宮崎正弘の国際ニュース・早読み <米、北朝鮮の不正送金、資金洗浄に手を貸した中国の銀行を制裁 ( | Hideoutのブログ

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 四月に古稀を迎える爺ののブログです。

 日本を取り戻したい……そんな事をエントリーしたい。

 覚醒したら、こんな見方になるのかなと言うものに。


    米国の共産党は1960年台まで存続していたのです。今はすっかり地に潜ってしまったけれども・・・。その生き残りがマスゴミに紛れ込んでしまったのかなぁ?

    欧州は看板を架け替えただけ。ドイツのメルケルがそのいい例だろう。国連に潜り込んでる人間も多くいるようだ。東欧諸国からも潜り込んでるのが多いと思うけど。マルクスも含めて「麻薬患者」だと思うのは僕だけじゃないだろう!

    日本の社会を良く見て欲しい!高度に発達した資本主義社会で有りながら、至る処に社会主義的福祉の要素が有るではないか。米国がどんなに真似をしたくとも、出来はしないのだ。それを追い風にしているのが、日本民族の持つ「自然と共生」する生き方。「清貧」な暮らし方では無かろうか?    僕自身が清貧とは言わないが、これ位が身の丈にあった暮らしだろうと納得してしまう生活を送っているのだが。

    デップリ肥え太った訪日客。テレビに映る姿にどれ程嫌悪感を生み出すやら。何故そこまで太る必要が有るのか?    何故欲望が抑えられないのか?    古稀を迎える妄想爺には疑問符が堪えないのだ。


宮崎正弘メルマ
http://melma.com/backnumber_45206_6549587/
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)6月30日(金曜日)弐
        通算第5334号 
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 米、北朝鮮の不正送金、資金洗浄に手を貸した中国の銀行を制裁
   米中「外交・安全保障」対話直後にムニューチン財務長官が発表
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 北朝鮮に禁止されているミサイル部品、精密機械など制裁品目に該当する不正輸出に手を貸して、資金洗浄に協力してきた遼寧省の丹東銀行を、米国は「取引停止」とする。
同時に密輸に関係した二人の中国人と海運会社1社(大連のグローバル・ユニティ海運)も制裁対象に加えるとした。

 これは6月29日にムニューチン財務長官がホワイトハウスの記者会見で明らかにしたもので、制裁を名指しされたのは以前から噂のあった銀行だけに、それほどの意外感はないが、同銀行と迂回取引のある米国の銀行は当惑している。迂回融資、迂回送金も含めての捜査がなされるとした。

 制裁の内容はと言えば、丹東銀行が米国内の金融システムにアクセスが出来ないことにするためであり、制裁効果は疑わしい。トランプ政権の対中姿勢の象徴的な打ち上げ花火に過ぎないと捉えることも出来る。

 しかしタイミング的にみると、米中の高官対話(米中外交・安全保障対話。ただし会談は決裂し、共同声明は発表されなかった)が行われた直後でもあり、まして同日にトランプ大統領が文在寅・韓国大統領と首脳会談を行う直前だったのである。
 効果的なタイミングを演出していることがわかる。

 トランプ・文在寅会談は、韓国のメディアにしたがうと米側は異例の厚遇を示していると積極的な前宣伝に余念がないが、北朝鮮の核開発凍結に非協力的であり、そのうえ米軍が進めるTHAAD配備に意図的な遅延をなす韓国の文政権への不信感は払拭しがたく、米韓首脳会談が成功する可能性は薄いだろう。
    □▽◎み□◇□や□▽◎ざ□◇□き◎□◇ 
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1590回】        
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富29)
  ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

    ▽
 いま手許の『新潮国語辞典 現代語古語』(久松潜一監修 新潮社 昭和40年)を開くと、「忖度」は「他人の心を推し測ること。推察。推測。」とあり、「手数料」は「?手数の報酬。コミッション。?[法律]国家・地方自治体が特に個人のためにするする行為の報酬」と記されているが、やはり「忖度」には日本式のウエットな、「手數料」には中国式のビジネスライクでドライな響きが感じられる。同時に「忖度」にせよ「手數料」にせよ、それぞれの社会の仕組みと人付き合いの文化から生まれた振る舞いと考えるなら、兎にも角にも互いの違いをハッキリと知っておくべきだ。

