気仙沼駅に貼って有った「椿咲く常春の島」のポスター
に釣られて来た大島に船が着いたので上陸した。そして
大島第一の観光地、小田ノ浜行のバスに乗った。バスは
アッと言う間に島を横切って、島の反対側にある
小田ノ浜に着く。すぐ私の後からバスを降りて来たのは
船を降りる時から私の後にいた花巻から来たと言う男で
ある。この男、実に荷物の多い男で、バスを降りる時
荷物を一つ持ってやった。そうしたら、「テント持って
いるから一緒に泊まりませんか。」と言う。丁度私は、
今晩の宿を探していた所なので反対する理由は全然な
い。満場一致で一緒に泊まることになった。こんな所
でも実に良く混んでいて浜にはテントがいっぱいである
その端の方にテントを張ると、飯を炊くことになった。
火をたき、はんごうをかけると花巻のやつ、「俺、
ひと泳ぎしてくるから火を見ていてくれ。」などと言う
と海の方へ行ってしまった。かまどのつくりが悪いので
けむくて往生したが、居候の身なので、我慢と努力を
惜しむことはできない。煙は私を悩ませた後、後ろの
松林の中へ入って行った。今日の空は其れ程真青と言う
程ではないが、それでも脳天からまともに陽を受けて
いると暑くてたまらない。やがて薪がなくなって来たの
で、先程拾って来た棒を燃やそうかなと思った所へ、
ピンクの水着を着たかわいい女性が来た。おやおやと
思っていると、「スイカ割りをするのだからその棒貸し
て」と言う。それで、断わる理由はあるのに棒を貸して
しまった。現実は理屈通りには行かないものである。
まもなく海から花巻があがって来た。そして、まだ
ふいて来たばかりのはんごうを、「もういいだろう」
と言いながらおろしてしまった。私は、まだ良くないと
思ったが、居候の身なので反対するのは控えた。
さてその飯を はんごうの蓋によそって食べ出した所
案の定ぶつぶつの飯である。それなのに花巻は、
「どうだ。まあまあだろう。」なんて言う。私は内心
とんでもないと思ったが、現在の身分を考え、「うん
うまい。」と言った。私の性分からして、嘘をつく
のは非常に苦しかった。居候と言うのはブツブツの飯
までうまいと言って喰わねばならないのかと思うと
涙が出て来た。その時、後の林の中では先程から
やくざ風の団体が車で着いて小屋を建築していたのだ
が、その中の二、三人がちかよってきて、「うまそう
だな! 俺、釜で炊いた飯はくいたくないんだが
はんごうの飯ってえのう一度くってみたいんだ。」
なんて言いだした。私は、「そんなにブツブツの飯が
くいたきゃくってみろ。」と言いかけたが、私の飯で
ないので勝手にそんな事も言えなかった。昔から、
人の物は良く見えるものだと言うが本当だ。それから
半時ばかりすると、今まで良く晴れていた空が忙しく
なり、どんどん黒雲が集まって来て、ピカピカゴロ
ゴロが始まった。私は、「これも夏の風情かな。」と
思っていたら、花巻はもうビクビクしてしまい、
「雨が降って来る。帰ろう。」と言いながらテントを
たたみだした。なんと言う気の小さいやつだ。なにも
帰らなくても良いではないか。雷雨ならすぐにやむで
あろうからどこかにかくれていればいいのに。
おかげで今晩の宿はパ-になってしまった。