靖国には戦犯はいない | ある女子大教授の つぶやき | Hideoutのブログ

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 覚醒したら、こんな見方になるのかなと言うものに。


 真の日本の歴史を直視しませんか? そして、学びませんか?


ある女子大教授のつぶやき
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靖国には戦犯はいない

1.A級戦犯というレッテルは連合軍による極東軍事裁判である。当時はGHQの占領下、裁判の判決に意義を申し立てることは禁じられ、A級戦犯とされた28人のうち7人は汚名を着せられたまま絞首台に消え、16人が終身禁錮刑、あとの2人も禁錮20年と7年の刑に処せられた。

2.1952年4月28日、講和条約が発効し時点で戦犯とされた英霊たちの名誉回復が叫ばれ戦犯釈放は国民運動となった。53年8月3日の衆議院本会議で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致採択された。裁判によって有罪判決を受けた全ての人々は犯罪者と看做さないと確定された。


3.A級戦犯とされた人々は56年3月31日までに釈放され、B、C級戦犯とされた人々は58年5月30日をもって釈放された。国が戦犯など存在しないと認めたが、未だ戦犯の汚名を着せ続けるマスコミ、知識人がおり、多くの政治家も国民も何の疑いもなく戦犯という言葉を使う。靖国には戦犯などはだれもいない。戦死者だけだ。


4.「戦前は全て悪である」とする自虐史観を植えつけられ、米に盲従する。戦後の歴史は対米盲従の歴史で米の権威を笠に着て、官僚政治家や官僚をはじめとする指導者は悪乗り便乗した。個人の権益の確保に走り占領政策による呪縛を解こうとしない。戦後の呪縛から脱却し日米の真の友好信頼関係を構築するときだ。再度言うが、靖国には戦死者だけで、戦犯はいない。絞首刑となった7名も、占領下だったので、戦死者扱いとなった。
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 詳細を知らないが、僕の伯父も戦死らしい。残念な事に自虐史観に洗脳されてしまった後に知った。

 洗脳から目覚めた今、何もしてこなかった事を悔いている。従兄も一人いるらしい。

 誰に聴けば真相が判るのだろうか?

 後悔先に立たず、とは真実だ!