 だが、ここで些か戯画化して考えてみるに、はたして殿サマと越後屋の関係は「忖度」によって支えられているのか。はたまた両者は「手數料」によって結ばれているのか。おそらく権力と財力をテコにしたアコギな間柄が「忖度」と「手數料」の相乗効果によって暴利を生み出すカラクリは、日本も中国も同じようなものだろう。だが、考えてみれば、どこかが違うように思う。

 日本の場合、取り引きの場に「葵の御紋」を手にした越後のちりめん問屋に扮した水戸黄門が登場し正体を明かせば、一切が問答無用。殿サマも越後屋も転がるように庭に飛び出し、「水戸のご老公様」の前に土下座して一件落着となる。だが中国の場合、おそらく水戸黄門役も、ましてや「葵の御紋」に相当する権威も存在しないだろう。万に一つ水戸黄門役が登場したとしても、おそらく中国版の殿サマと越後屋の2人が「忖度」を働かせる一方、水戸黄門は殿サマと越後屋の2人に応分の「手數料」を要求するに違いない。

 ここで半世紀程昔の香港での細やかな経験を。
 ある時、歩道を歩いていると、後ろの方からサイレンが。振り返ってみると、猛スピードのバイクを白バイが猛追。50メートルほど前方で白バイが追い付きバイクを強制停止させ、取り調べを始めた。物見高いが何とやら。早速、走っていって2人の脇に立って取り調べの見物と思いきや、どうも様子がおかしい。

 どうやら交通違反を見逃す代わりの金額の交渉、つまり「手數料」の相談らしい。話が長引くばかり。すると暫らくして後方からもう1台の白バイが。てっきり助っ人かと思いきや、どうもそうではないらしい。それというのも後の白バイの接近を見届けるや、先の白バイの警官が違反者を急き立て別の場所に行ってしまったのだ。2台目の白バイの警官は、ニヤニヤしながらUターンし、いま来た方向に走り去っていった。

  もうお判りだろう。かりに後から来た白バイを取り調べ(「手數料」の交渉)に加わらせたら、「手數料」は目減りしてしまう。違反者(正確には、違反容疑者)からの「手數料」は検挙した者が“徴収”する・・・今は昔の香港での生活の知恵だった。

 (54)【立憲政治と受負主義】=「才取主義(コンミツシヨン)」に骨絡みであればこそ、「如何に政治上に於て、受負社會主義を改め、才取主義(コンミツシヨン)を改めんとするも」、成功は覚束ない。じつは「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」はコインの裏表の関係で、とどのつまりは同じで社会の仕組みに組み込まれている。「受負ふ故に手數料を取る。手數料を取る者と豫定し、豫定せらるゝか故に、受負となる次第」である。だから政治面の改革だけで、この悪弊・病理を取り除くことはできない。

  当時、盛んに論じられていた立憲政治の行末を捉え、徳富は「立憲政治は、受負政治とは、兩立致し難く候。如何に受負を廢止するも、「才取主義(コンミツシヨン)」の流行する間は、先以てだめ」であり、それゆえに飽くまでも立憲政治を遂行しようとするなら「代議制度と、才取主義(コンミツシヨン)との調和」を図るのが急務だろう、とした。

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【知道中国 1591回】      
 ――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富30)
      ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

   ▽
 徳富の主張を現在に敷衍してみると、共産党の一党独裁を廃止し、立憲政治を貫徹し民主化を目指そうとするなら、やはり社会全般の全域に根を張っている「才取主義(コンミツシヨン)」の根絶が必要条件となるだろう。逆に独裁政権が「受負政治」を墨守・貫徹するだけでなく、より巧妙な形で進める一方、国民の側が「受負政治」に利得を求めている限り、民主化は夢のまた夢・・・春の日の街道の前方に現れる「逃げ水」のようなもの。近づいたと思うほどに、民主化=立憲政治は遠のくことになる。

   これを逆にいうなら、共産党政権は中国社会を“円滑”に動かしてきた伝統的な「受負政治」と「才取主義(コンミツシヨン)」のカラクリを熟知し、それを不断に“改良”しながら、より巧妙に延命を図っているとも考えられる。

  30年に近い毛沢東の暴政によって政権基盤が動揺をきたすや、共産党政権は国是を政治(革命)から経済(金儲け)に180度切り替えることで、失われた国民的支持の再構築を目指した。なりふり構わずに社会主義市場経済という野蛮資本主義の道を驀進することになり、経済活動において「受負政治」と「才取主義(コンミツシヨン)」が大手を振って動き出す。かくて共産党政権と国民――北京の最上層から最下層の庶民レベルまで――の関係に「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」という伝統が完全に息を吹き返した。

