今、ともに生きていることへの感謝と、その幸せを分かち合って。
そうやって感謝して慈しまれて取り込んだ命やぬくもりこそが、
私たちの体の中で、形を変えて生きることができる。
命のつらなりに思いをはせる。
人とのつながりに思いをはせる。
大自然とのつながりに思いをはせる。
食事って本当は、そんな温かで神聖なものだったはず。
毎日毎日じゃなくていい。
ほんのたま~にでいい。
たとえば何か「おいしいね!」って思うお料理を食べられたとき
その食材の「命」に、少しだけ思いをはせてみる。
ありがとうって、感謝してみる。
「いただきます」って、心をこめて言ってみる。
「ごちそうさまでした」って、心をこめて言ってみる。
そのとき、じわじわと体の底から湧きあがってくる、温かな感情はないですか。
おなかの中だけじゃなく、心の中までも満ち足りてくるような、
とても力強く、温かなエネルギー。「生」の喜び。
その瞬間、私たちの体の中で、食材たちの命が本当の意味で生き始める。きっと。
形を変えて、私たちを生かす「命」になる。
佐渡のイカと、コシヒカリ生産者さん、そして、その後に続いたさまざまな出来事が
私にそんなことを教えてくれました。
だから今度は私が、それを伝えていく番。
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「食うてみぃっちゃ」 ~いか味噌づけ~
佐渡の絶品食材は、挙げればきりがないほどあるけれど
私はどうしても、このお方を差し置いて、佐渡の食を語ることはできないのです。
なぜならこのお方、私の大恩人なんですもの。
とりあえず、説明は後にして
さっそくご本人にご登場いただきたいと思います。
あらら?なんで?
恥ずかしがり屋なんですね、このお方。
隠れてないで、全身登場してくださればいいのに~。
さぁさぁ。皆さんにご紹介しますから。
あらためて。
私の大恩人、佐渡のイカさんです。
佐渡のイカって、とにかく仰天のおいしさ。
お刺身はもちろん、とろっとろにとろけるほど甘くて柔らかいし、
焼いた身は、はちきれんばかりにぴっちぴち。
こういうイカには、他でお目にかかったことがないです、私。
一口食べたら、間違いなく「あ~~~~~~!!」と絶叫して天を仰ぎたくなる、
まさに絶叫系、仰天系のイカ!なんです。
ところで。
佐渡で「イカ」と言えば、
真っ先に名前が挙がるのが、おそらく「姫津(ひめづ)」という港町だと思います。
なんたって、毎年7月には
集落を挙げて「姫津いかイカ祭り」なるイカ料理尽くしの一大イベントが開かれ
島内外からのお客様で一日中大混雑するほどのイカの町なんです。
佐渡で「姫津のイカ」と言えば、
二言目には「そりゃうめぇっちゃ!(それはおいしいでしょう!)」って言葉が返ってきます。
もし皆さんが佐渡へ遊びに行かれたら、お近くにいらした佐渡の方をつかまえて
試しにこうおっしゃってみてください。
「私は今日、姫津のイカを食べました」。
さぁ。
Repeat after me!
「私は今日、姫津のイカを食べました」。
Oh! Good!
次は、それに対する返答を練習します。
「そりゃうめぇっちゃ!」
Repeat after me!
「そりゃうめぇっちゃ!」
Oh~!!! Goooood!
この短い会話で何を言いたかったかといいますと、
佐渡で「姫津」と言えば、あとはなんの説明もしなくても
「そりゃイカがうめぇっちゃ!」って心が通い合ってしまうくらい、
当然の共通認識なんですよ!ってことです。
今回調理させていただいたこの「「いか味噌漬け」の製造元、「今井茂助商店」さんは
そんな姫津漁港のすぐそばに、お店と加工場を構えていらっしゃいます。
そして、このいか味噌漬けは地元の方からも本当に愛されている、ご贈答品としても人気の逸品。
私もかつて、姫津にお住まいの知人から
「とりあえず、焼いて食うてみぃっちゃ(食べてみて)!」とのメッセージつきで
このイカを送っていただいたことがありました。
その柔らかさと旨さたるや、まさに絶叫系!仰天系!
ところで、
このブログ「まま・くわんかさ」は、佐渡のお料理レシピをご紹介するブログではありますが。。。
正直に謝罪いたしますと、
このイカに限っては、レシピなどというものは存在しないです。
「網で焼いて食べてください」 ・・・おわり。
だってそれだけで、「これ以上ない!」っていうくらいおいしいんだもん。
これぞ究極の1行レシピ料理じゃないですか!
