昨日は病院の日、薬が無くなってしまったし、傷病手当の申請書類を記入してもらわなければならないので、台風の大雨の中向かった


ちょうど末っ子の高校の側を通るので送迎してあげることに


出かける前、手の震えが半端なくて、水を飲む私の姿を見た末っ子が
「顔色半端なく悪い、何か食べたの?」
何も、と答えるとバナナを差し出して半分でも良いから食べろと
(最近私が食べられる固形物は、バナナとキュウリだけ)

無理やりお腹に押し込んで出掛けた


病院では朝イチに着いても、待合室はもう患者さんであふれかえっている


今回、内科的疾患の疑いがあるかも?ということで採血をした
仕事はまだ復帰を延ばさなきゃ無理だという判断で、2か月分の診断書が

「復帰は焦らないでください、そうは言っても気持ちは安らがないでしょうが、今は出来ない事よりも、出来る事に目を向けてください。それと食事がとれるようになっていきましょうね。」

という医師の言葉に少しだけ励まされた


会計を終えて外に出るとお昼をまわっていて、雨足は益々強くなっていた


震える手に力を入れて最新の注意をはらって運転する

買い物をして一旦家に戻ってから末っ子の学校へ


肩にとても力が入っていたみたいで、夜、右肩がとても痛かった






食欲が全くない

手足の震えは、低血糖のせいかも知れない

体力がどんどん落ちていくので、無理にでも食べるようにと思うけど、入っていかなくて

バナナ、トマトジュースはなんとか平気
カロリーと糖分を摂るため、チョコレートも少し

そんな私を、長男が連れ出してくれた

ドライブして、ランチ奢るからなんか食べよ、と言ってくれて、、悩んだ挙げ句はま寿司をリクエストした

二皿分しか食べられなかったけど

久しぶりの外出は車での移動と、安心できる家族と一緒だからか、発作は出なかった

長男がダーマペンだか美肌の予約があるので、施術の間、ゴンチャに入ってみた

大好きな阿里山ウーロン茶にミルクフォーム追加で




成城石井では、ジュノエスクベーグルを三男へのお土産に

店舗がなくなってしまい、私の知る限りでは成城石井でしか買えなくなってしまった

緊急時のために頓服を持ち歩いているけど、飲まなくても大丈夫そう






目眩、手の震えは変わらず

買い物は徒歩で行ける小さなスーパーと、パルシステムで済ませている

ゴールデンウィークの間ずっと長男か帰ってきてるけど、友人や彼女などの付き合いであんまり家にはいない

オイル交換をするため次男が昨夜帰ってきたけど、朝から出掛けてしまってる

こちらも彼女との約束が優先なので、帰省する頻度はかなり減った

それぞれの成長と共に世界が広がっていく、そこには私の席はない、それを寂しく思う気持ちはあるけど、喜びの方が大きいのもまた事実




三男が外に連れ出してくれる

散歩に行こうよ、とか、ボール蹴り行こうよ、と



燃えたつ炎のような木





ブランコが老朽化?のためか乗れなくなっていた







今の状況を不幸だとは思っていない

ただ、もどかしいだけ











落ちている人に、

「前向きになれ。」

なんて言えない、言わないよね?

どこかに吐き出したくて、結局ここに来るんだなぁ私は






4/6、姉と待ち合わせて上野に出掛けた時には、自覚するような症状は何もなかったように思う

強いて言えば、出発時のバスの中で憂鬱な感覚におそわれていた事位で、人混みで息苦しさを感じるとかそういった事もなかった

精神的にではなく、明らかに身体的に症状が出たのは、その後日、仕事に向う電車の中だった

心臓が異常な位にどきどきして、息が苦しくなり、今すぐにそこから逃げ出したくなる思いに駆られてどうしたらいいのか分からなくなった

幸い下車する駅はそれほど遠くはなく、堪えながら電車通勤を続けたけれども

ある朝、どうしても電車に乗る事への恐怖に打ち勝つ事が出来なくなった

本当に突然の出来事で、あの瞬間から私は、今まで普通に、何の意識も持たずにしていた事が困難になってしまったのだった

診察を終えた後に私はネットで「パニック障害」というものを調べた

パニック発作を恐れる状態を「予期不安」といい、予期不安によって特定の場所を避けるようになる行動を 「広場恐怖」 と言うらしく、例に漏れず、私はその「予期不安」と「広場恐怖」というものに生活の全てを変えられつつあることを知った

あのまま、ただのストレスだと我慢していたら戻れないところに行ってしまったのかもしれないと思うと、行き場を失う前に病院に行けて良かったとも思う