 独裁政治が「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」によって成り立っていることが顕著になったのは、やはり天安門事件後に起きた経済の高度成長だった。それというのも混乱収束後、権力と財力の合体した「権貴体制」の弊害が叫ばれるようになりはしたものの、一向に改まる気配がみられないからだ。やはり民主化の大前提は「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」の克服しかないだろう。であればこそ共産党独裁打破ではなく、諸悪の根源ともいえる「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」という悪しき伝統の打倒を掲げるようになってはじめて、中国における民主化運動は本格化するのではないか。

 だが、ここで考えるべきは、中国が中国であるゆえに受け入れざるをえない広大な土地と膨大な人口という前提条件である。この条件を受け入れたうえで(いや、受け入れざるをえいないわけだが)、より効率的な統治制度を考えるなら、おそらく「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」の組み合わせを選択するしかなかったのではなかろうか。それというのも強大な封建王朝といえども、末端の個々人までを管理することは事実上不可能だからだ。いわば「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」という統治のカラクリは、中国にとって必要悪だったということになる。

  歴史的に振り返った場合、中国は連綿として続く王朝国家ではなく、中国と名づけられた統治制度を受け入れた封建王朝の集合体だと考えられるが、この問題は孰れ別の機会を設け詳細に論ずるとして、徳富に戻ることとする。

 (55)【英人と支那人(一)】=「日本人と支那人とは、同文同種と申し候得共、其の一皮を?ひて」みると、「日清の距離よりも、清英の距離は、寧ろ接近致し居り候」。それというのも、清英双方は「其の個人主義の實行者たる點に於て」、「其の?禮を大切にし、儀式を重んずる點に於て」、「不器用にして、重くるしき趣味を有する點に於て」、「酷肖致し」ているからだ。

  たとえば「英國の日用品と、支那の日用品」を手に取ってみると、「其の手鞏きと、頑丈なる擲ても、叩ても損はれぬ點に於て一致する」ことからも判るはずだ。

それにしても「日本人と支那人とは、同文同種」などという子々孫々にまで害悪を流し続けるインチキを、いったい誰が、なぜ、いつ頃から口にしはじめたのだ。
    《QED》
        ◇○▽ヒ□◎◎イ○◎○ズ○○□ミ□◇◇  

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 ▼読者の声 ▼どくしゃのこえ ■READERS‘ OPINIONS ●読者之声
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(読者の声1) 「正論を聞く会」からのお知らせです。次回講師は宮崎正弘先生です。どなたでも予約なしで御参加いただけます。
とき   7月19日(火曜) 午後六時半
ところ  「産経プラザ」三階大会議室
講師    宮崎正弘
演題    トランプ vs 習近平(+金正恩)
参加費   お一人1500円
主催    正論の会(代表三輪和雄)

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    今日の「知道中国」。樋泉先生も苦労する。

    所詮は支那大陸の歴代王朝をどう捉えるか?だろう。秦が大陸の覇権を握ったその瞬間から、既に異民族だったのだ。

    「漢字」を生み出した中華民族はその時点で滅び去ったのだ。焚書坑儒は「儒」を正しく?伝えられる人間を保護しただけ。「儒」にそわない書を「焚書」しただけ。覇王たる「始皇帝」にひれ伏す人間はその後、長く支那大陸に飼われて来たのだ。


    句読点の無い漢文は多くの日本人は知っているだろう。「レ」点を駆使し、読み下す大和民族は何時の間にか、支那大陸の文化を読み取っていたのだと、考えられませんか?

    実際に目にした事は無いけど、「資治通鑑」には、註釈、註釈の註釈さえ有るのは何故だ。不完全な漢文のせいでは無いのか?    表音文字の最大の欠点はその時々で、名詞だったり、形容詞だったり、最悪は動詞にさえなってしまうのだ。一人ひとりの教養の差で漢文とは如何ようにも解釈される、そんな欠陥を抱えていると思いませんか?


    遊牧民やら騎馬民やらの未開な土人の混淆の結果の現代支那人。今はどんな解釈をしているのやら。

    評論家で帰化人の石平太郎氏は日本には漢籍がふんだんにある現実を知り、最後は帰化したんだろう。おまけに解釈も現在の支那とは相違する事にも気が付いたか?    靖國神社を戦の神と認識したのは、正に彼が支那人だからだろう!未開な土人の成り上がり者の知識はそんなものかも。


    樋泉先生の「学者バカ」「器用貧乏」は続くんだろうな。でも・・・面白いんだよな。