「まずは食うてみぃっちゃ!」と私も言わせていただきたい(笑)
こちらが、「網で焼いて食べてください」を素直に再現した映像。
イカについている味噌は、グリルの直火で焼くと焦げやすいので
軽く水洗いして味噌を落としていただいて、
包丁で身に軽く切れ目を入れて、あとはグリルで数分、両面をおいしそうに焼けばおしまい。
切り込みを入れたところから包丁を入れて、一口大に切り分けたら、
さぁ、あとは「食うてみぃっちゃ!」
本当にもう、レシピなどというものは必要ないほどそのままでおいしい「いか味噌づけ」です。
とは言え、お料理レシピブログですから・・・
大変僭越ではありますが、アレンジ編にも挑戦してみました。
そちらのレシピは、次回ご紹介させていただきます。
最近じわりじわりと人気に火がついている、佐渡産の意外な絶品食材、○○を使ったレシピです。
それでは最後に皆さま。
今日の佐渡弁 とっさのひとこと。
「まずは食うてみぃっちゃ!」
Repeat after me!
「・・・・・・・・・・・(まずは食うてみぃっちゃ!)」
Ohhhh! Goooooood !
See you next time!
今井茂助商店さんの「いか味噌づけ」をお買い求めいただけるのは、コチラ↓
ふるさとへのラブレター ~自己紹介にかえて~
佐渡が好きです。
私の生まれは佐渡ではないけれど、
「佐渡はふるさと」。 そう言い切りたい。
だって私を今の私に育ててくれたのは、佐渡との出会いだから。
大学を卒業してすぐに就職した会社の転勤で佐渡に赴任したのが
私と佐渡とのご縁の始まりです。
23歳。
社会人2年目の春のことでした。
あれから、まもなく10年が経とうとしています。
まだ何の知識も経験もない、世間知らずで、情熱しか持たない若造だった私を
佐渡で出会った方たちは、あたたかく懐に入れてくれました。
まるで家族みたいに。
ご自宅や公民館での集まりや、お祭りに私を招いてくださって
一緒に食べたり、飲んだり、地域の夢を語り合ったり。
夏の夜には、イカ釣り船でイカ漁につれて行ってもらったり、
秋には地域の運動会に参加させていただいて、
子供のころみたいに、”お母さん”の作ってくれたやさしいおむすびを
グラウンドでみんなと一緒に頬ばったり。
飲み会の席で、お酒が入って興に乗ってくると、
誰からともなく一升瓶を片手に持ちあげて歌い出し、みんなが合いの手を入れる、
地域独特の愉快な即興曲が始まって、
夜が更けるまで、歌い、笑い、語り合った。
私が転勤で佐渡を去るとき、地域の皆さんが集まってくださって
佐渡おけさと、”一升瓶即興曲”の大合唱でエールを送ってくださった温かなあの夜を
私は生涯、忘れないと思います。
佐渡で出会った人や出来事から、たくさんの気づきをもらいました。
それは、人に対する絶対的な信頼感。私らしい生き方ということ。
人ってこんなにあたたかいんだ。
まごころっていつか必ず伝わる。
そう信じられる出会いを佐渡でたくさん経験できたからこそ
私は今も、これからもきっと、人を絶対的に信じることができる。
たとえどんな状況がやってきたとしても。
そして、佐渡の豊かな食材や、生産者さんの温かく熱い思いに出会えたことが
私を今の仕事、お料理の世界へと導いてくれました。
私を私の天職に出会わせてくれた、佐渡は恩人です。
絶対に揺るがない、私の原点。
守られている、支えられている、心の拠り所。帰れる場所。
その辺のお話は、これから少しずつ、綴っていくとして。。。
とにかく!
佐渡に恩返しがしたかった。
たくさんの気づきを、喜びを、ぬくもりを、これまで与えてもらうばかりだった佐渡に
いつかは恩返しをしたい。
いつになったら、どんな形で、私に何ができるだろう。
何年も、そんなことを思っていました。
このたび、佐渡名産品を扱うネットショップ「おけさ屋」の経営者さんとお知り合いになり、
佐渡への熱い思いを、たくさん共有できました。
そして、豊かな佐渡の食材をおけさ屋さんから直送していただき、
私がお料理レシピや佐渡の魅力をご紹介するブログを書かせていただけるという
本当に幸せな機会に恵まれました。
このご縁も、もとはと言えば
当時の佐渡でのご縁が広がって、与えていただいたもの。
いまだに佐渡から与えられ、支えられて、私が今、ここにいます。
だから、大好きな佐渡へ、心からの感謝をこめて。
佐渡の素敵さを、お料理に変えて、ときにはダイレクトに
たくさんの方にお伝えすることができたなら、本当に幸せです。
Photo by 「佐渡の四季」
佐渡の穀倉地帯、国仲平野を朱鷺色に染める夕陽と、黄金色に実った稲穂。
「豊か~!」と何度でも感嘆のため息があふれてしまう、大好きな風景。
2010年、秋。
みさら 記






